7
○
「こいつ死んでねぇのか、タクアン」
「うん。蔓の根元が動いてる」
「……きもちわるい」
「うっ、オロロロロ」
「吐くなよ、エドワードッ!」
「はぁ」
「向こうで休もうエドワード」
ジョッシュの疑問に答えると、仲間たちは多様な反応をした。
レイツェルは変わらず綺麗好きが出て、エドワード嘔吐する。
ステフェンはエドワードに怒り、気遣うブルーズと溜め息が漏れたベニッツォ。
「くそっ」
こちらの様子を見ながら、悔しそうに溢すゲイシー。
マジックバッグから取り出した縄で縛ると、引っ張りながら歩き出す。
「ベーゲン村に行くぞ」
俺の言葉に当初の予定を思い出した5人は、先行し木に印をつけながら進んでいく。
エドワードと一緒に最後尾でゲイシーを引きずりながら、後を追った。
「ゲイシー、どうやって寄生猿を操ってたんだ?」
「……」
「ゲイシー、飲んでいたものはどうやって手に入れたんだ?」
「……」
「ゲイシー、今までどこに潜伏してたんだ?」
「……」
無言しか返ってこなかった。
しかし、特に答えを期待している訳じゃないから、問題はない。
「ゲイシー、どうやって寄生猿を操ってたんだ?」
「……」
「ゲイシー、飲んでいたものはどうやって手に入れたんだ?」
「……」
「ゲイシー、今までどこに潜伏してたんだ?」
「……」
ただ、嫌がらせのように質問をし続けた。
俺の嫌がらせはベーゲン村に着くまで、ずっと続けて、初めて無言以外の返答がある。
「どうせ殺すだろ」
「別に俺は殺す気ないぞ」
足音が減り、ゲイシーを引きずる音ばかりになった。
気付くと、6人は足を止めて俺を見つめている。
もしやと思い足を止め、後ろを見るとゲイシーまでも俺を見ていた。
「なんだ?」
「タクアン、殺す気がないとはどういうことだ?」
「ベニッツォ、そんな警戒するような事でもないだろ?」
「あの猿たちを操ってたんだぞ。情報を得てから殺せばいい」
「落ち着け。別に猿が来ても、巨人が来ても倒せるだろ?」
「ああ。だが、村人たちは襲撃されて死んだぞ」
「調査隊と一緒に行動させれば、そんなことも出来ないよ」
頑丈な盾として機能してくれるのは間違いない。
なぜか止血しているから、長時間戦闘も出来る。
これほどの盾はいない。打たれ強さはブルーズよりあるかもしれない。
「タクアンさん、尋問のために領主へ引き渡すことになると思いますけど」
「そうでした。なら、そのうち回収しに来ましょう」
「俺は断る」
ゲイシーは引きずられながら断っていたけど、調査隊が望めばある程度は叶うだろう。
しばらく移動すると、ベーゲン村が見えてきた。
倒れた家、転がった死体はあるけど、寄生死人は見えない。
そこで、5人には寄生死人の捜索を頼み、俺とエドワードはゲイシーの見張りと尋問だ。
「ゲイシー、どこを拠点として動いてたんだ?」
「……」
「森か? どこかの町か? 村か?」
「……」
「なあ、ゲイシー教えてくれよ」
質問をする俺からムスっとした顔を逸らすゲイシー。
いくら聞いても何も答えてくれない。
どうせ領主の所では拷問を受けるのに、早めに答えてくれれば情報が手に入って、拷問の危険が減って双方が楽なんだけどな。
「おい、タクアン!」
「どうしたベニッツォ?」
「地下道見つけたぞ!」
思わぬ報告にゲイシーを見ると、渋面になっていた。
なるほど、もしかすると、もしかするわけか。
「お? ゲイシーさん、どこに、拠点があったか、教えてもらえますか?」
「……」
「ベニッツォ、全員集めてくれ」
○
タクアンは日記を閉じて、記録を開いた。
記録には「寄生猿の群れを倒し、村に到着した神話調査隊を待ち受けていたのは、寄生死人と化した村人だった」と書かれている。
その一文を見て、タクアンは笑い出す。
「この時のためにとっておいたけど、嘘ばっかりだな」
記録の先に軽く目を通したタクアンは、記録を閉じて日記に目を戻した。
○
地下道があると報告を受けて、一度全員で集まり誰が向かうのか決めた。
ブルーズとエドワードが残ってゲイシーの見張り、それ以外は全員が向かう。
ベニッツォの案内で向かった地下道は家の中にあった。
