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○
馬車は休憩を挟みながら、移動している。
朝から移動を始めて、今は昼くらいか。王都から少し離れた農村が見えている。
馴染みのない7人で長時間共にいると、話すこともなくなっていた。
馬車は自然と静かになり、車輪の音、馬の蹄の音、ジョッシュの身じろぎする音が聞こえるくらいだ。
「ちょっといいか?」
「どうした義賊さんよ?」
「へっ、魔鉄級冒険者からすりゃあ笑える肩書だな」
「悪かったよ、ステフェン。で、どうした?」
「ある話を聞いたんだ」
話し始めたのは、ある魔物討伐遠征隊の副隊長が立ち寄った村で平民を殺したという話だった。
話をしていくほどに、ブルーズに対して視線が集まっているから、彼の話なんだろう。
それを疑わない行動をレイツェルが起こした。
「あなたは人殺しなどしない人だと私は思うんだけど……。どうして今みたいな話になってるの?」
「そうなのかブルーズ?」
「当たり前だ。隊長をしていた貴族が飯の不味さから切り殺した。俺の武器はメイスなのに、罪を擦り付けられ、犯罪者として扱われた」
「ふふふっ、なによそれ」
「アヒャヒャヒャ! その貴族の家を教えてくれたら、なにか盗んで来てやろうか?」
レイツェルとステフェンの犯罪者2人はこらえることなく笑い始めた。
ジョッシュ、ベニッツォ、エドワードは悲しそうな顔のブルーズを見つめている。
こらえていたけど、俺は耐えられなくて笑ってしまう。
「あはははは! ブルーズさん、苦労しますね」
「おい、タクアン」
「いや、すみませんジョッシュさん」
「笑うことはないだろ。報酬で潔白を証明するんだろ、ブルーズ」
「そうしたいが、貴族だからな」
「国が調査隊のあらゆることを支援してくれるなら、国に言えばいいんじゃないですか?」
手綱を持っていたエドワードが振り向いて「タクアンさん、それです!」と声を上げた。
続くようにブルーズも「それだ!」と声を上げる。
「タクアン、それなら俺の無実を証明してくれるかもしれない!」
「ブルーズさん、それで本当に大丈夫ですか。神話調査を終えたら報復を受けたりしませんか?」
先ほどまで浮かれていたエドワードは冷静になる。
しかし、周りの4人は楽観的だけど良い考えを持っていた。
「おいおいエドワード、この国の王が募集した調査隊の面倒事だぞ」
「そうそう。王の名前で募集して、決まった俺たちのことに口出すと王の面子がないだろ」
「とは言っても、心配する気持ちはわかる」
「ホント、男は心配ばかりね。戻ったら私が王に言って切ってあげるのに」
レイツェルだけはズレたことを言っていたけど、犯罪者の2人ですらブルーズを気遣っていた。
人格的に問題がある者は選ばれていないのかもしれないな。
○
日記のページをめくる手を止めたタクアンは、水差しを持って立ち上がる。
離れた場所の水瓶近くにそれを置くと、水瓶を持って外に出た。
森の中、家周辺の木は伐採され、何度となく歩いたであろう場所には道が出来ている。
タクアンは井戸の水で水瓶を満たすと、笑顔で家を眺めた。
静かな森では自然の音だけが響いている。
「ははは! この家が報酬で本当によかったなぁ」
家に戻ったタクアンはコップに水を入れて、すぐに飲み干した。
とても喉が渇いていたのか2度繰り返す。
彼は大きく息を吐いて、再度座ると日記のページをめくった。
○
宿場町で1日を終えると、宿の食事7人で食べていた。
ひとつの机を囲んで食事をしていると、周囲からの視線が集まっている。
周囲から聞こえてくる話では、神話調査隊と分かっているみたいだ。
「タクアンさん、眠る前に記録の仕方を教えますから、起きていてください」
「はい」
「エドワードとタクアンはその堅苦しいしゃべり方を変えねぇか?」
「堅苦しいですか、ジョッシュさん」
「ああ、変えてくれ」
「分かった、ジョッシュ」
エドワードが話し出さないから、俺がジョッシュの頼みを聞いて実践した。
しかし、ジョッシュとしては予想外の答えだったようだ。
食事の手を止めて、俺を睨みつけている。
「タクアン、さんは付けろ」
「分かった、ジョッシュさん」
「小さい男だこと。タクアン、さんは付けなくていいよ」
「分かった、レイツェル」
俺の両隣にはレイツェルとエドワードがいる。
レイツェルは綺麗好きの最上級で、宿の食堂にあるカトラリーを買い取らせた。
自分用にいくつか持ち歩き、食事前には熱心に拭いていたのは覚えている。
これでよく旅に出ようと思ったものだ。
