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○
書庫で日記をめくったタクアンは翌日のことが書かれていないことに、首を傾げる。
家を持っていなかった頃の彼は毎日書いていた。
毎日、なにかしらの変化があったからだ。
「なんで書いてないんだろう?」
振り返るタクアンだったが、特に答えは見つけられなかった。
彼は笑顔を浮かべて、次のページをめくっていく。
「まあ、いっか」
○
1の鐘が鳴り、タクアンは送れずに王城へ到着した。
マジックバッグには昨日、タダでもらうことができた予備の片手半剣もある。
(前日の俺は武器を買いに行ってたのか)
王城に到着すると、エドワードが迎えてくれた。
「タクアンさん、昨日は大変でしたね。体調はどうです?」
「1の鐘に来られたくらいです。問題ないですよ」
「そうですか。移動しながら話しましょう」
今回は武器を持ったまま、王城の敷地に入っていく。
敷地の端を進んでいると「そうだ!」と言って、エドワードが冒険者証を渡してきた。
「昨日、金級の方から渡されて返し忘れてました」
「施療院はどうにかなったから、良かったよ」
「はい。王自ら手を加えるようですから、良くなると思います」
(冒険者証をエドワードがどうして持っている? それに施療院? 前日のことか?)
(まあ、日記だから仕方ない。前後のつながりが薄く思えるけど、書いているときは違ったんだろう)
エドワードの後に付いて移動していると、護衛を連れている宰相がいた。
近くには屋根のない豪華な馬車、作りのしっかりとした馬車、この2台がある。
豪華な馬車で旅をするんだろうか。
「タクアンさん、説明しますね」
「はい」
「こちらの綺麗で豪華な馬車はお披露目用の馬車です」
「お披露目ですか?」
「はい。1半の鐘で出発するときにこの馬車で城を出ます。王都を出たときに、あちらの頑丈な馬車に乗り換えます」
「分かりました」
「御者は私たちがします。できますよね?」
「はい」
それから、エドワードに旅の間に話してくれと言っていたことを教えられた。
お金、マジックバッグの管理、神話調査隊の倒す魔物一覧を見せられる。
神話の話を知っていれば、ある程度は知っている魔物ばかり。
ただ、実際にどこにいるかは分からないから、それの調査、捜索、討伐までが必要になるだろう。
俺の仕事は調査と捜索の指揮を執り、調査隊に討伐させること。道中のお金と旅程の管理だ。
記憶の中にある魔物の目撃情報を探していると、身なりを整えて変わった5人が現れた。
着ている服も上質なものに変わっているけど、その上から防具を着ている。
泥棒のステフェンだけは防具がなかったけど、他は全員最高級のものに違いない。
「タクアンさん、こちらを」
エドワードから渡されたのは、白いフードケープだ。
同じようなフードケープを着ているエドワード。
記録員は同じような服装で目立たないようにする必要があるのか。
「これ着るんですか?」
「はい。そろそろ出発しますから、着てください」
フードケープを着ると、豪華な馬車の御者席に乗せられた。隣にはエドワードが乗り込んだ。
しばらく待っていると、頑丈な馬車が出発した。
すると、豪華な馬車の周りを騎士が囲み、調査隊の5人が乗り込んだ。
馬車は鐘が鳴ると、エドワードが手綱を握って進み始める。
「おい、すげぇぞ!」
楽しそうに腰を上げたジョッシュをベニッツォが座らせる。
しかし、ジョッシュが言ったように、王城の外は凄まじい数の人がいた。
左右を見れば、人だかりができている。
ここにいる人たちが調査隊をひと目見ようと、来たのなら笑いがこみ上げてきた。
魔鉄級、金級冒険者はまだ分かるけど、他は犯罪者なのに。
こらえようとすればするほど、笑いはこみ上げてくる。
どうにか止めようと、抑えると体が震えてしまう。
「タクアンさん?」
「あはははは! はぁ。大丈夫」
こらえることを止めて笑うと、どうにか落ち着いた。
人だかりが騒がしいから、そこまで目立っていない。
王都の外に行くと、頑丈な馬車へ乗り換えた。
準備期間は短かったけど、神話調査隊の仕事はようやく始まる。
