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 ○


 森へ入った俺とエドワードは、ズタズタに傷つけられた木の幹を目印に進んでいく。

 細い木が1本切られて以降は傷が付いているだけの木ばかり。

 ジョッシュは面倒になってやめたんだろう。


 しばらく進んでいると、猿の鳴き声が聞こえてきた。

 それはもう大量に聞こえてきて、隣を歩くエドワードは怯えっぱなしだ。


「馬車に戻ります?」

「い、いえ。ここまで来たんですから、む、むかいます!」

「無理はしないでくださいね」

「はい」


 ほんの少し歩くと、木々の隙間から戦闘をする5人の姿が見えてきた。

 寄生猿の群れを薙ぎ払う大斧、その背中を守るように突き出されるレイピア、攻撃を防御し着実に倒していく大盾とメイス、縦横無尽に動き回る双剣、近くに来た敵を切る刀。

 寄生猿は大量の骸となって、地面にあった。

 動かない寄生猿は大量だけど、動く寄生猿もまだ大量だ。


 記録を取る役割だから、手を貸さずにしばらく見ていると寄生猿が動きを止めた。

 予想外の事態に動きを止めて警戒を始める5人。

 俺たちがいる方向とは逆側から、足音が聞こえてきた。

 黒いローブを着た者が、5人と周囲の寄生猿をゆっくりと見る。


「はあぁ。冒険者ですか、何をしに来たんです?」


 黒ローブは男のようだ。

 大斧を担ぎなおしたジョッシュが答える。


「寄生猿を討伐しに来たんだよ」

「ほう。ではもういいでしょう。他は私が引かせましょう」

「ああ⁉」

「分かりませんでしたか?」

「ああ、引かせるってのはどういうことだよ?」


 黒ローブは手を2度叩くと、寄生猿たちは整列した。

 数えるのも面倒なくらい大量の寄生猿たちは黒ローブに従っているようだ。

 どうやってかは知らないけど、人類と攻撃的な魔物の架け橋になってくれそうな技術か。


「おい、それどうやってんだよ?」

「秘密ですよ。討伐し終えたなら戻ってください」

「ああ、それだけど、悪いがさっきのは嘘だ。俺たちはこの先にある村の寄生死人を討伐しに来たんだよ」

「寄生死人を?」

「ああ」


 ジョッシュの言葉に不思議そうに首を傾げたローブ男。

 これ見よがしな溜め息を吐きながら、懐に手を伸ばして話し出した。


「はあぁ。出来ればやめて欲しいんですけど、考えてもらえますか?」

「無理に決まってんだろ、こっちはヘメロカリス王国の神話調査隊だ。寄生死人を求めてここに来たんだよ」

「デカいの。見て分からないか? 私は寄生猿を操れるんだよ。君に選択権はないんだよ」

「そうなのか?」

「はあぁ、もう少し考える頭を持ったのはいるか?」


 ジョッシュはローブ男との会話に自分の意見を言ったけど、ローブ男の考えには沿っていなかったようだ。

 ローブ男の疑問にはベニッツォが答えた。


「あそこの奴だ」


 ベニッツォが指を差したのは俺だった。

 その場にいる全員、寄生猿も含めた全部の視線が俺に向いた。

 笑い出しそうになるのを堪えながら、立ち上がる。

 近づいていくと、エドワードも後を続くように付いてきた。


「タクアン、いたなら出てこいよ」

「ジョッシュ、せめて会話くらいはしてくれ」

「アヒャヒャヒャ! 会話するのを断られてたからな」

「仕方ねぇだろ! 選択権ねぇとか訳のわかんねぇこと言ってきたんだぞ」

「確かに意味は分からないけど、そういう時はテキトーに話を合わせておくんだ」

「お、そうか」


 この感じだと上手く話は出来そうにないな。

 でもジョッシュの訳の分からないと言った、選択権のことは俺も分からない。

 寄生猿がいたら選択権はなくなるというのは、村人とか戦闘したことのない人相手に使う脅し文句だろう。

 魔鉄級冒険者相手に使う言葉ではない。


「お前、ここに何をしに来たんだ?」

「ジョッシュが言ってたように、神話調査隊というのがへメロス王の思い付きで出来たんだ。調査隊は不死の試練を達成してみよう、というわけで寄生死人を討伐しに来た」

「ダメだ。私が使う」

「そんなこと言われても無理だ。へメロス王に言ってくれ」

「ガハハハハ! そうだな、へメロス王に言ってもらわねぇとな!」

「ジョッシュ、あんまり、言ってやるな。かわいそう、あ、あはははは!」


