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『グリーンレイの戦い①』

「転移魔法の円環に鉤爪と疾風の記号だ。描いて見せる、最終確認だ。ここで躓けば、作戦を中止せねばならない」

「分かってますよ、大尉!」

 黒い衣装に身を包んだ三人の男たちは、街をぐるりと囲む高い外壁の上に立ち、何か密談をするような調子で話していた。


 指揮を取る男は杖で――足元に複雑な模様を描いていく。

 他の二人はそれを目に焼き付けるよう記号の配列、形を記憶した。

 男たちはフードによって目元を覆い、素足すらほとんど出していない。


 魔法の糸で編み込まれた法衣。

 それは魔術士が好んで着るような格好だった。


「陣の大きさも間違えるな。人用ではないからな」

 描かれた模様は、大人が寝そべり、手足を広げても余るサイズとなった。

「こんなもんだろう。アポール、ロレント。お前たちはそれぞれ、街の東と西側に魔法陣を敷け。雑に描くな」

「そんなことするものですか」

「しかしナージバン大尉。軍属としてはこんな格好……晒し者ですね」


 三人はそれぞれの衣装を見返す。

 姿を隠さなければならない理由があることに、不服そうな表情を浮かべた。

「仕方なかろう、アポール。我が軍の制服はもはや札付きの証だ」

「承知はしてません! 軍服は俺たちの誇りです。それがクソっ……皇国の手に堕ちた平和ボケ共へ目に物を見せてやるッ! そうでしょう!」

 アポールが歯を食いしばり、語気を強める。


 大尉、と呼ばれた男がフードを取って素顔を晒した。

 顔の右半分には、大きな火傷痕がある。

 目の光が強い。

 ここがすでに戦場であるかのような雰囲気を纏っていた。


「その通りだ。何もかも取り戻さねばならん。国も、名誉も! 我々の戦いはまだ終わっちゃいない。アカーシャ共和国に栄光を――行けッ!」

 決意を固め、ナージバンが号令を発した。

 男たちが動き出す。


 街には薄っすらとした霧が漂い、住民は未だ眠りに就いている。

 戦いの空気なんて微塵もない、静かな朝だった。

 稜線からのろのろと顔を出した陽が外壁の上に降り注ぎ、男の足元に描かれた魔法陣を照らした。模様は発動を今か今かと待つようにして、仄かな発光を繰り返す。まるで意志を持った生き物のように、脅威をもたらそうと脈動しているようだった。


