対峙
サンダリア大陸歴一二五二年、ローグスミス帝国は混迷を極めていた。
皇帝グスタフ・ローグスミスの急な逝去にともない、五人の兄妹による継承者争いが勃発したのである。
当初、第一子チャールズ・ローグスミスが次期皇帝として有力視されていた。
彼が第二子アイビル・ローグスミス、第三子メイビル・ローグスミス、帝国貴族の大半から支持を得ていたからである。
また同時期、帝都サンカリンにいたチャールズは『前皇帝であるグスタフを暗殺したのは、第四子の皇女シャリア・ローグスミスと第五子の皇子オリナス・ローグスミスの仕業である』という声明を出す。
一方的な声明にマーサ砦を任されていたシャリアとオリナス異を唱え、『前皇帝グスタフを暗殺したのは、チャールズである』という声明を出すに至る。
かくしてサンダリア大陸の十大国の一つに数えられたローグスミス帝国は、チャールズとシャリアという二つの派閥に分かれての骨肉の争いへと発展。
状況的には帝国貴族と太いパイプを持つ第二皇子と第三皇子に加えて、由緒ある帝国貴族の支持を得たチャールズが優勢であることは誰の目から見ても明らかだった。
故に帝国の継承権争いは小規模なもので終わると誰もが考えていたが、ここで誰も予想だにしないことが起きる。
帝都に『超越者【アンリミテッド】の後継者アラン・オスカー』と名乗る人物が現れたのだ。
世界に十人いると伝えられ、人知を超えた力を持つと言われる超越者。
通常、彼等は国の争い事に関与しない。
何故なら、あまりに強大な力を持つ存在故に、超越者の相手は超越者しか務まらず、激しい力のぶつかり会いは世界を荒廃させてしまうからだ。
しかし、超越者達であっても『力を示す』ことがまれにある。
それは、敵意や悪意を超越者にむけられた時だ。
サンダリア大陸の長い歴史には超越者を怒らせた結果、国が滅亡したという物語は多数存在している。
従って『超越者には何人たりとも、手を出してはならない』というのが、各国の、いや世界の常識だ。
実際、帝都においてチャールズ派の帝国貴族を暗殺したアランの実力は人知を超えており、超越者を名乗ったのは伊達ではなかった。
帝都に住まう帝国民は突然現れた超越者に困惑するが、アランの行いによって一部の帝国貴族による違法な人身売買と腐敗が表沙汰になるという事件が発生。
そして、同時期にレベッカ・ローザ伯爵と警察隊によって超越者アラン・オスカーの声明が発表された。
『断っておくが、先に仕掛けてきたのはチャールズ・ローグスミスである。従って、私はシャリア・ローグスミスに与する。恩には恩を、敵意には敵意を。超越の後継者アラン・オスカー』
帝国民と帝国貴族は震え上がり、飛ぶ鳥を落とす勢いで次期皇帝と目されていたチャールズ支持層に激震が走ったことは言うまでもない。
なお、声明の発表はレベッカ伯爵と警察隊所属のゲイリー・ドルゴンが独断で行ったとして、アイビルとメイビルが二人の身柄を捕らえた。
これら処置に、一部の帝国民と貴族が強く反発。
帝都は大騒ぎとなって『一部の貴族を優遇するチャールズは皇帝の器でない。腐ったしがらみのないシャリアこそが、帝国に新しくできる唯一の次期皇帝である』という主張が聞こえてくるようになっていた。
混乱の一途を辿る帝国だが、チャールズは再起を図るべく、シャリアとオリナスとの一戦に備えて集結させていた兵力約四十万を『討伐軍』として編成。
『超越者であったとしても、由緒ある帝国貴族を何人も殺害した残虐非道な行いは許されない。また、超越者を使って帝国貴族を暗殺し、国家転覆を謀ったシャリアとオリナスはもはや国賊である。ローグスミス帝国の玉座を引き継ぐ者として、私チャールズ・ローグスミスはここにシャリアとオリナスの討伐を宣言する』