 ジョッシュが笑い出して、堪えていた笑いが漏れてしまう。

 調査隊の5人はこのローブ男こそ、村人の見た人影だと分かっているから警戒をしている。

 でも、想定していたより弱そうで少し弛緩した空気が流れた。


「私は! 寄生猿を! 操れるんだぞッ!」

「村を攻撃しなければ、ここにいる事すら分からなかったのに」

「本当に。思っていたよりも小悪党だったわね」

「アヒャヒャ! 確かにしょぼいので助かったな」


 俺の言葉に続いて、レイツェルとステフェンは少しずれた同意を返してくれた。

 実際、とてつもない偶然でローブ男と出会っているわけだからな。


「タクアン、あいつは寄生猿を操れるんだぞ。不味いと思わないのか!」

「不味いのかブルーズ?」

「ジョッシュ、寄生猿で頭の良い奴が攻めてきたら不味いだろ」

「倒せばいいだろ」

「え、ああ。でも、数が多いから不味いだろ」

「そうか? 斧を振れば5体は持ってけるからな」


 冷静なジョッシュと冷静なブルーズ。

 基準の違いが生んだすれ違いだな。

 ブルーズは他人を考えて、ジョッシュは自分基準で。

 それでも問題ないだろう。がむしゃらに戦っても5人なら倒せる。


「くそぉ! 馬鹿にしやがって!」


 こちらの会話から馬鹿にされているのを理解したローブ男は地面に何かを叩きつけた。

 少し臭いだけで何も起こらない。

 ローブ男は懐から水筒を取り出して、中身を飲み始める。

 何をしているのか分からず見ていると、地面がどことなく揺れているように感じた。


「きたきたぁ!」


 水筒を放り捨てたローブ男は顔を露わにして、とても楽しそうに笑っている。

 俺が笑っている時もああいう顔をしているのかもしれないのか。

 出来る限りにこやかに笑っていたいものだ。

 あれと一緒にされると嫌だな。


「タクアンみたい」

「ジョッシュ……」

「さすがに違う」

「ブルーズ!」

「そうか? あんなだろ」

「あんなだ」

「……ステフェン、ベニッツォ」

「違うわね。もっと歪んで楽しそうよ」

「レイ……レイツェル」


 ブルーズ以外は俺の評価が悪いらしい。

 こみ上げてくる笑いを、こらえていると震動が強くなってくる。

 段々と強くなった震動の正体は、生い茂った木に手を掛けた。

 人の腕で作られたような手に見える。

 見上げる高さに手があり、易々と木を折って出てきたのは見たことのない生物だ。


「きょ、巨人!」

「違うぞエドワード。見たことねぇ、なんだあれは?」


 どの部位も人の体を集めたような巨人。

 人間のサイズで巨人に似せたようなものだ。


「は、ははは、ハハハハハ! グっ! んぐぅぅあぁぁ!」


 笑い始めたかと思えば、うめいたローブ男はうずくまった。

 ローブ男の背中がもぞもぞと動き始め、ローブを突き破って軟体蔓が飛び出す。

 水筒に何かあったんだろう。


「きもちわるい」


 聞こえてきたのはレイツェルの声だった。

 近くにいたエドワードが下を向いたから、見てみると吐いている。

 確かに気持ち悪いからな。


 当の背中から軟体蔓を生やしたローブ男は勢いよく立ち上がると、楽しそうに笑いだす。

 やっぱり俺と似てるのかもしれない。

 それより寄生魔人になっているのに、馬鹿になっているように見えないな。


「あは、あははは! 村の人間と寄生猿を使った巨人はどうだ?」

「お前は、どうなってんだ?」

「ああ、これか。軟体蔓の元を自ら根付かせたんだよ! 私は人であり、寄生魔人でもあるが、どちらでもある魔人だ!」

「人である? あんなのと一緒とかありえない」


 綺麗好きの最上級であるレイツェルの嫌がりようは面白いくらいだった。

 ローブ男が手を広げると、軟体蔓が最も近い場所にいたジョッシュへ襲い掛かって来る。

 急いで避けたジョッシュだったけど、地面には二条の痕が残っていた。


「俺がこいつをやる!」

「ダメだ。ジョッシュとブルーズは巨人を相手してくれ」

「ああ?」

「わかった」

「冒険者くらいじゃないと大きい相手とは戦わないだろ。分かってくれジョッシュ」

「わあったよ!」


 ジョッシュが得意ではないだろう相手に向かって行くのは阻止できた。

 他の配置はどうするか?