「うれしそうだな。レイツェル」
「あら? ジョッシュ、嫉妬かしら」
「はんッ、お前のような化け物に喜ばれて嫉妬などするか」
「ふーん、面白いこと、言ってくれるじゃない?」
2人が椅子から腰を上げた。
ジョッシュの隣にいるベニッツォは俺に視線を向けて頷く。
何をしたいのか理解して、頷いて動いた。
ベニッツォはジョッシュを座らせ、俺は笑顔でレイツェルのカトラリーに手を伸ばす。
「タクアン⁉」
「レイツェル、他人に触れられたくないなら、座って食事してくれ」
「分かった」
渋々腰を下ろしたレイツェルはジッと俺を見つめていた。
気付いてレイツェルを見ると、落胆したように溜め息を吐く。
その様子が面白くて、笑うと今度は不思議そうな顔で見た。
「タクアンはいつも笑ってる、よね?」
「俺も思ってた」
「暗いよりはいい」
「確かに」
「タクアンさん、お披露目でも笑ってました」
「どうしてだ、タクアン」
どうしても、こうしてもない。
「王都で冒険者するまでは1人で旅してたから、大勢で旅ができてうれしいんだよ」
「金級の依頼は遠方のものもあっただろう?」
「そういう依頼は受けてなかったんだ、ジョッシュ」
「うーん、若いのに呼び捨てされるのは抵抗があるな」
「25だぞ」
「はあ? 同い年かよお前」
「私も一緒ね」
そうしてみんなの年齢を聞いていくと、25歳の3人が最も若かった。
次に28のベニッツォ、30のステフェン、34のブルーズで、35のエドワードが最も年上だ。
たしかに見た目が若く見られがちだから、25には見えないだろうな。
「エドワード、目的地までどのくらいかかるんだ?」
「今の感じですと、4日いえ5日くらいです」
「ジョッシュ、魔鉄級冒険者なら遠方に行くこともあっただろう。今までどうしてたんだ?」
「エドワードみたいな頭のいい金級が旅に同行してくれたな」
「やっぱりジョッシュほどの馬鹿は楽しみが少ないわね」
「ああ?」
また喧嘩が始まるのかと見ていると、そういう訳でもなさそうだ。
落胆したレイツェルがフォークを仕舞って、刀の柄を撫でた。
それだけで周囲の騒がしさが増していく。
妖しい魅力に男たちは当てられている。
「重い肉は切る楽しさが薄いのよ。馬鹿だと反応も悪いし、鍛えられたしなやかな肉体が良いのよ」
レイツェルはそう言いながら、俺、ステフェン、ベニッツォを見ていく。
しなやかな肉体に該当したのは3人だ。
ブルーズとジョッシュは同じ部類で、エドワードは鍛えていない人だから別だろう。
「お前、仲間を切るような真似はしないでくれ」
「私は殺人に快楽を感じるような人ではないのよ」
「今の発言からそれを信じることができないのは分かるか?」
「安心してくれていいわ。私は無駄な殺しをしたら死刑らしいから」
「逃げたらどうなるんだ?」
ジョッシュの疑問の答えが気になって、食事をしながら目を向けた。
すると、レイツェルはジャケットを脱いで、シャツの腕をまくり上げる。
騒がしくなった食堂が一気に静まったから、身を乗り出して腕を見た。
レイツェルの白い腕には、赤黒い刺青がある。
何が書かれているかは分からないけど、紋のようなものだ。
「趣味の悪い刺青だな」
「ステフェン、ブルーズも入れてるわ。これがある限り、私たちの居場所は特定できるようね」
「魔物の血か」
「そう。頭がいくつかある魔物の血で刺青を入れると、出来るみたい。だから逃げることも出来ないわ」
国も犯罪者を送り出すにあたって、備えてくれていたようだ。
俺としてはとてもありがたい対策だ。
戦闘の腕では彼らに劣るから。でも捨て身でされると攻撃を受けることになる。
人格的に問題がなさそうというのは、早計だったか。
「別にあなたたちは殺さないわよ。私は頼まれて殺してたんだから」
「信じることはできない、それはどうしようもないからな」
「ジョッシュ、ベニッツォ、タクアン、3人は人を殺したことがあるわね」
「ああ」
「ある」
「うん」
冒険者をしていれば、そういう状況が訪れてしまう。
もちろん冒険者にならなくても訪れはする。
盗賊を相手にしたのは、王都に来る前の話だ。
「仕方なく自衛のために殺したでしょう?」
「ああ、そうだな」
「ああ」
「うん」
「そうしてあなたたちは依頼で魔物を討伐する。その魔物が人に置き換わっただけよ」
誰も言葉に頷けず食事の手が止まった。
周囲の人たちもそれは同じだ。
隣にいるエドワードはあまりの恐怖で手が震えていた。
「人を殺さない、指揮には従えるから私たち3人は犯罪者だけど、選考を抜けたのよ?」
「そうなのか?」
