水陸両用の名将:戚継光③
〇嘉靖29年(1550年)、戚継光は22歳の若さで、ついに正室として王氏という女性を娶ることになった。これがまた、ただの奥さんじゃない。セクシーさと強烈なキャラを兼ね備えた「鬼嫁」だったのだ。
ある日、戚継光は登州の自宅でのんびりしていた。ふと窓の外を見ると、王氏が颯爽と歩いてくる。その姿はまさに女戦士。しかも、ちょっとセクシー。男なら誰だって目が釘付けになるだろう。
だが、彼女の本領は「尻に敷く」ことにあった。
「おい、そこの戚継光!その顔、いつまでボーッとしてるの!?」と、いきなり怒声が飛ぶ。
「ひゃっ!は、はい!すみません、すぐに動きます!」と、戚継光はびっくりして跳び上がった。
こうして彼の新しい生活は、王氏の鉄の規律に支配される日々の始まりとなった。
訓練の合間に、「軍隊の規律だけじゃなく、家庭の規律もちゃんと守りなさいよ!」と、王氏は厳しく言い放つ。戚継光は「ハイハイ」と返事しながらも、どこか楽しそうだった。
ある晩、彼が酒を少し飲みすぎて帰宅すると、王氏は眉をひそめて待っていた。
「またか、戚継光!軍人たる者がそんなでどうするの!?」と一喝。
「すみません、でもちょっとだけリラックスしたかったんです…」としゅんとする戚継光。
「だったら私に言いなさいよ。私だってちゃんと慰めてあげるから!」と、意外に面倒見も良い一面を見せる王氏。
二人はそんなやりとりを繰り返しながら、少しずつ絆を深めていった。
戚継光の部下たちも噂に聞いていた。あのセクシーな奥さんが、実は家では鬼のように怖いらしいと。でも、「あれだけ厳しいのに、継光は毎日ニコニコしてるから不思議だ」とも。
「尻に敷かれてるっていうけど、あれがあの男の強さの秘密かもな」と、みんな口々に言い合う。
ある時、戚継光はふと思った。
「軍隊の訓練も大事だけど、家庭の訓練もまた違う意味で大切だな」と。
王氏に叱られながらも、彼の心はしっかり成長していったのだった。
こうして戚継光の人生に、新たなチャレンジと笑いが加わった。
〇嘉靖二十九年、つまり西暦1550年──この年、まだ若干二十二歳の戚継光は、人生の一大イベントに挑んでいた。
そう、結婚式である。
「……ああ、あの時は、緊張で足が震えたなあ」
そうつぶやきながら、戚継光は焚き火のそばで茶をすすっていた。目を細め、しみじみと過去を回想している。
「で、どこで震えてましたの?」
ふいに背後からぴしゃりと飛んでくる鋭い声。振り向けば、当然そこには正室の王氏が、あの頃と変わらぬ迫力で立っていた。
「え、ええと……幸福に震えてたんだよ、もちろん!」
「ふん、ならいいわ」
──さてさて、時は戻って結婚式当日。
明の時代、特に名家の男子が正室を娶る際の結婚式というのは、たいそうな儀式であった。まずは「納采」、つまり求婚の品を持って相手の家に行く。次に「問名」、これは相手の名前と生年月日を聞く。そして「納吉」──相性が良ければ結婚決定!
