表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

水陸両用の名将:戚継光①

戚継光せき・けいこうくん、誕生する!


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


嘉靖かせい7年、みんの国にひびきわたる、ひときわ元気な赤ん坊の泣き声。


「おおお……でかい、そして声がデカい! こ、こいつ……やるぞ!」


そう叫んだのは、登州衛とうしゅうえの軍官、戚景通せき・けいとう。彼の目の前には、生まれたての赤ちゃん――未来の名将、**戚継光せき・けいこう**が元気よく手足をバタつかせていた。


「わしの子じゃ。名前は……継光けいこうじゃ! ワシの光を継いでもらう!」


隣で妻が「それ、ちょっと恥ずかしくない?」とつぶやいたのは、誰も気づかなかったことにしておこう。


________________________________


それから数年――。


「父上、これはなんでございますか?」


五歳の継光くんは、まだ前歯も生えきらぬくせに、木刀をかついで庭を走り回っていた。


「よし、こっちに来い! これはな、『八陣図はちじんず』といってな……」


景通パパの話は止まらない。彼は、軍のえらい人――登州衛指揮使とうしゅうえ・しきしという肩書きを持っていて、戦のことになると、目をキラキラさせて語り出すのだ。


「ここが『魚鱗ぎょりんの陣』で、こっちは『鶴翼かくよくの陣』、これはな……」


「ふむふむ。つまり、カッコよくならべて、敵をビビらせるってことですね!」


「まあ、うん、そんな感じじゃな!」


そんな父の熱血レッスンもあって、継光くんはあっという間に、木剣をくるくる振り回す小さな戦士に成長していった。


________________________________


「ちょっとアンタ、なにしてんの!」


母上の声が庭にひびく。継光くん、今度は隣の兵舎からこっそり鉄のやりを持ち出していた。


「いけませんか? だってこれ、かっこいいんですよ? つきっ! ひらりっ! どーん!」


母はため息をついた。


「はあ……アンタ、字の練習はどうしたの? 兵法書へいほうしょばっかり読んで……」


「だって、『孫子そんし』とか『呉子ごし』って、超おもしろいんですよ! 『兵は詭道きどうなり』って、ズルいのが勝ちって意味ですよね? ボク、もうズルい戦い、めっちゃ研究してます!」


「それ、ちょっと声に出して言うと誤解されるやつね……」


どうやら、戚家せきけには平和な日常は似合わないらしい。


________________________________


やがて祖父の戚儼せき・げんが登場。


「ふむ、継光、槍の振り方はなっておるが、構えがまだ甘い。腰が高い。戦とはな、こうやってどっしりと――ぐぬっ、腰が……!」


「おじいちゃん!? 大丈夫!? 今、腰から『バキッ』って聞こえましたよ!」


「ば、バカ者、わしはまだ……げほっ、現役じゃ……!」


戚家三代そろいぶみ。戦に命をかける血が、しっかりと継光少年に流れていた。


________________________________


ある日のこと。


「父上、敵が攻めてきたらどうしますか!」


「うむ、それはな、まずを鳴らし――」


「ボクならこうします! 門を全部開けて、敵を呼び込んでおいて、こっそり後ろから――ばぁん! です!」


「……なんという、ズルい……いや、斬新な策じゃ……!」


父は思った。この子、ただの武闘派バカではない……!


やがて、戚継光少年は周囲から「ミニ軍師ぐんし」と呼ばれはじめるようになった。


そう、彼の人生はすでに、『戦の道』にどっぷりだったのである。



〇十六歳、将軍はじめました。


「――よっしゃぁあああああッ!!」


登州衛とうしゅうえの書院に、ものすごい叫び声が響いた。鳥が一斉に飛び立ち、近所の犬がワンワン吠え出した。


「うるさいよ、継光けいこう……」


床に寝そべっていた近所の犬ことおとうとが、耳を塞ぎながらつぶやいた。


「いや、いやいやいや! これはうるさく叫ぶしかないでしょ!? だってボク、武進士ぶしんしに合格したんだよ!? 武挙ぶきょってやつのトップだよ! スゴくない!?」


戚継光せき・けいこうくん、16歳。この春、みんの朝廷による難関試験――武人のエリート登竜門にして、全国ランキング戦みたいな武挙に見事合格しちゃったのだ。


もう木刀を振り回すちびっこじゃない。


「今日からオレは、国家公認のスーパー剣士です!」


――なお、剣より筆のほうが苦手だった模様。


________________________________


しかし、そんなお祭り気分も束の間だった。


「継光……祖父上おじいさまが……」


「えっ」


訃報ふほうが届いたのは、それから数日後。ずっと厳しくも優しく武を教えてくれた戚儼せき・げんが亡くなった。老衰だった。


「ふむ……祖父上、立ったまま寝てると思ったんだけどな……」


「それ、ただの仁王立ちした遺体よ……」


葬儀そうぎが終わってすぐ、さらに追い討ちがかかる。


「継光、今度は父上ちちうえだ……」


「……えっ、ちょ、ちょっと待って、ボクまだ16だよ!? ダブルパンチ!? 二連撃れんげきかよ……!」


戚景通せき・けいとう、かつて登州衛の大黒柱だった父も、病で亡くなった。急すぎて継光少年、さすがにショックがデカい。


「家、継いでくれ」


周囲はそう言った。


「いや、ちょっと待って、あの、ボク、今まで槍と剣と変な陣形の名前ばっか覚えてて、家計簿のつけ方とか、兵糧の数え方とか、全然わかんないよ!?」


「でも君しかいないから」


「そんなぁ……!!」


こうして16歳の戚継光、登州衛指揮僉事とうしゅうえ・しきせんじに就任。いきなり軍の副指揮官クラスである。しかも、兵士たちは全員年上。中には自分のじいちゃんと同じくらいの人もいる。


