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水陸両用の名将:戚継光⑨

〇『紀效新書(きこうしんしょ)、ついに完成!〜戚継光、しゃべり倒すの巻〜』


嘉靖(かせい)三十八年、春。

台州(たいしゅう)の朝は今日もにぎやかだった。にぎやかというより、うるさい。いや、これはもう――騒音である。


「みんなー!注目ーッ☆ 今日は超スーパーウルトラだいじなお知らせがありまぁーす!」


第一声(だいいっせい)から全力の林悦(りん・えつ)が、すでに戦場よりうるさい。だがその中心に座っているのは、この国の未来を背負う軍人、戚継光(せき・けいこう)、三十一歳である。


「うむ。よく集まってくれた。我が渾身(こんしん)の軍事書――その名も『紀效新書(きこうしんしょ)』が完成したぞ!」


「おお〜!」


感動の声が上がると思いきや、隣で笑い転げるのは薛綱(せつ・こう)だった。


「は、はっはっは、きこうって!わしゃ“ぎこう”って読んじまって、五回(ごかい)も舌噛(したか)んだぞぃ!」


「お前だけじゃ。漢字(かんじ)の話をするといつも三敗(さんぱい)するやつがおるな」と、隣で静かにため息をつく童元鎮(どう・げんちん)。冷静(れいせい)な突っ込み役は今日も通常営業である。


「さて、この『紀效新書(きこうしんしょ)』はな、ただの紙の束(たば)ではない。民兵(みんぺい)――つまり農民(のうみん)から集めた兵士たちにもわかるように、訓練(くんれん)の方法(ほうほう)を全部まとめたんだ」


「もしかして、それって『できる!民兵』みたいな実用書(じつようしょ)ですか!?」と、劉顯(りゅう・けん)が手を挙げる。


「近い!」戚継光は力強くうなずいた。「『畑(はたけ)も耕(たがや)せて敵(てき)も斬(き)れる!民兵の一日』みたいな感じだ!」


「タイトルがもうシリーズ化してそうだわ〜♡」と林悦(りん・えつ)がキャッキャ笑う。


「訓練はね、とにかくリアルでないと意味(いみ)がないのよ。敵(てき)はバナナの皮(かわ)で滑(すべ)ったりしないんだから、真剣勝負(しんけんしょうぶ)に近(ちか)づけなきゃ!」


「そう、それだ!」戚継光が指を鳴らす。「たとえば剣術(けんじゅつ)は、ただ型(かた)を真似(まね)するんじゃない。動(うご)きながら、声(こえ)を出(だ)しながら、仲間(なかま)と息(いき)を合(あ)わせる。隊列(たいれつ)を組(く)んで動(うご)く、これが基本(きほん)だ」


「へー!じゃあ、私と元鎮ちゃんで“愛の合体剣(あいのがったいけん)”とかどうかしら〜ん?」


「やらん!それは軍規(ぐんき)違反だ!」童元鎮がすかさず怒鳴(どな)るが、林悦は腰(こし)をくねらせながら踊(おど)っている。


「それからな、火器(かき)も重要(じゅうよう)だ。火繩銃(ひなわじゅう)の撃(う)ち方、火薬(かやく)の扱(あつか)い方、さらには――」


「さらには〜?」


「火が暴発(ぼうはつ)した時の逃げ方も書いておいた!民兵にも安全第一(あんぜんだいいち)!」


「さすがだわ〜♡ 逃げ足の訓練(くんれん)もバッチリってことね!」と林悦が拍手(はくしゅ)する。


「つまり!」戚継光が胸(むね)を張(は)った。「この本には“どう戦うか”だけじゃなく、“どう生き残るか”も書いてある。農民でも、漁師でも、訓練さえすれば立派(りっぱ)な兵(へい)になれる。その希望(きぼう)を形にしたのが『紀效新書』だ!」


「さすが戚様(せきさま)……っ!」劉顯が鼻(はな)をすする。「でも、オレまだ字(じ)が苦手(にがて)で……」


「安心しろ、図(ず)が多(おお)い!」と即答(そくとう)する戚継光。「絵(え)で見(み)ればわかるようにしてある。お前(まえ)のような“ちょっと不器用(ぶきよう)”な兵士(へいし)にもやさしい仕様(しよう)だ!」