「私は猿をやるからね」

「レイツェルとステフェンは自称魔人」

「任せろ」

「タクアン?」

「対人は得意だろ」

「ふんっ」


 不本意ながらも向かってくれたレイツェル。

 ステフェンは随分と楽しそうだけど、本当に自称だったのかもな。


「俺は寄生猿か?」

「うん。俺とベニッツォで」


 自称魔人のローブ男の余裕から戦闘が始まったのは、こちらの態勢が整ってからだった。

 巨人を相手にする2人は離れたところへ、自称魔人と寄生猿は同じ場所だ。


「た、タクアンさん!」

「大丈夫ですよ、エドワードさん」


 急に攻撃してきた寄生猿に慌てているエドワードだけど、ベニッツォが異常な速度で倒しているのを見ると、少しは落ち着いたようだ。

 俺はエドワードを守ることに注力して、ベニッツォにほとんどを任せることにした。


「うわぁッ‼」

「あはははは! そんなに慌てなくても」


 飛び掛かって来る寄生猿を切って、投げて、蹴って、あまり倒せてはいない。

 それでも案外ベニッツォがどうにかしてくれている。

 寄生猿の中に入り、攻撃を躱しながらレイピアと短剣で攻撃していた。

 どれも急所で一撃を受ける度に、寄生猿が倒れていく。


「ベニッツォさん、すごい、ですね」

「大きな魔物が苦手なだけで小さい魔物は瞬殺ですね」


 だから、魔鉄級ではないけど調査隊の選考を通ったんだろう。

 多様な人がいてくれた方が上手く進むだろうと。

 選考した人は優秀だな。

 ただ、癖が強いから俺に迷惑がかかるだけ。


「ククククッ」

「ど、どうしましたタクアンさん?」

「いや、面白くて」

「え? 猿、猿です。後ろから来ました!」


 蹴り飛ばすと、思いのほか強く蹴ったようで自称魔人の方へ飛んでいく。


「あ」

「ッあ!」


 気付いたのは2人。

 自称魔人とステフェン。

 気付かず、こちらに背を向けていたレイツェルに寄生猿がぶつかった。


 ピカッと光るとレイツェルの手には刀が握られており、起き上がろうとしていた寄生猿は血を噴き出す。

 動きが見えなかったけど、両手で刀を構えたレイツェルの顔は明らかに怒っていた。


「きたない、キタナイ、汚い、あんたがいなければ、汚くならなかったに」


 ブツブツと呟いている言葉は、俺ではなく自称魔人に向かっていた。

 それならいいか。


「ステフェン、猿を片付けて!」

「2人で相手した方が簡単だろ」

「いいから、片付けて、すぐに!」

「お、おう」


 ステフェンは急いでこちらに走ってきた。

 引き攣った顔だけど、目はレイツェルの様子を窺おうとしていて面白い。


「タクアン! 後から何があったか聞くからね!」

「わ、わかった!」


 出来るだけ機嫌を損ねないように、急いで寄生猿を片付けるか。

 3人で急いで寄生猿を倒していたんだけど、レイツェルをチラリと見たとき自称魔人を無力化していた。

 自称魔人が動いたら切って、こちらを睨みつけている。


 どことなく俺たちの寄生猿殲滅速度が上がったのは、気のせいではないはずだ。

 数えるのも面倒になるくらいの寄生猿をどうにか倒し終えると、森に大きな振動があった。

 警戒しながら振動があった場所を見ていると、疲れた風のジョッシュとブルーズが現れる。


「うおっ! んだよレイツェル、こえぇよ」

「刀を納めてくれ」

「ふんっ」


 怒りながらレイツェルは刀を納めて、自称魔人を蹴りつけた。

 呻くもその声は小さく、呼吸も浅く見える。


「全員無事だな! よかった!」

「寄生猿は倒し終えた」

「こちらもだ、ベニッツォ。巨人は倒した」

「タクアン、何が起こったか聞きたいんだけど?」

「レイツェル、その前にこいつから話を聞かないと」


 話を聞こうとするレイツェルから逃げて、自称魔人の近くに座った。

 軟体蔓は根元から切られ、大量の出血があり、片足と片手が切り落とされているけど、まだ生きている。


「ほら、死にそうなんだから名前と何してたのか教えてくれ」

「ククッ、ゲイシー、だ」

「ゲイシーね、なにしてたんだ?」

「けんきゅ、うだ。そし、きには、わたしのよ、うな、まじんがい、る。た、くさん」

「研究。組織には私のような魔人がたくさんいるね。で、組織って」

「い、わん、よ」


 そういうと、力が抜けたように動かなくなった。

 俺とは逆側からレイツェルが蹴るけど、反応はない。


「はっ、くたばったか」

「みたいだね。きもちわるい」

「組織に魔人だってな」

「たくさんとも言ってた」

「研究は寄生猿を操ってたことか?」

「聞いてみたらいい」

「タクアンさん?」


 俺の言葉に疑問を返したのはエドワードだったけど、5人の視線はよく分かっていないようだ。

 仕方なく、剣を自称魔人の首元に沿わせた。


「起きないと今度こそ、死ぬぞ」


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