「若いな、あの子」


「子どもに指図されるとか、わしの人生どこで間違えたんじゃろ」


「こら、聞こえてるぞ!」


________________________________


でも、継光くんは腐らなかった。


「とにかく、まずは現場を見てまわろう!」


そう言って、毎朝早くから兵舎をまわり、道具の手入れを手伝い、飯の味見までやった。


「うん、この干し肉、ちょっとしょっぱいけど……保存には最適! ヨシ!」


やがて、兵たちも気づく。


「あの子、やたら動くし、文句言わないな……」


「しかも、兵法だけじゃなくて、武器の重さとか、陣形の癖とか、やけに詳しい……」


「あと、飯もわりと食える……いやそれ関係ないか」


現場主義の継光少年、どんどん兵たちの信頼を集めはじめたのだった。


________________________________


ある日、継光くんはふと思った。


「このままじゃ、ダメだよな……」


登州衛のあちこちを見て、彼は気づいた。兵器の整備が遅れている。訓練は形式的。士気は低い。


「うん、まずいねコレ。これで倭寇わこうとか攻めてきたらヤバいよ」


かくして、彼の脳内でスイッチが入った。


「――よし、軍制改革やっちゃうか!」


十六歳、悲しみを乗り越えて、将軍らしいことを言いはじめる。


将来、”倭寇わこう退治の英雄”と呼ばれるあの人が、ここに誕生したのであった。


つづく。



〇『合格しても世は乱れる。そんな16歳。』


「――合格、だと……?」


(せき・けいこう)戚継光は、試験官の読み上げを聞いたその瞬間、耳を疑った。


「わたしが……武進士ぶしんし!? やったーーーっ!」


※武進士:つまり“武芸で選ばれたエリート”みたいなもんである。


しかし喜んだのも束の間。合格祝いの羊肉をもぐもぐしていると、祖父・(せき・ぎょう)戚儼、そして父・(せき・けいとう)戚景通が、まるで順番でも決めたように、次々にあの世へ旅立ってしまった。


「えっ、ちょっと待って、こんな急に跡継ぎモード!?」


泣いてるヒマもなく、継光は家督を継ぎ、いきなり「(とうしゅうえ)登州衛指揮僉事しきけんじ」という肩書を背負わされる。


「まだ十六だぞ!? なんでこっちが国の防衛考えなきゃいけないんだ!?」


……とはいえ、考えなきゃいけないのだ。なにせこの頃のみんという国、ボロボロだった。


●まず、皇帝こうていがアレ。


当代の皇帝・嘉靖帝かけいていは「修道」とか「不老不死」にハマりすぎて、政務をほとんど放置。毎日お香を焚いて仙人ごっこしてた。


「えーと……皇帝様、海賊かいぞくが村を襲ってますが……」


「わしは今、“気”の流れを整えておる。下がれぃ」


「……あかん」


●そして、倭寇わこうが大暴れ。


中国の東南沿岸では、いわゆる「倭寇」と呼ばれる海賊たちが好き勝手していた。もとは日本人中心だったけど、いつのまにか中国人・朝鮮人・果てはポルトガル人まで混ざって、グローバル化していた。


「こんにちはー、今日の略奪セットはこちらになりまーす」


みたいなノリで、漁村を燃やし、役人を追っ払い、米も女も持っていく。


「なんだこの無法地帯は……」


●さらに、兵士たちがやる気ゼロ。


「戦えー!」と叫んでも、兵士たちは畑で昼寝中。給料はピーナツ代、装備は中古の木刀、統制はほぼゼロ。


「ワシら、命張るほどの国じゃないけえなぁ」


「はぁ……わかる」


継光は、こんな惨状を見て思った。


「うちの兵隊、まるでゾンビ映画のエキストラ……!」


彼はふと思う。


――オレが武芸を学んだのは、何のためだ?


――この国を守るためじゃなかったか?


「よーし、やるしかねぇな!」


十六歳の指揮官、目をギラリと光らせた。


「まずは兵の再教育だ! 筋トレ、剣術、朝のラジオ体操から始めるぞっ!」


「ラジオないです」


「じゃあ掛け声でいこう、えーい、いち! にっ!」


こうして、戚継光の「ガチすぎる軍隊改革」がはじまったのであった。


──この先、海賊との死闘あり、涙あり、筋肉痛ありの青春戦記が始まる!


けれどこのときの彼は、まだ知らなかった。


自分の新兵法が、後に“倭寇わこう掃討の神”と呼ばれる伝説の一歩になることを──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