「うぅ……隊長(たいちょう)……!」感動(かんどう)して涙(なみだ)ぐむ劉顯を、なぜか後(うし)ろからそっと抱(だ)きしめる林悦。


「さて、それじゃ次(つぎ)は“槍隊(そうたい)のふんばり方”から説明(せつめい)しよう!」


「えぇー!まだ続(つづ)くのー!?」


「そりゃそうだ、全(ぜん)百篇(ぴゃっぺん)あるからな!」


「百……!? ひゃっぺん!?」薛綱がまた笑い転げる。


こうして、戚継光の“真面目(まじめ)だけどどこかズレてる”軍事授業(じゅうぎょう)は、笑いとツッコミの嵐(あらし)の中、幕(まく)を開けたのであった。



〇『戚継光(せき・けいこう)、海の暴れん坊と戦う!〜村上武吉(むらかみ・たけよし)、やりすぎ注意報〜』


嘉靖(かせい)三十九年――春。

ふつう春といえば、お花見だの、新兵訓練だの、ウキウキする季節のはずである。


だがこの年の春、温州(おんしゅう)と福州(ふくしゅう)の港町(みなとまち)では、そんなのんびりした空気など一ミリもなかった。


なぜなら――倭寇(わこう)、来(き)たる!!


しかも今回(こんかい)のボスは、あの海賊界(かいぞくかい)のスーパースター、村上武吉(むらかみ・たけよし)その人である。


「ねぇ、隊長(たいちょう)……。あの村上って人、本当にそんなに強いの?」


そう聞いてきたのは、例のハイテンション兵士・林悦(りん・えつ)だ。なぜか今日もピンクのハチマキを巻(ま)いていた。


「強い。海(うみ)の上(うえ)ではな」


戚継光(せき・けいこう)は、剣(けん)を磨(みが)きながら答えた。その表情(ひょうじょう)は、どこかニヤリとしている。


「だがな、今回は――海で戦わん。山(やま)で待つ」


「えぇー!? 海賊なのに山で勝負!? それって“海賊王(かいぞくおう)”なのに登山家(とざんか)ってことぉ!?」


林悦がピョンピョン跳(は)ねる。後ろで童元鎮(どう・げんちん)が無言(むごん)でツッコミの構えをしていた。


「村上武吉の連中(れんちゅう)、浜辺(はまべ)に上陸(じょうりく)してからが勝負(しょうぶ)だ。そこで我(われ)らが遊撃隊(ゆうげきたい)の出番(でばん)になる!」


「……遊撃って、なんか“遊びながら撃つ”みたいな軽いノリですね」と、劉顯(りゅう・けん)が真顔(まがお)で言う。


「お前(まえ)はまず、その“遊撃”って漢字(かんじ)を書(か)けるようになってから発言(はつげん)しろ!」と、童元鎮が的確(てきかく)にツッコむ。


そんな部下たちに囲(かこ)まれつつも、戚継光は冷静(れいせい)だった。

その夜(よる)、彼(かれ)は夜襲(やしゅう)を決行(けっこう)する。


ターゲットは、村上武吉の前線(ぜんせん)キャンプだ。


「よしっ、皆(みんな)、息をひそめて……今だっ!!」


戚継光の号令(ごうれい)とともに、兵士たちは草むらから飛(と)び出した!


「わぁー!! って、キャー!足(あし)にツタが絡(から)まってるぅ〜!」


「だれだ!? こんなとこにお団子(だんご)置(お)いたの!!」


なぜか混乱(こんらん)する我(われ)らが兵士たち!

が、それでも勝(か)った!