「エドワードさん、今からどこに向かうんですか?」
「試練最初の魔物のいる場所です」
「寄生死人が出たんですか?」
「はい。どうやら魔物に村が襲われ、火葬できなかった村人が寄生されたようです」
「そうですか」
動物と魔物を分ける特徴はあるものの、その特徴がないものでも強ければ魔物と呼んでいる。
冒険者は魔物を倒し、未踏を開拓するものとしてギルドが組織された。
「おい、タクアン」
寄生死人というのは人の死体に魔物の特徴である、軟体蔓が寄生して動き始める魔物だ。
基本的に寄生され魔物になると、弱くなる。
どれだけ屈強な人でも弱くなる。
「タクアン?」
この寄生は生きている人でも起こるけど、病弱でない限りは自分で対処できる。
軟体蔓の研究はされているだろうけど、分かっていないことの方が多い。
「タクアン!」
「何ですか、ジョッシュさん」
「話しかけてるんだから、返事をしろ」
「すみません。どうしましたか?」
「俺たちの武器を渡してもらえるか?」
意味が分からなくてエドワードを見ると、手綱を渡してきた。
変わるとエドワードはマジックバッグに手を入れ、大きな柄を握っている。
しかし、そこから全く動かない。
「なにしてんだ?」
「重くて持ち上げられないんです」
「マジックバッグは軽いんだろう?」
「マジックバッグは軽いですけど、物は重いんです」
「エドワードさん、手綱を頼みますよ」
マジックバッグを奪うようにして取ると、俺は柄を握って引っ張り上げた。
出てきたのは大斧。柄から刃まで全部魔鉄製だ。
重いが持てないほどじゃない。
ただ。
「ジョッシュさん、これ重いので後からでいいですか?」
「あ、ああ、分かった」
次に取り出したのはレイピアと括りつけられた短剣だ。
鍔は柄まで覆うレイピアと似た鍔を持つ短剣。
持ち上げると、ベニッツォが手を挙げた。
「おれだ」
「ベニッツォさんですね」
「ああ、記録員タクアンだな。よろしく」
「はい」
今のところ、大斧とレイピアと短剣は魔鉄が使われていた。
ただの鋼しか使っていない俺の武器よりは、よっぽどいい。
次に取り出したのは、大ぶりな双剣。
使い込まれているのに綺麗に整備されている。俺の片手半剣とは大違いだ。
「こっちだ」
「ステフェンさんですね」
「ああ」
次は取り出すのを途中で止められた。
大盾とメイス。
止めたのはブルーズだ。
最後に取り出したのは刀。
使い込まれているけど、整備はされているようだ。
持ち上げると、レイツェルが手を挙げた。
「レイツェルさん、ですね」
「よろしく、記録員」
「はい。よろしくお願いします」
言葉は多少優しいけど、俺が渡した刀を汚いものでも触るようにつまんでいた。
それだけでも指の力がすごいと分かる。
刀をどこからか取り出したハンカチで拭き始めたレイツェル。
「よし! まずは自己紹介だな! 俺は魔鉄級冒険者ジョッシュだ。武器はさっき見た大斧だ。募集に参加したのは報酬と不死になってみたかったからだ」
誰に促された訳でもないのに、自己紹介を始めたジョッシュ。
宰相の紹介でよかったと思うんだけど、どういう人か知らないとこれから困るか。
「ほら、次はベニッツォ!」
「ああ、金級冒険者のベニッツォという。武器はこれだ。募集には面白そうだから参加した」
手綱を渡しているから、俺は御者席から後ろを向いて自己紹介を見ていた。
ジョッシュは短髪で身体の大きい男だ。
ベニッツォは長い癖毛で彫りの深い顔した、ハンサムな男。
次に自己紹介をしたのはステフェン。
「俺は大泥棒ステフェンだ! 盗んだもので最も価値あるものはへメロス王の枕だ」
「それは価値ないだろ」
「はあ? お前、盗みしたことないだろ! 寝ている王から枕を盗んだんだぞ」
「価値はないわね。一国の王とはいっても壮年の男の枕なのよ」
「はあ? だから価値がないって⁉」
意見を求められないから、大きく頷くだけにとどめておいた。
ステフェンは俺を見ており、激しく睨みつけてくる。
しかし、俺に続くように他の4人が頷いているのを見ると、疑問を感じるような顔になった。
「価値がないのか?」
「ないぞ、自称義賊」
「自称じゃない、俺は義賊だ」