こうして、ローグスミス帝国の継承権争いはチャールズ率いる数多の歩兵、魔戦車などで編成された討伐軍と、マーサ砦を拠点とする帝国の戦魔女と名高いシャリア辺境軍によって雌雄を決することになった。
だが、シャリア側に超越者アラン・オスカーが付いているとはいえ、シャリア辺境軍は二万程度である。
四十万対二万と超越者一人の戦い。
気付けば、この戦は帝国内の継承権争いに留まらず、周辺諸国からも注目を浴びるようになっていた。
果たして、物語に登場してくる一国の軍事力に匹敵するという超越者の伝説は本当なのか。
それとも、ただの伝説に過ぎないのか。
注目を浴びる両軍が進軍を開始すると、数日後には帝都とマーサ砦の中間地点に位置する開けた大草原におびただしい数の歩兵と魔戦車による陣が敷かれるのであった。
◇
「いやぁ、実に圧巻の眺めだ」
私ことアラン・オスカーは、リシア達が繕ってくれたシャリア軍勢の軍服に身を包み、シャリア辺境軍の本陣が敷かれた少し小高い丘から遠視魔法で数多の歩兵と魔戦車の様子を覗っていた。
チャールズが『討伐軍』と称して率いているが、思いのほか統制が取れていて歩兵と戦車は綺麗に整列している。
良くも悪くも、よい指揮官がチャールズの傍にいるだろう。
もしくは、彼自身の統率力で為した可能性もあるか。
討伐軍に参加した貴族達は、後ろ暗いことがある奴等ばかりのはずだ。
シャリアとオリナスに負ければ、確実に冷や飯を食べることになる。
いや、それだけで済めばまだましか。
所業によっては処刑もあり得るだろうから、チャールズから脅し文句のような発破を掛けられた者が多いに違いない。
ザクスの記憶を探ると、同情の余地はなさそうだが。
それにしても、師匠と共に各国を見て回ったことはあるがあれだけの軍勢が展開された様子を目にした記憶はない。
あえて似た光景をあげるなら、転移前で見た戦争映画やアニメの映像ぐらいだろうか。
事前の情報によると、討伐軍は二十師団からなる四十万前後。
帝国全土から兵をかき集めたらしい。
圧倒的な兵力でシャリアとオリナスを叩き潰すことで、チャールズが己の力を国内外に誇示する目的もあるのだろう。
「……あの光景と比べると、こちらはちょっと寂しい感じがするな」
遠視魔法を解いて眼下に敷かれたシャリアの軍勢に目を向けると、統率と士気は高いがどうしても数が少なく感じてしまう。
しかし、シャリア率いる辺境軍も数にすれば約二万である。
決して少ないというわけではない。
どちらかといえば、チャールズが集めた軍勢が大規模過ぎるのだ。
「どうだ、アラン。我等を討伐しにきたチャールズの動きは」
呼びかけに振り向けば、金色の鎧を纏って白金色の髪を靡かせ、右目に縦一本筋の傷を持つ女性が数名の護衛とこちらにやってきた。
彼女こそが、シャリア・ローグスミスである。
「特に何もない。強いて言うなら、教本どおりというか。陣形を整えている、というところだな。だが、中々に見ることのできない光景だ。少し感動していたところだよ」
「そうか。だが、感動していて勝機を逃したとあっては、さすがにたまらんぞ」
「わかっているとも。細工は流流仕上げをご覧じろ、という言葉があるだろ。こちらの準備は終わっている。シャリアは本陣でどっしりと構えてくれていればいいんだ」
凄みを利かせてくる彼女に、私は肩を竦めた。
恩には恩を、敵意には敵意を。
チャールズ・ローグスミス、私の眼前に広がる軍勢がお前の答えだというのであれば、こちらも容赦しなくて済むというものだ。
さて、戦争というものを楽しませてもらうとしよう。