ただの穴ではなく階段が作られ整備されているのを見ると、この家はゲイシーの家だったのかもしれない。
探索してから話を聞くことにしよう。
「先行ってるぞ!」
魔鉄級冒険者ジョッシュは力だけの馬鹿だ。
これから斥候を募ろうとしたんだけど、何も考えずに入っていった。
集まっている3人に顔を向けると、とてもにこやかだ。
「ステフェン、斥候できるな?」
「タクアン、今から変われとか言わないよな」
「言わないよ、確認したんだ。レイツェルとベニッツォは?」
「私は出来る」
「俺は出来ん」
「じゃあ、ステフェンが先頭、ベニッツォ、俺、最後尾にレイツェルで行こう」
「分かった、行こう」
階段を下りて入った地下道は、松明の光が届かないくらい長かった。
しかし、所々に明かりがあって先にいるジョッシュが見える。
長さはあるけど、幅と高さは余裕がない。
ジョッシュより少し高く、幅は2人並んで進めるか怪しい。
「ジョッシュ、分かれ道はあったか?」
「少し先にあるから、今向かう」
向かうな、ということも出来ずジョッシュが消えた。
近くの分かれ道に入っていたんだろう。
組んでいた金級冒険者はとても苦労したのが分かるな。
「分かれ道があるところまで進む」
ステフェンはそう言うと歩き始めた。
少し離れてベニッツォ、俺、レイツェルと続いて歩いていく。
ステフェンは分かれ道を見ていき、右側を指差した。
「こっちにジョッシュだ」
どうしようかと考えていると、ジョッシュが向かった方向から走る音が聞こえてきた。
しかし、それは少し遠い。
分かれ道にいるステフェンにはジョッシュが見えるのか、松明を振って呼び掛ける。
「おい、ジョッシュ」
「ステフェン! 素手じゃないと戦闘しづらいから代わってくれ!」
「おい、なんだよ?」
「馬鹿みたいな数の寄生死人が来る!」
ジョッシュの足音しか聞こえていなかったけど、それが大きくなるにつれて別の音も聞こえてきた。
バタバタとした重い足音が無数に聞こえてくる。
俺たちは急いで後ろに下がった。
ステフェンはジョッシュと代わることなく下がり、寄生死人はジョッシュ目がけて走って来る。
寄生死人は寄生猿くらい弱い魔物だ。
死んだ人間に軟体蔓が寄生することで動く。
動く物であればなんでも食べる、それだけの死体だ。
力も弱く、知能もない。
今見る限り、ここにいる寄生死人もそれは変わりない。
少し腐って臭いくらいだ。
「おい、頼むって、素手でやれってか⁉」
「ジョッシュ、私これより後ろは下がらないから、倒して」
「はあ⁉」
「くそっ! なんで俺は突っ走っちまったんだ!」
経験で学ぶ機会を優秀な金級冒険者が奪ってたんだろう。
寄生死人が多いとはいえ、攻撃を受けても、軽傷で済むから問題ない。
ここにいる全員がそれを理解しているから、余裕はある。
「ステフェン! 双剣貸せ!」
「嫌に決まってんだろ。お前みたいな馬鹿力に貸すと壊れるだろ」
「ベニッツォ、レイツェル、タクアン」
「無理」
「嫌」
「じゃあ、これで」
続々と断るから、仕方なく短剣を投げ渡した。
大斧を使って両手で押さえていた寄生死人を片手で押さえて、短剣を受けとったジョッシュ。
その様子にステフェンが言っていた馬鹿力を理解した。
確かにおかしい、見える限りは10体くらいいて押しているのに、それを片手で受け止めている。
「助かる!」
鞘から抜いた短剣を先頭の寄生死人を突き刺したジョッシュ。
新しい死体だったようで、液体が飛んでいた。
「汚い」
背後から聞こえてきた声には同意する。
謎の液体で臭さが酷くなってきた。
俺たちを背に奮闘するジョッシュは、倒れた同類を踏み越えてくる寄生死人たちを次々に倒していく。
しばらく眺めていると、ジョッシュがひと息ついた。戦闘を終えたようだ。
「ジョッシュ、終わったか?」
「ああ」
「右側はこいつらがいるだけだったか?」
「分からん」
「ステフェン、右側を調べてもらえるか。レイツェルは左側を」
「嫌」
「わかっ、た」
誰よりも素早い反応で断ったレイツェルに気圧されて、ステフェンは上手く返事が出来てない。
仕方ないな、ステフェン。
「ステフェン、左側も頼む」
「お、おう」
松明を手に、右側の道に走って行くステフェン。