「はいはい、静かに聞いて男たち。私はレイツェル。武器は刀。参加した理由は今までの犯罪をなかったことにしてもらえるから、ね」
「おい、こっちは死刑が一生牢暮らしに変わるだけだったぞ」
「王のために働くって言ってきたから違ったのよ」
殺し屋を王が雇うのか。
30人殺しの犯人だと聞いたけど、レイツェルがいれば盤石だな王は。
「俺はブルーズ。元兵士だ。武器は大盾にメイス。募集に参加した理由は、色々だ」
「こっちは全員紹介したな。そっちだタクアン」
「はい。金級冒険者のタクアンです。武器はこれで、報酬には家を要求しました」
エドワードから手綱を取ると、御者席から振り返って自己紹介を始めた。
「エドワードです。文官をしています。戦闘は出来ません。参加したのは報酬のお金が理由です」
「よし、全員の自己紹介が終わったな。エドワード、俺たちは今どこに向かってるんだ?」
「今向かっているのはヘメロカリス王国のベーゲンという村です」
「不死の試練ってのについて教えてくれよ、エドワード」
手綱を持った俺も振り返る言葉は、ほかの5人にとっても目を見張る言葉だった。
ジョッシュはどういう生活をしてきたのだろう。
寝物語、施療院、教訓として試練の話はあるのに。
「え? な、なんだよ全員こっち見て」
「ジョッシュ、不死の試練を知らないのか?」
ステフェンの疑問は総意だった。
誰もがジッとジョッシュを見つめている。
「いや、ある程度は知ってるぞ。英雄ヘメロが女神アイリスティルベから神となるための試練を教えられて、魔物を討伐していくんだ」
「知ってるじゃねぇか。冒険者は大体知ってるか」
「英雄の話を知らない冒険者いないだろう。ただ詳しい話を知らないんだ。何体か魔物はいたと思うけど、どれを討伐しに今は向かってるんだ?」
「今から向かうのは寄生死人です。村が魔物に襲われて出ているようです。寄生死人から骨灰を得ることが最初の試練ですね」
隣のエドワードが答えると、ジョッシュは立ち上がった。
たまに前を見るけど、ほぼ真っすぐの道だから後ろを向いて話の流れを見守る。
「冒険者は何をしてるんだ!」
「我々の調査を優先してもらったんです。寄生死人を倒す必要がありますから」
「村が魔物に襲われたと言ったじゃないか。冒険者がいれば問題は起こらなかったはずだ。その村は遠いのか?」
「はい。街からも、村からも外れにあります」
ジョッシュは勢いよく座り込んで、首を振りながら溜め息を吐いた。
どうしようもないことを理解したようだ。
「他の魔物について教えてくれるか?」
「はい」
「いや待ってくれ、倒す魔物は割と多かったはず、何体だ?」
「全部合わせて15体です。こちらが一覧になります」
ジョッシュは渡されるが、首を傾げてベニッツォに渡した。
ベニッツォは眺めて、ステフェンに。
ステフェンは渋い顔をして、ブルーズに。
ブルーズは文字列を目で追い、目頭を押さえて、レイツェルに。
レイツェルも文字列を追うと、訝し気な顔でエドワードに戻ってきた。
「タクアンは見ないのか?」
「ジョッシュさんよりも先に見せてもらってます」
「俺は文字読めないし、書けないから、読み上げてもらえるか」
「はい」
エドワードは15体の魔物を読み上げる。
寄生死人から始まり、最後は神話でしか聞かない龍が出てきた。
試練を達成できる未来が見えない。
諦めれば終わる旅の始まりを全員感じたのだろう、賑やかだった馬車が少し静かになった。
「今日は宿場町で泊まります」
雰囲気が悪くなったから、変えようとしたエドワードの言葉を特に聞いていない5人。
仕方ない、なんとなくしか知らないのが神話だ。
聞いた覚えがある程度だからこそ、5人は不死の泉を求めている。
不死を望む馬鹿者どもだ。
記録員として付いて行く俺も一員だけどな。
「よし! 15体倒せるように情報を集めるのが目標だな!」
「最初は寄生死人を倒すこと、よね」
「はい。私は寄生死人を倒すまでタクアンさんの補助として付きます。それ以降は皆さん6人で頑張ってください」
終わりの見えているエドワードが余裕を持っていたのは、誰が見ても明らかだ。
視線が厳しくなったのを察したエドワードは、俺から手綱を奪うと、ただ前を向いていた。