水陸両用の名将:戚継光④
〇戚継光、改革しようとして胃に穴が開きそうになるの巻
嘉靖三十一年、西暦でいうと1552年。
山東省は今日も穏やか……なわけがない。
「将軍、こちらの報告書に“民兵全員が午後から昼寝していた”と……」
「それは! 休息もまた軍略のうちと申しますれば!」
私、戚継光、二十四歳。
毎日胃がキリキリしてる。
改革? やってますとも。民兵の訓練、軍備の点検、農兵の再組織……。
だが、問題は別のところにあった。
そう――部下が濃い。
「将軍~♡ 今朝の訓練で足つったんだけどぉ~♡」
そう鼻にかかった声で言ってくるのは、林悦。
ハイテンションおカマ口調の癖に、槍術は誰より強い。泣ける。
「林悦、それは報告か愚痴かどっちだ」
「アタシ的には愛の告白かしら♡」
「即刻、黙れ」
だが、もっと困るのはこっちの男だ。
「しょ、将軍っ!昨晩の倉庫の鍵、うっかり井戸に落としまして……」
「……またか、劉顯」
劉顯、三十二歳。有能だけど、失敗も多い。
一言で言えば、「惜しい人」だ。
しかもそのうっかりミスを、よりによってお堅い監察官に報告してしまい、私は翌朝には役所に呼び出された。
「戚どの、民兵が畑に戻ったそうだが、あれは訓練ではなく逃亡では?」
「いえ、農兵ですから。畑に戻るのは本業です」
「……軍の統制とはなんぞや」
……胃薬が欲しい。
とはいえ、やらねばならぬ。
倭寇は今も海岸を脅かし、軍の規律はゆるゆる。
このままじゃ国がヤバい。将軍である以上、どうにかせねばならぬ。
だから私は、新兵募集の看板を出した。
【募集】
まじめな農民歓迎!
昼寝禁止!
訓練中に鼻歌不可!
すると、さっそく三十人ほど集まったが、そのうち半分が林悦の親戚だった。
「アタシの叔父さんと叔母さんよ~♡ 戦は筋肉でしょ、筋肉ぅ♡」
いや、筋肉だけで勝てるなら私は筋トレマシーンを将軍に据えてる。
ある日、ついに堪忍袋の緒が切れた私は、軍議の場で叫んだ。
「いいか貴様ら、これは改革だ! ゆるゆる兵を鍛え直し、民兵制度を立て直し、山東を守る礎を築くのだ!」
全員がキョトンとしていたが、なぜか林悦が大きく拍手した。
「キャー! 改革宣言♡ 感動しちゃったぁ~♡」
つられて劉顯も拍手し、「よくわからないが、将軍が叫ぶと気合が入るっす!」と言ってきた。
……もういい。わかってないが、やる気は出た。それでいい。
**
その夜、宿舎の天井を見ながら私はつぶやいた。
「山東の未来は……うるさい部下と、うっかり屋と、おカマに託されたのか……」
しかし、遠くから聞こえる兵たちの掛け声は、少しずつだが力強くなっていた。
もしかすると、未来は案外、悪くないのかもしれない。
〇オヤジギャグ爆誕!胡宗憲と戚継光、運命の出会いの巻
嘉靖三十一年、西暦1552年。
南方の空気は湿って重い。まるで洗っても洗っても乾かない靴下のように――ジトッとしていた。
「……湿気で甲冑がカビそうだ」
そうボヤきながら、私は福寧州へ向かっていた。
このたび参将に任命された私、戚継光、若干二十四歳。
簡単に言うと、現場のリーダーである。
そして今日――ある男に会う運命だった。
「んん~、君が若き期待の星、戚くんかね? わたしは胡宗憲だよ!」
そう言って現れたその人は、何やら顔に似合わずテンションが高かった。
年は四十すぎ、真面目そうな眉毛の下にある口元がやたらニヤついている。
「君、福建の湿気に気をつけなよ? ふっけんだけに“拭けん(ふけん)”状態だからな、はっはっは!」
……今、何を言った?