 男は街を見下ろす。

 その瞳は――憎しみの炎を宿していた。




 とある旅のキャラバンがグリーンレイの街に着いたのは、露天商たちが屋台を立て始めた早朝のことだった。

 付近の中継地を担う活気ある街ということもあって、すでに人の往来が目につく。


「こんな時間なのに……もう橋や門が開放している」

「そうさ。近年じゃあ物騒なことも少なくなって、安定したろ? グリーンレイなんか四六時中ここを通り放題なもんさ。俺は兵の怠慢だとも思うがね!」

 隊商の一人が門をくぐりながら大っぴらに言う。

「そこのキャラバン、聞こえているぞッ! 締め出されたいのか~⁉︎」

「すまんすまん! 安心しろ、目は覚めているみたいだ。はっはっは!」

「緩いのだな」彼らの呑気なやりとりを眺めながら、青年はほころぶ。


 くるくるとしたカールを描く髪が風になびいた。

 綿毛のように真っ白な色の髪が、朝の光にきらめく。

 青年は周りと服装が違っていた。

 キャラバンの人々のような積み荷の運搬作業に適した軽装ではなく、腰の高さまで覆う緑の外套に身を包んだ――旅人然とした恰好をしている。

 どうやら、乗り合いのようだ。


 門を抜け、青年の黄金色の瞳には、グリーンレイの朝の景色が飛び込んできた。

 通りに敷かれた石畳みがしっとりとした光を放つ。

 向こうの方からは行商人たちの元気な声が聞こえてきた。

 露店のテントを張りながら、品物を並べ、隣の店と談笑したりと賑やかだった。

 その空気感に、青年の胸が高鳴る。


「……潮の匂いが微かにする。そうか、もうこんなにも、懐かしいのだな――」

 そよぐ風に鼻を寄せる。

 口角が自然と上がり、思わず微笑んだ。


「お前さん。この辺りの出身だったのか?」

「ああ。私の村はもう少し国道を南に降りて行った――海に浮かぶ小さな島だよ。向かうのもそこだ」

「っていうと、南星島か」

「行ったことが?」

「もちろんあるさ! あの島の羊皮紙は質が良いから、中央まで持っていくと良い稼ぎになるんだ!」

「それじゃあ、私の家族が作った品もあったかもしれないな。そうか、評判、良いのだな」


 頷いて、久しぶりに耳にした故郷の名前に頬が少しだけ赤くなった。

 胸の高鳴りがまた一段と強くなる。

 キャラバンはやがて通りの一角に停止すると、隊の全体が活発に動き出し、忙しなく荷物の紐を解き始めた。


「隊長殿。ここまで乗せてくれてありがとう、助かった」

「いいさ、運びのついでだ! お前さんみたいな、頼りなさ気な青年を道に置いて行く方が旅の感触も悪い。人に良くしておけばマナの御加護もついてくるってもんさ!」

「きっとそうに違いない。では」


「ば、バカ野郎――!」

 二人が握手を交わした時、前方で作業を進めていた男たちが何やら騒ぎだした。


「いきなり荷を預けるやつがいるかっ! も、持ち上げろ……うぎぎッ!」

「なーに遊んでやがるこのッ‼︎」

 見れば、荷台の側にいる男へと大きな箱が斜めにもたれ掛かっている。相当重いのか、作業員の体はみるみると地面に落ちていき、あわや潰されかけていた。

「えらいこっちゃ、クソ」

「早く手伝ってやれ! 荷を押し返すんだよォ!」


 不穏な空気が漂い始めた頃――青年が行動に出た。

「私がやろう」

 その場から動くことなく、ただ人差し指だけを騒ぎの方へと向ける。

「な、なんだぁ?」

 キャラバンの隊長は困惑しながら見守った。


 青年は前方を一点に見つめ、集中する。

 箱がピクリと――重力を無視するように動く。

 慌ただしく駆け寄った男たちが苦戦していたその箱は、途端に重さを失い、フワフワと一人でに宙へと浮いたのだった。


「魔術操作は人に披露できる腕ではないのだが……上手くいったみたいだ」

「お前さん――魔術士なのか⁉︎」

 指先を動かし、道の脇にゆっくりと降ろす。

 ストンと、軽い物でも置いたような音を立てて箱は浮力を失った。

 その様子に唖然としていた男たちだったが、事なきを得たと知り、ワッと小さな歓声が上げた。

「いやはや助けられたよ」

「こりゃあ大したもんだ!」


 青年の周りに人だかりができる。

「街まで乗せてもらった恩返しにはなったみたいで、よかったのだ」

「もしかして皇国の軍人さんか?」

 面白いものを目の当たりにしたという調子の男たちは、嬉々として事情を聞き出そうと青年を取り囲み質問攻めにする。しかし急に注目されたのが恥ずかしかったのか、青年は足早に輪の外へ抜け、挨拶もそこそこに街を南の方角へと走り出した。