なぜなら、村上武吉の部隊(ぶたい)は完全(かんぜん)に油断(ゆだん)していたからである。


「……勝っちゃったね……」と、林悦がびっくりした顔(かお)でつぶやく。


「作戦(さくせん)成功(せいこう)だ。ま、相手がボサッとしてたのがデカいがな」


「これが……臨機応変(りんきおうへん)というやつか……」童元鎮が感慨深(かんがいぶか)げにうなずく。


「というわけで、今夜は祝勝会(しゅくしょうかい)でーす☆」


林悦が大声(おおごえ)をあげると、みんながワッと湧(わ)いた。


「まて、まだ村上は倒(たお)れてないぞ」


戚継光のその一言(ひとこと)に、全員(ぜんいん)がピタッと動(うご)きを止(と)めた。


「え? 今の、勝ちじゃないんですか?」と、劉顯が不安(ふあん)そうに聞(き)く。


「勝ちは勝ちだが、ヤツはまた戻(もど)ってくる。だから今のうちに作戦を練(ね)る!」


「えぇぇぇー! 休(やす)ませてよぉぉぉ!」


「だーめ♡」戚継光はニヤリと笑った。


こうして、休む間(ま)もない戚隊(せきたい)は、海賊王・村上武吉との戦いに次(つ)ぐ戦いを繰(く)り広(ひろ)げていくのであった。



〇『戚継光(せき・けいこう)vs村上武吉(むらかみ・たけよし)~ボートの上で大ゲンカ!の巻~』


嘉靖(かせい)三十九年、ある晴れた日のことである。


「ふむ……今日(きょう)も波(なみ)がいいな、童元鎮(どう・げんちん)よ」


「波の良し悪しより、敵(てき)の出没(しゅつぼつ)具合(ぐあい)を見(み)るべきかと……」


小舟(こぶね)に乗(の)った戚継光(せき・けいこう)と童元鎮は、いつものように哨戒(しょうかい)任務(にんむ)に出ていた。波の音、風のささやき、そして鳥の声……と、思(おも)いきや。


「ん? なんか……あっちから、変(へん)な舟(ふね)が来(き)てないか?」


童元鎮が目を細(ほそ)めて指(ゆび)さしたその先には、もう一艘(そう)の小舟。


そちらもこちらを見ていた。そして――。


「やぁやぁやぁ、そこの舟! そなた、まさか名乗(なの)らず通(とお)るつもりじゃあるまいな!」


突然(とつぜん)、威勢(いせい)のいい声が飛(と)んできた。


「……誰(だれ)だ、お前(まえ)」


「拙者(せっしゃ)こそ、瀬戸内(せとない)の海(うみ)を制(せい)す、村上武吉(むらかみ・たけよし)さまよ! んで、お前さんは?」


戚継光は、眉(まゆ)をピクリと動かした。


「お前……その顔、見覚(みおぼ)えがあるな。あのとき温州(おんしゅう)で逃(に)げてった、ヘナチョコ海賊(かいぞく)じゃないか」


「なにぃ!? 誰がヘナチョコじゃ!! こっちは風速計(ふうそくけい)を忘(わす)れて引(ひ)き返(かえ)しただけだわ!」


「いや、風速計持ってても負(ま)けてたと思(おも)うぞ、お前」


「うっせー! そっちは陸(おか)でしか戦(たたか)えんクセに、海の男気(おとこぎ)にケチつけるな!」


「ケチも何も、ここは明(みん)の領海(りょうかい)だぞ!? 不法侵入(ふほうしんにゅう)だ、訴(うった)えるぞ!」


「ははーん? お役所仕事(やくしょしごと)かい? いいのかい? こんな狭(せま)い海でうっかりぶつかっちゃったりしてぇ……」


ゴゴゴゴゴ……


空気(くうき)が重(おも)くなる。二人の舟が、ぴったり横(よこ)に並(なら)んだ。


「……やるか?」


「やってやろうじゃないの」


「おい、ちょっと! 二人とも落ち着け!」

童元鎮が慌(あわ)てて立ち上がった瞬間。


「うわっ、バランスが――!」


ズボン。


見事(みごと)に童元鎮が海に落ちた。


「えっ……お、おい、童!?」


「つ、冷(つめ)たっ……! こ、この水、海水(かいすい)……塩分濃(えんぶんこ)いっ!」


「ぷははははっ! なんだそっち、泳(およ)ぎの練習中(れんしゅうちゅう)か!? あーっはっはっはっは!」


村上武吉が舟の上で大爆笑(だいばくしょう)した。


「くっ……笑(わら)うな……! 童、しっかりしろ! 武吉、お前、よくも童を――」


「は? 落ちたのは勝手(かって)にじゃろが!」


「てめぇ~~っ!」


その後――。


結局(けっきょく)、二人は互(たが)いに「蹴(け)るぞ!」「刺(さ)すぞ!」と罵(ののし)り合(あ)いながら、30分(ぷん)にわたる口ゲンカを展開(てんかい)。


最終的(さいしゅうてき)に、両者(りょうしゃ)とも援軍が来た頃には、船の距離も開いてしまい、

ノドが枯(か)れて引(ひ)き分けとなった。


童元鎮はびしょ濡(ぬ)れのまま舟に引き上(あ)げられ、げっそり。


「……どっちも子供(こども)か……」


静(しず)かに、波が舟を揺(ゆ)らしていた。

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