ジョッシュ、ベニッツォが前にいるから問題ないと判断して後ろを向いた。
薄暗い通路で嫌そうな顔をしたレイツェル。
「先には進んでもらうぞ」
「はあぁ。わかった」
「ならいい」
左右の確認を終えたステフェンによると、どうやら行き止まりで寄生死人を集めていただけのようだ。
ジョッシュが合流して、5人で通路を真っすぐ進んでいく。
すると扉が奥に見えてきた。
「あいつの拠点か?」
「罠があるかもしれないから勝手に動くなよ、ジョッシュ」
「分かってるよタクアン。ステフェン頼んだぞ」
「おうよ」
扉を調べてゆっくりと開き、中に入ったステフェンはすぐに戻ってきた。
安心というよりも落胆の溜め息を吐くと、鼻で笑ったステフェン。
「何もなかった。タクアン、俺は地下道を調べたら寄生死人を片付ける」
「分かった。ジョッシュとベニッツォもステフェンが安全を確認したら、片付けてくれ」
「私は?」
「ステフェン、中は何かあったか?」
「ん、本やら何か書かれてる書類やら、色々あったぞ」
「レイツェルはそれを調べてくれ」
「分かった」
各自手分けをして行動することになった。
マジックバッグを持っている俺は、レイツェルと一緒にゲイシーの拠点を漁っている。
寄生猿、巨人のことはいくつかの書類から分かった。
寄生猿の行動はリーダー格が出す臭いから、組織的行動をさせていたようだ。
巨人は寄生される前の村人の遺体をつなげて、作ったとある。
地面で叩き割っていた液体の臭いで動かしていたらしい。
他にも組織とやらがあることは分かったけど、具体的には分からない。
本棚から本を取り出してひとつずつ調べていく。
俺にはよく分からない学術書とでもいうべきものばかりだ。
分からないなりに調べながらマジックバッグへ入れていると、視界に鋭い刃物があった。
調べていた動きを止めて、刃物の持ち主に振り返る。
俺へ刀を突きつけるのはレイツェルだ。
「どうした、レイツェル?」
「タクアン、お前は私たちを殺す?」
「はあ? どういうことだ?」
「犯罪者から調査隊となった者が指示を聞かなかった時、殺す役割があるよね?」
「ないない。ちょっとまて」
俺は片手半剣を鞘ごと地面に置いた。
短剣がないから、攻撃されたら終わりだ。
「好きにしろ」
「そうか。王都で冒険者をしていると言っていたね」
「うん」
「具体的には、どのような依頼を受けていた?」
「金級冒険者になるまでは討伐依頼が多かったけど、偶然受けた国からの依頼で討伐以外の依頼が増えたな」
「どのような依頼だ?」
「畑の大きさを確認するとか、街に行って物の価格を確かめるとか、貴族からの依頼を受けて調べて欲しいとか」
「戦闘は苦手だと?」
「そう。弱くて小さいと問題ないけど、大きくなると戦うの難しんだよな」
「そう」
「じゃあ、調べるのに戻るから、気が済んだら剣を返せよ」
書類を読みながら、分けていると背後で剣が拾われた。
強い人だったり、鍛冶の上手い人だったりが剣を見ると、持ち主の技量を知ることが出来るとは聞く。
レイツェルに認められるほどの技量はないな、俺には。
「随分と頑丈そうね、これは。切っ先には刃がついてないけど」
「それで穴を掘ることがあるから、つけてない」
「そう」
分けた書類をマジックバッグへ入れていると、汚いものを持つように鞘をつまんで片手半剣を返してくるレイツェル。
強い人はつまんで持てるくらい指の力が強いらしい。
つまむには重いだろう、この感じだとレイツェルはジョッシュの大斧を片手で扱えるかもしれないな。
「もういいのか?」
「早く取りな」
「うん。で、レイツェル、調べて何かわかったか?」
剣を受け取って腰につけなおしながら聞くと、レイツェルは頷いた。
多少は仕事をしてくれたようだ。
大半は武器を見ていたけど。
「私の知り合いに似た奴が手紙の相手の知り合いだね」
「手紙の相手の知り合い? 読んでわかるのか?」
「ああ、禿げ頭に刺青してる奴だって書いてあった」
「禿げ頭ね」
それは特徴的だ。
「で、タクアン。私に猿がぶつかってきた話だけど」
どうにかレイツェルに謝罪をして、許してもらった。
これからは細心の注意を払うと約束している。
さ、急いで書類や本をマジックバッグに詰めないとな。