「そ、そんな大層な身分ではないのだ! もう行く!」

「なんでい。照れてんのか?」

「まあまあ、引き留めても悪い。おーい、ありがとうよ! さあ作業に戻るぞ!」

「へ~い」

「なんならよォ~、魔術で全部降ろしてもらえばよかったなぁ~」

「バカなこと言ってねェでさっさと働け! 今日は軍の駐屯地にも行かなきゃなんねーんだ。 昼までには荷の整理を終わらせるぞ!」


 キャラバン隊はしぶしぶと作業に取り掛かる。

 後ろからの活気ある声に青年はクスリと笑った。

 魔術を成功させたのが嬉しかったのか、少しだけ興奮気味だった。


 そのまま南門へと駆けていく。

「他の馬車を拾うか? けどしばらくは街へ入って来るものばかりで、あまり外へは行かないのだろうか」

 仕方なく、故郷には徒歩で向かおうかと考えていた。


 そんな矢先のことだった。


「そこの少年。聞きたいことがある!」

 どこからか男の声に呼び止められた。

 声の主を探すと、建物の二階部にあるバルコニーから、黒い髪を頭の後ろ側へと撫でつけた男がこちらを見下ろしていた。

 青年は嫌な視線を全身に感じた。

 観察されている。


「街の人間か? 行商人ではないな」

「付近の住人ではあるが……なぜいきなり取り調べなどするのだ。その格好……アナタは軍人なのだろう?」

 規律正しそうな話し方もさることながら、明らかに軍の者だと証明する衣装を男は着ていた。

 襟がピンと立った紺色のコート。質の良い布地には金色のラインが刺繍されている。その高貴な印象を与えるカラーリングは、大陸を統治するウル魔法皇国の旗と同じように染色されたものだった。


 ベルトには一本の剣を帯刀し、反対側には木製の何かを差している。

 青年はそれに目ざとく反応した。

「杖だ――軍人である上に、国の魔術士というわけか」

「質問をしているのは俺の方だ、少年ッ!」

 男は高圧的だった。

 反抗したくなり、言い返す。

「ぶしつけだと言っているのだ! 何の権限があって……」

「それ以上自由には喋らせん! すでにお前に対しては、尋問へと変わっているッ!」


 バルコニーの柵を勢いよく飛び越し、男は地面へと着地した。

 身構えたが――服の上からでも、鍛え上げていると分かる雰囲気に青年はたじろぐ。

「逃げようなどと考えない方がいい。子供には暴力を振るわん主義だ」

「少年と呼ぶのは止めてもらいたいッ! 横柄な態度を取られたから、反発しているのだ!」

「勇ましいな。アレを見ろ」

「は?」


 男は親指をクッと建物の方へ向けて、中の様子を見るよう促す。

 どうやらここはバーのようだった。

 まだ営業時間ではないらしく、両開きの扉の向こうには暗がりが溜まっている。

 しかし目を凝らすと――ちょうど入り口から正面に人影が見えた。


「椅子に誰か……顔だけ闇に浮いて、いや……黒いローブ?」

 よく見ればその人物は腕をだらりと下げてぐったりと、体は椅子に縛られ、血が床へしたたるほどの酷い暴行を受けていた。腫れぼったくなった顔の歪さに、青年は思わず口元をキュッと引き結ぶ。


「まだ陽も上がり切らない早朝のことだ! 奴は外壁の東側付近でコソコソと動いていた。違法な魔法陣の設置だよ。なかなか口を割ろうとはしなかったが、体中の骨を一本ずつ折ってやるとアカーシャ共和国の残党だと自供した――そこでだ、少年!」

「ッ⁉︎」

 疾風のような速度だった。


 抜刀された剣は青年の耳の傍をすり抜け、首元を捉えた。

 刀身には鞘から抜かれた時の冷たい音が残響している。

「どうやらお前も魔術の嗜みがあるらしいが、まさかアイツと同じアカーシャの手先ではないだろうな?」

「一体何を、何を根拠にそんなことッ」

「俺は眼が効く。お前の体に漂うマナの流れもよく見えているぞ」


 男の青い瞳が光を増す。

 眼光に貫かれ、背筋に悪寒が走った。

「だがなんとも……拙いマナの流れだがな」

 青年は焦りを覚えた。

 こちらの実力を正確に見抜いている。

 反抗するのは得策ではないらしい。


 アカーシャ共和国の残党など、身に覚えのない話だった。潔白を証明するための考えを巡らせたが、余計なことを話せば、すぐにでも斬られてしまうのではないかと感じる。首筋のざわつく感覚が止まない。何かの証明を――そこであることを思い浮かべて、自身の潔白を示す何よりの品物を持っているではないかと気が付いた。