「ややこしいにもほどがあるな……」
戚継光はその時、本気で思った。
だがさらに驚いたのは、実際の式当日だ。
彼は真っ赤な礼服に、重たい冠をつけ、化粧で顔がピカピカ。親戚一同は並び、太鼓と笛がけたたましく鳴り響き、まるで軍の出陣式かと思ったほどである。
一方の王氏はというと、真紅の花嫁衣装に、金の飾りを頭いっぱいにくっつけていた。
「姉上かと思ったら花嫁さんだった!」
「うるさいわね! あなたの顔、緊張で真っ青だったくせに」
──と、現在の王氏が補足する。
さて、結婚式で何よりも注目なのが「三拝九叩首」という儀式だ。まずは天と地に三回拝み、次に父母へ、最後に互いに礼をする。これで晴れて夫婦となる。
「三回どころか、私は九回以上拝んだ気がする……」と戚継光。
その後の宴会では、親戚たちが酒を持って押し寄せてくる。「祝うぞ!飲め!もっと飲め!」と、誰も彼も酔っぱらっている。
「新郎は今日が男の始まりだ!」と叫ぶ叔父がいたが、それに対して王氏が、
「始まりって何よ!? これから私の管理が始まるって意味でしょうね!」
──と、ビシッと切り返す場面も。
こうして、ドタバタとした結婚式は無事(?)に終わった。
だが、この結婚が戚継光の人生にどれほど影響を与えたか、彼自身まだ気づいていなかった。
「いやあ……結婚って、戦より難しいな」
「でも、あなた、だんだん成長してきてるわよ」
王氏の言葉に、戚継光は少し照れて笑った。
〇これは戦ではない、出産である──王氏、語る。
――時は嘉靖三十年、西暦にして1551年。
天下の名将・戚継光、まだ若干二十三歳。
そのとき、私は戦場の真っただ中にいた。
そう、産室である。
「継光ーーっっっ! なんであんたは兵を鍛えてるくせに、産婆一人まともに呼べないのよーーっ!」
産気づいた私が叫ぶと、部屋の外でオロオロしていた夫が「はっ、はいぃっ!」と敬礼して逃げていったわ。
……戦より怖いって顔してたわね。
まあ、出産ってのは大仕事よ。
まず、昔の明の風習では、妊婦は産む直前まで「お粥と鶏スープをすすって、できるだけ落ち着くように」と言われてた。でも、そんなの落ち着けるわけないでしょ!
しかも産室に入るとき、縁起がどうのと「赤い布を吊るせ」とか、「扉に桃の枝を置け」とか言うのよ。
……私としては「桃よりいい医者を呼べ」と言いたかったわ。
さて、痛みが本格的になってきたあたりで、部屋の外では姑さまが「男の子でありますように」と百回くらい唱えてた。
プレッシャーの嵐。
一方の戚継光はといえば、床の間でお守りを並べて、眉間にしわ寄せながら念仏みたいに唱えてたわ。
「戦の策は三十六あるが、子を産む策は一つもない……!」
とか言ってね。
バカなのかしらこの人。
その後どうなったかって? ええ、ついに「ぎゃあっ!」と第一声が上がったの。
私のじゃなくて、赤ちゃんのね。
それが、戚嘉会。
あのときの私の第一印象?
「なんか、あなたに似て額が広いわね」
って、つい言っちゃったのよ。
継光はその言葉にやたらと感動して、「おお、わが子よ……この額は将としての証……!」と泣き始めて。
いや、だから泣くのは私の方!
**
それでもまあ、あの子が生まれた瞬間のあたたかさは、一生忘れられないわ。
産婆さんが「立派な男の子ですよ」と教えてくれたとき、私も継光も、そして姑さまも、全員ぽろぽろ泣いてた。
継光? あの人、あれから三日間ずっと抱っこしてて、夜も寝なかったのよ。
まるで初めての兵を抱くように。
「よし、将来の戦術はまず兵法よりおむつ戦術からだ」
って、真顔で言ってたわ。
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今振り返っても、あの出産こそ、私にとって最大の戦だったわ。
血と汗と涙と、ついでに姑の小言が交差する、あの壮絶な陣地――産室。
でも、あのとき感じたことを、私はいつまでも覚えていたいの。
命の誕生って、どんな戦より、どんな訓練より、どんな兵法よりも尊いものだって。
……と、まあ、こんな話をしてたら、向こうで継光が赤ん坊だった嘉会を背負いながら、足軽に軍隊式のおむつ替え講座をしてたのを思い出すわ。
「よし、前進!横展開!そして……回収っ!」
まったく、うちの人ったら、やっぱりバカね。
でも、少しだけ誇らしいバカだったわよ。