「……申し訳ありません、それは、ギャグ……でしょうか?」
「そうとも! 科挙を突破した男のユーモアだ!」
威張られても困る。
私は初対面の相手に、にこやかに礼をしたが、内心はザワザワしていた。
こいつが浙江巡撫で、つまりこの地域の最高責任者。
そして――間違いなくオヤジギャグ大好きマンだ。
「戚くん、君に任せる福寧は重要拠点だ。倭寇が出たら、すぐに“追っかけて、わっこー!”だよ!」
「……はぁ」
……ダメだ。すでにギャグとしてすら成立していない。頭が痛い。
だが、仕事となれば彼は真面目だった。
「君の兵はまだ整備不足だ。だが君には才がある。戦ではなく、まず“人を治める力”を磨くことだ」
その言葉には重みがあった。冗談ばかり言うくせに、要所ではキッチリしている。
この人、ただのギャグ好きじゃない。本物だ。
「それにしても、倭寇はなぜ“わこう”というのか知ってるかね?」
「……和=日本、“寇”=あらし、つまり日本の海賊でしょう」
「そう! まさに和風の強盗団、つまり――和ンピースだよ!」
「……はっ?おっしゃっている意味がわかりませんが?」
「あはは、君にはちょっと早かったかな?」
「ぐふへへへ」
あまりのひどさに私は変な笑いが出た。
その夜、林悦と劉顯に会った私は、今日の出会いを報告した。
「へぇ~、おカマもビックリなテンションの上司がいるのね~♡」
「ギャグが通じる官僚って、逆に怖いっすね」
お前ら、黙れ。
だが私は思う。
この胡宗憲という男となら、やっていけるかもしれない。
ギャグは痛い。でも、それだけじゃない。人を見る目と、策を練る力を感じた。
私は静かに拳を握った。
――これから、こいつと共に戦うのだ。
たとえ、寒いギャグに毎日耐えることになっても。
翌朝。さっそく伝令が走り込んできた。
「将軍! 胡巡撫より伝言です!」
「なに?」
「“戚くんに伝えてくれ。今日は“攻め”より“せめて風呂には入れ”とね! はっはっは!”……と」
……はあああああぁぁぁ!!!
〇福寧大冒険!腹も風習もハテナだらけ!?の巻
嘉靖三十一年、西暦1552年。
――福建省・福寧州。
そこは山と海に囲まれた、美しい……が、なんだか妙な場所だった。
「将軍、聞いてくださいよ。さっき市場で“魚の干したやつ”食わされました。口の中、まだ海っす」
そう言って顔をしかめるのは、部下の劉顯。
見た目は精悍なのに、やたらと胃腸が弱いのが悩みの種だ。
「それ、干し魚な。こっちじゃ塩漬けにして日持ちさせるのが普通なんだよ。保存食だよ、保存食」
口を挟んだのは林悦。
どこからどう見てもゴツい兵士なのに、口調が完全にオカマである。
「でも、あたし的には“佛跳牆”がイチオシ♡ お高いけど、あの味わい深さったらもう……♡」
「なんですかそれ、仏が跳ぶって?」
私は思わず首をかしげた。
「そうよ、将軍♡ あんまりにも美味しすぎて、お坊さんも塀を乗り越えて飛んでくるって伝説の料理よぉ♡ ふふ、名前からしてインパクト強すぎよね~」
……いや、坊さん、そんなに暴走しないで欲しい。
それにしても、この福寧州。
海に面してるから魚介料理が豊富なのはわかるが、いちいちクセがすごい。
「それよりさ、ここの人たちの挨拶、ちょっと変じゃね?」
と、劉顯が小声でささやく。
たしかに。
「どこ行くの?」と聞けば、「風水を見に」と答える人がいたし、朝早くに爆竹を鳴らす家もあった。
「将軍、あれは風習なんだって。邪気を追い払うための音だって。朝からドッカンドッカン鳴って、寝坊できないったらないわよ~」
「あと、“お茶”がすごい。やたら出てくる。飲めって言われる。飲まないと、睨まれる」
「それ、客人にお茶を出すのは礼儀なんですってよ。しかも“工夫茶”っていって、いろんな茶器使って丁寧にいれるのが文化なの♡ 儀式みたいなもんよぉ♡」
私は思わず腕を組んだ。
……飯もすごい。人もすごい。文化もすごい。
この町、なんだか全部が“濃い”のだ。
「それにしても……この地に派遣されたのも何かの縁だ。風習も文化も、学ばねばならんな。人を治めるには、その地を知ることが肝要だ」
「さっすが将軍。じゃあまず、屋台で“臭豆腐”食べましょ♡ 文化ですからねぇ♡」
「それはちょっと待ってくれ」
――次の瞬間、ものすごい匂いが屋台から漂ってきた。
「うわああぁあっ!? なんですかあの臭い!? これ、本当に食べるものっすか!? 罰ゲーム!?」
「こら、劉顯! 声がでかい!」
「え、将軍も無理っすよね!? これ、豆腐の皮かぶった兵器ですよね!?」
私は一歩下がって深呼吸した。
……たしかにすごい匂いだが、民は笑って食べている。
これもまた、福寧州の文化なのだろう。
「よし……林悦。買ってこい。俺が食ってみる」
「さすが将軍ぅ♡ 勇者ぁ♡ もう尊敬しちゃうぅ♡」
「食べたら“尊敬”だけでなく“消化薬”も頼むぞ……」
こうして、我ら“福寧探検隊”は、名物料理と風習の荒波に揉まれながらも、民の心を知る第一歩を踏み出したのであった。
胃袋と精神力の限界と引き換えに。




