水陸両用の名将:戚継光②
〇この隊、どう見てもやばい件について。
登州衛をなんとかまとめた戚継光、十七歳。
ところが、そんな彼に中央政府からお手紙が届いた。
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「戚くん、ちょっと福建まで来てもらえる?」
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「いやいや、急すぎませんか!? 福建って南のほうじゃん! こっちは北だよ!? ボクまだ、海すら見たことないんだけど!!」
とは言え命令は絶対。
なんでも福建の沿岸部が、倭寇って海賊みたいな集団にめちゃくちゃ荒らされてるらしい。
「武進士くん、キミにちょっと海賊退治やってほしいんだな」
「おまかせあれ! ……って言いたいとこだけど、今の登州衛、ひとことで言えば“練度ゼロ”。まともに陣形組める人いないよ!?」
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福建に到着してみると、現地の兵たちは――
「ちょっとー! その剣、竹じゃない!? 本物どこいったの!?」
「弓はあるけど矢がないでーす!」
「すまん、昨日の訓練で腰が……いてて」
――想像以上に終わっていた。
これにはさすがの継光くんも白目をむく。
「……これはもう、ゼロからやり直しだな」
というわけで、始まりました!
その名も、
戚継光の超!スパルタ練兵教室 in 福建!
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「まず、走る!! 走ってから考える!!」
「え、どこまで……」
「山のてっぺんまで! 登ってからまた降りてきて、今度は馬と競争!!」
「む、無理ィィィ……!!」
「次、剣の素振り1000回!! 終わったら鎧を着てもう一度走る!!」
「ぎ、ぎぶあっぷ……」
「まだ甘い! 次は団体戦訓練! 五人一組で隊列を崩さず動け! 隣と息を合わせるんだ!!」
「お、おい、そっちじゃないって! 踏むな踏むな!!」
「誰だ! 真ん中でコケたの!?」
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そんなこんなで、最初のうちは「坊ちゃん何をおっしゃる」だった兵士たちも、しだいに変わっていく。
「おい、最近オレの腹筋割れてきたぞ」
「オレも! なんか剣、軽く感じるんだけど……」
「何より、訓練終わって風呂入ると生きてるって感じがする……」
「お前ら、まるでスポーツ部の合宿じゃん」
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そして何より――
「おい見ろよ、あの陣形……」
「……動きが、ピタッと揃ってる」
「前よりも、ちゃんと“戦える集団”になってきたな」
「ふふふ……いいぞいいぞ、うちの子たち、やればできる子じゃん……!」
継光くん、ちょっぴり親の顔になる。
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とはいえ、まだまだ敵は強い。
倭寇は海を知り尽くし、ゲリラ戦に長け、容赦がない。
継光くんも、作戦を立てながら思う。
「このままじゃまだ勝てない。……もっと、兵たちの動きを洗練させて、新しい戦術を考えなきゃ」
そして、彼の頭の中でまた新たなアイデアが閃く。
「よし……次は、新兵法だ!」
海賊退治に燃える十代の司令官、戚継光の挑戦は――これからが本番である!
つづく。
〇軍の再編と新兵法の実践
嘉靖25年、戚継光は福建での練兵を経て、ついに新しい軍の編成に着手した。
「よし、みんな聞け! これからは『戚家軍』だ。今までの兵法は古い、ボクの考えた新兵法で海賊をぶっ飛ばすぞ!」
兵士たちは目を丸くした。
「新兵法? なになに?」
「簡単に言うと、敵の動きを読みやすくして、こっちの動きは速くて揃うようにするんだ。つまり……僕たち、めっちゃかっこよくなる!」
だが、その「かっこよくなる」は並大抵ではなかった。
毎朝のランニングは山道で、剣の稽古は炎天下の浜辺で。兵士たちは汗と泥にまみれて、時には「今日で死ぬかも……」と思った。
そんな時、継光は「みんな、僕が鬼軍曹に見えても、それは戦に勝つための愛情だ!」と熱弁。
すると兵士の一人が言った。
「じゃあ、鬼軍曹、休みはありますか?」
「休み? あるわけないだろ! 戦いは待ってくれないんだよ!」
だが、冗談も交えながら次第に士気は高まり、兵士たちはチームワーク抜群の集団へと変貌した。
そしてついに鴻山之戦が訪れる。
倭寇が山の麓で待ち伏せしていたが、戚家軍はびしっと隊形を整え、練習どおりの動きで敵を圧倒。
敵は混乱し、海へ逃げ帰った。
戦いが終わると兵士たちは口々に、
「こんなにうまくやれたのは初めてだ!」
「俺たち、ただの雑魚軍団じゃなかったんだな!」
と大はしゃぎ。
継光は笑いながら言った。
「ほら、だから言っただろ? 努力は裏切らないって!」
こうして、戚継光の新兵法は初勝利を飾り、彼の軍は伝説の「戚家軍」として知られることになるのだった。
〇嘉靖28年(1549年)
戚継光はまだ21歳の若さで、登州で軍務に就いていた。若いとはいえ、彼の頭の中はすでに「軍の未来」だらけである。
当時の登州は、まさにてんやわんやの大騒ぎだった。まず、黄河が氾濫して周辺は水浸し。おかげで農民は泣きっ面に蜂、村はどろどろの泥沼状態だ。そんな時にやってきたのが、わが物顔で暴れまわる倭寇たち。日本の海賊たちで、好き勝手に海岸を荒らしまくっていた。
「こりゃ、軍の出番だ!」と、戚継光は胸を熱くした。しかし、現実はそんなに甘くない。
彼が目にしたのは、訓練不足でだらけきった兵たちの姿。しかも軍の上層部は腐敗がひどくて、兵糧も不足気味。兵士たちは真面目に訓練するどころか、酒場で酒をあおったり、サボったりしてばかりだ。
戚継光は心の中でこう叫んだ。
「これじゃ、倭寇に勝てるわけがない!」
そこで彼は、軍紀改革を決意する。
まずは兵士たちに、厳しい規律を守らせることから始めた。遅刻は厳禁、酒は控えめに、訓練は毎日欠かさず、そして命令は絶対服従。彼は一人ひとりの兵士に対して、まるで先生のように親身に指導した。
「お前たち、ただのザコじゃない。俺たちは国を守る戦士だ!」と、熱く語りかけた。
もちろん、最初はみんな文句を言った。だって、これまで好き勝手やってきたからだ。
「おい、あの若造、何様だ?俺たちは遊びたいんだよ!」と、兵士の一人が毒づく。
でも戚継光はにこりともせず、
「遊びは戦いに勝ってからだ。今は鍛錬の時間だ!」
と言い切った。
そんなやり取りが毎日続き、少しずつ兵士たちも彼の熱意に応え始めた。体はきついが、心はどこか引き締まっていく。
また、腐敗した上層部にも鋭く物申した。
「軍の金は国民のためにある。私利私欲で使うな!」
この言葉は、たまにしか聞かれなかった正義の叫びだった。
戚継光の軍紀改革は、単なる厳しい規律の押し付けではなく、「軍人としての誇り」を取り戻す戦いでもあった。
この時期から、戚継光の軍隊は少しずつ「強くなる」準備を始めたのだ。
もちろん、倭寇は相変わらず海の向こうでのさばっている。でも、もう昔のようにあっさりやられる軍隊ではなかった。
こうして戚継光は、若き指揮官として「軍の未来を変える」第一歩を踏み出したのだった。