「そうだ。俺は元々殺しなどしていないから、従うだけだ」
「俺も殺しはしてないぞ。手癖が問題ってこと」
「私は殺したけど、殺すことを優先しないし、指揮に従えるのは本当だから頼むわね。タクアン」
他人事だと思っていたけど、調査隊の色々は俺の仕事だった。
レイツェルの言葉に調査隊の面々が俺を見てくる。
可哀そうなものを見るような目でジョッシュ、ベニッツォが見ていた。
指揮するのは俺で試練を達成できるだろうか。
食事を終えてエドワードから記録の方法を教えてもらい、その日を終えた。
(翌日からの日記は他愛のない会話が多かったようだ)
(目的の村に近い村、オウグストまで目立ったことを書いていない)
ベーゲンに近い村オウグストへ着いたのは、出発してから4日目のことだ。
昼頃に到着して、ベーゲンの話を聞こうと村人の案内を頼むと、ベーゲンから逃げてきた者がいるという。
全員で話を聞きに向かうことはせずに、調査隊を分けることにした。
「俺が話を聞きますから、ブルーズの指示に従って家を借りて、馬の世話をしてください」
「おい、タクアン。俺も話を聞きたいんだけどダメなのか?」
「ジョッシュはレイツェルとステフェンが暴れても押さえられるからダメ。ベニッツォはエドワードさんの護衛だからダメ。他は言うまでもない」
俺の言葉にニタニタしながら、ジョッシュは頷いた。
他人から強いと言われると、いつもこの感じなのか、ジョッシュは。
6人全員が頷いてくれたから、恐らく問題ないだろう。
「それが終われば、どうしましょう?」
「自由時間で、今日は情報収集だけです。何かあるとしても明日でしょう」
「分かりました。ではブルーズさんお願いします」
去っていく6人を見送って、俺はベーゲン村の人に家で会わせてもらった。
知り合いの家で寝泊まりして、狩人としての腕でこの村にいる理由を示したという。
名前をデール。見た目は少し老けて見えるジョッシュと同じだけど28歳と上らしい。
「はじめまして、冒険者のタクアンと言います。ベーゲン村を襲った魔物について教えてもらえますか?」
「はい。近くの森から来た寄生猿の群れで、50体ほどいました」
「寄生猿? あれは弱いでしょう?」
軟体蔓に寄生されれば、動物は馬鹿になって弱くなる。
力が強くなったりもしない。
寄生猿は割とありふれた魔物で、冒険者の最下級である石級でも討伐の許可が出ている。
そのくらい弱い魔物だ。
「信じてもらえないかもしれませんが、群れで連携し攻撃してきたので村から逃げるしかありませんでした」
「頭の良い猿の群れじゃないんですよね?」
「はい」
「そうなると、寄生猿の群れが強くなった原因はあると思うんですけど、なにか気になることありました?」
しばらくデールは首を傾げていたけど、ハッと顔を上げた。
しかし、すぐ悩むように床を見つめる。
こちらから促すことはせずに、見守っていると決心したような顔になった。
「狩人のひとりが寄生猿の群れの奥に、怪しい人影を見たと言ってました」
「デールさんは見てないんですか?」
「はい。俺が逃げたのは寄生猿が村の中まで来た時でした」
「そうですか」
怪しすぎて、警戒すべき情報なのか分からない。
情報の真偽もあるから、6人に投げるだけになるか。
「あの、俺も、寄生猿の討伐に連れってもらえませんか?」
「いや、俺たちは寄生猿ではなく寄生死人を討伐しに行くんです」
「あ、ああ、そうでした、ね」
「そのついでで寄生猿を討伐する予定ではありますけど、デールさんは連れていきません」
「討伐するんですよね⁉ どうしてですかッ⁉」
胸倉をつかまれたけど、力が入っていないかのように弱々しい。
ダメだと分かっているからだろう。
「逃げたのは倒せないからですよね。だからです」
「そう、ですよね。すみません」
「俺は時々、村が襲われた人と会うんです」
「そうなんですか?」
「ええ。旅していると、そういうこともあったんです。ほとんどの人は自殺しましたよ」
「そう、ですか」
「生きていく術がないからですね。でも、デールさんは生きていく術があって、生きている。このまま寿命を全うしてやりましょう!」
自然と浮かぶ笑いを開放してやると、デールさんは少し呆れながらも笑顔になってくれた。
意気消沈している人に掛ける言葉を間違えたか。
でも、死ぬよりずっといい。
2人して小さく笑い合っていると、ドンドンと強く扉が叩かれた。
「はい!」
デールさんが勢いよく出て扉を開くと、焦っている顔のエドワードがいた。
調査隊の他5人が見えないのは、いい予感がしない。
「タクアンさん、来てください!」