 指先を地面に落とす。

「鞄の中にある……私の身分を示すものだ」

「取り出してみせろ」

 剣を首に添えられたまま、地面に落とした鞄に手を突っ込んだ。

 命綱を手繰るように探す。


 その間も、鷹のごとく鋭い眼は青年を捉えていた。

 じっとりと汗の浮かんだ手が一枚の紙を掴む。

 取り出したのは、赤い封蝋の押された便箋だった。

「ム……」

 差し出すと、男の眉頭がピクリと反応した。

「魔法教会の印……中を改めさせてもらおう、開封済みか?」

「もう開けた」


 男は意外にも、封蝋の形を崩さないよう慎重な手つきで便箋を開けた。収められた一枚の紙を開き、上から下まで内容を読む。

「シリウス・ベルギア――これは三級魔術士の認定証か」

「日付も記されている。二週間前の事だ。あの中の人とは関係ない」

「……どうやら本当らしい。 教会の封蝋は偽造できるものではないからな」

「ならばもう行かせてくれ!」

「らしいというのは身分のことに過ぎない! 着いてきてもらおうッ!」

「うぐっ」

 外套を掴まれ、強引にバーの中へと連れられていく。


 力では勝てない。

 説得に応じる気がない態度に、どうすればよいのだと困り果てた。

「鼻から聞く気の無い人なのだな! 私の話を少しは……ム、あれは――?」

「子供騙しを……まだ反抗するかッ!」


 シリウスは突然立ち止まった。

 下手な演技をして注意を引くには、明らかにリスクでしかない場面だった。だから演技ではなかった。背後から、突如として感じた強い気配にシリウスは反応する。耳の後ろに針を刺されたみたいなチクリとした感覚。

 人から発せられた思念のようなものを。


 気配の出所が分からず、辺りをキョロキョロと見渡す。

「こいつ、どんな立場にあるのか理解していないのか⁉︎」

「ヴェイン少佐!」と、半ば取っ組み合いになる二人の間に、女の声が割って入った。

 見れば、建物の中から一人の女が出てきた。


 淡い青色をした長い髪。

 ヴェイン少佐と同じく、彼女もまた皇国の制服に身を包んだ軍人だった。

 急いで駆け寄ったのか、息が少し切れている。


「ちょうどいい、ブルー少尉。こいつを椅子に縛り付けるのを手伝え」

「は、はい。ですが」

「だから! 私を捕らえて何になるというのだッ……アナタは感じなかったのか! どこからか伝わる気配みたいな力を!」

「アナタも?」

「え?」

 シリウスの言葉に反応したのは意外にも、ブルーと呼ばれる少女だった。


 視線が交じり合う。

 軍人特有の威圧感がなく、どこか不安げな色を目に映していた。気配を感じ取ったことで怯えているのではないかと、そんな気がした。

 二人だけが感じた力。

 シリウスは妙な共感を覚える。


「大人しくしろ! あの逆賊みたいになりたくなければ――」

 ヴェインに腕を強く引かれた時。

 空が光った。

 少し遅れて、外壁の辺りに雷鳴の音が轟き、三人の体を揺らす。

 敵意を放つその光は西の方角から走った。


「――詠唱反応ッ⁉︎」

 異常事態へと真っ先に反応したのは、最も経験豊富であろうヴェインだった。ただ単に状況へ飲まれるのではなく、すでに目の前の光景から情報を整理しようとしている。

「少佐! 壁の向こうで何かっ」

「いや違う、壁の上だ。雷の着地点に漂うあの白煙……転移か!」

 何者かが壁の上で魔術を使用したのだとヴェインは分析した。


 転移魔術。

 別の場所にある物質の召喚。

 街に脅威をもたらす為、何かを呼んだのだ。


 ヴェインの行動は早かった。

 敵の襲撃だと断定し、すぐさま詠唱反応のあった西門側へと向かう。

 対照的に――シリウスは衝撃からまだ立ち直れないでいた。

 不安げな顔で周囲をやけに気にしている。


「民間人の避難を呼びかけろ、ブルー少尉! 尋問した残党兵の共犯だろう……これは襲撃だッ‼︎」

「はっ!」

 指示を叫び、それから通りを走り去って行くヴェインの体には――見ると、足元から逆巻く風が吹いていた。魔術を使用したらしい。強い風力を得たヴェインの足は一度地面を踏みしめると、凄まじい跳躍力で飛び上がり近くの屋根へと飛び移った。平原を駆ける若鹿のような軽やかさで家々を伝い、その背中はあっという間に小さくなっていく。


「来て。建物の中へ」

 未だ呆然と立ち尽くすシリウスヘ、ブルー少尉が手を差し伸べた。

「ああ、だが……」

 と、シリウスは返事もまばらに、なぜか南の空を見ていた。


「何をしているのです! もうじき街は戦闘になります。アナタも早く避難を」

「君も感じたのだろ? 何かの思念を」

「はい、だから、私も西側で起こった詠唱の前触れを感じて……」

「違う」

 要領を得ない言葉に、ブルーは困惑する。

「違うって、なにが……こんなことをしている場合ではっ」

「私が感じたのは違う方角だよ、少尉さん――もっと近く、あの壁の」


 シリウスはおもむろに指差す。

 それは故郷へと続く南門だった。

 何もない外壁の上。

 色のぼやけた朝の空へと再び――雷光が一閃する。


「ッ‼︎」

 光と同時に轟音が体を揺らす。

 腹部を貫かれるような音の衝撃、壁の上には詠唱反応の白煙が広がっていく。南門は目と鼻の先ということもあり、煙の中で黒く大きな影がゆっくりと動く様子を二人は目の当たりにした。

 視線を奪われていると、やがて煙を切り裂き現れたその正体に――戦慄する。


「ギキャァアアアアアアアアグオッ‼︎」

「竜……⁉︎」

 体躯の大きさと、鼓膜を振るわせる咆哮の鋭さにたじろぐ。


 深緑色の鱗に覆われた体。

 自身の体よりも大きな翼には無数の棘を持ち、触れれば人の体など簡単にズタズタに切り裂いてしまいそうな狂暴さを感じる。

 その背中に何者かが騎乗していた。


「いえ、竜ではありません……尾が短い」

 シリウスは幼少期に本で見た竜の姿を思い浮かべる。

 ブルーの言うように、鍵爪を持つ足の間には、竜族特有の長くしなやかな尻尾は無いようだった。

「では、あれは?」

「ワイバーン種です。竜で無いのなら炎は吹けない……私は行きます!」


 ブルーもすぐに動き出した。

 その表情には一抹の不安を抱えている。

 だが軍人としてのプライドもあるのか、すぐに決意を固め、ブルーは腰に差していた白い杖を構えた。

 彼女も魔術士であるらしい。

 見るとその杖には、冷気が漂っている。


「どうする気なのだ」

「街に被害が出る前に、飛竜を外へ追いやらなくては! 私の隊が駐留していますが、恐らく大半は今……西門に向かったのだと思います。これも敵の策略でしょう……それでも!」

 ブルーは指笛をピィと鳴らす。

 どこからか葦毛の馬が駆け寄り、彼女をその背中へと乗せた。


「無事に逃げてください」

 華奢な体格の少女は勇ましい言葉を残し、戦場へと向かう。

 一人で戦うことになるかもしれないと分かっていながら、行ってしまった。

 さらりとなびく長い髪。

 その頼りない背中にシリウスは死の予感を覚えた。


「いいのか、これで――いいや」

 ようやく足が動き始めた。

 様々な考えが巡る。

 自分の貧弱な力など一体何の役に立つのだろうか。重たい箱を持ち上げるのさえやっとだ。成ったばかりの三級魔術士に――飛竜を倒す力など無いのが現実だった。けれどシリウスは、ただ隠れてやり過ごすことはできなかった。決心の前に体が動く。近くに繋がれていた一頭の馬に跨る。彼女の後を追うと決めたその頃には、シリウスの中にある迷いは一切消えていた。

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