呪われ騎士と悪食聖女
「ラピス・アシェラティア。そなたを聖女を騙った罪でこの国から追放する!」
目の前の王子が意気揚々とそう私を指さして言い放った。王子の腕の中で弱々しげに涙を浮かべている儚げな令嬢や、他のパーティの参加者も私の方を訝しげに見つめている。なんで、どうしてそんなことを言い出されたのか全くもって分からない。聖女を騙った覚えなど一つもない、だって私は聖女なのだから。
「…………追放、ですか? わたくし、本物の聖女です! ギフトだってありますし、それに今まで国に尽くしてまいりました! 神に誓って聖女を騙ってなどおりません!」
「嘘つけ! ギフトが【悪食】の聖女なんて、そもそも聞いたことすらなかったのだ。もともと聖女らしからぬ地味で品がなく美しさにも欠けた人間だとは思っていたが、まさか本当にそうだったとはな!」
「っ、どうしてそのようなことを、」
「ではなぜギフトを持つ女がもう一人現れたのだ? それもこのリリーシャのギフトは【悪食】からは程遠い、【聖なる祈り】だったのだぞ? 明らかにお前より聖女らしいではないか」
「……それは……っ」
何も、言い返せなかった。聖女が自分だと、あの腕の中で縮こまっている少女ではないのだと断定できるものは一つもない。それに、この【悪食】とかいうギフト。確かにこれは歴代の聖女のギフトの中で明らかに異彩を放っていたのだ。呪いや汚れを個体物として取り出し、それを食らうことで浄化できるギフト。就任当時は本当にこれが聖女のスキルなのか、不安を抱きつつ日々を過ごしていたのも、確かだった。聖女として仕事をこなすことができるようになってからはずっと思いもしなかったけれど、言われると分からなくなってくる。……【聖なる祈り】。歴代の聖女の中でも数人発現している有名なギフトだ。王子が言い出して、誰もそれに反論しない。それはギフトの発現が認められたからかもしれない。……だとしたら、私は本当に聖女なの?
分からない。
私を見つめて嘲る周りの目が怖い。
何もできなくなって、ぎゅっと下を俯いた。
◇
昔の私は、怖いことなんて何も知らないただの村娘だった。肩書も権力も何も持たなかったけれど、それでも幸せだった。自然の中で何も気にせず、このまま生きていくと思っていた。
「ギフトが発現したぞ!」
「100年ぶりに聖女の再来だ!」
「これは素晴らしい!」
スキルの授与、という式典が10歳のときに行われた。火属性の魔法を使えたり、物を浮かせられたり、そんなちょっと個性的な力が与えられる素敵な式典。――それが、全ての始まりだった。
スキルには、「ギフト」というものが稀に現れるらしい。鑑定する際に鑑定具が虹色に光り輝くからすぐに分かるので例外なくこの10歳で全員発覚しているのだそう。そしてこのギフト持ちは一世代に二人は絶対に存在せず、現れるのは数百年に一人ほど。その選ばれし一人は浄化系の魔法が使えるスキルがギフトによって得られ、そのギフトを得た人間は聖女となり王都で国に仕えて平和を保つ。それがこの国でのはるか昔からの理だった。
――そして、この世代ではそれが私だったらしい。
「ラピス・アシェラティア。そなたはギフト【悪食】を持つ聖女としてこの国に仕えることを誓いますか?」
名誉なこと。素晴らしいこと。おめでたいこと。そう聞かされた、純真だった子どもの私は答えてしまったのだ、「誓います」と。
正直言って、ここからは思い出したくもないほどの地獄だった。
聖女には王太子の婚約者となり、ゆくゆくは国母となることが義務付けられるのだ。だから、王宮に連れて行かれて初めてしたことは、ギフトの訓練ではなく、礼儀や作法のお勉強だった。
勉強、訓練、実践。これの繰り返しが今の今まで7年間。ずっと繰り返されていた。休みはなかった。今までの聖女様はみなそうしていたと言われたから。倒れることは許されなかった。今までの聖女様もそうだったから。
……それなのに、ずっと必死で尽くしてきたのに、こうなるの? この国から追放されて、野垂れ死ぬの?
「どうした、ラピス・アシェラティア。図星を刺されて悔しいか? 分かったら今すぐ、この国から出ていくことだな、……っ!?」
その時だった。私を罵り、嘲笑う王子の喉元に、鋭い剣が突きつけられた。
「戯れ言もそこまでにしてください、殿下」
「っ、呪われ公爵は黙っていろ! この女が聖女ではないのは明白だろう?」
「聞こえませんでしたか? 戯れ言も大概にしろと言ったんです。――さもなくば貴方の喉元を切り裂きます」
「っ、はっ、そんな、」
「本気ですよ、殿下。今すぐ彼女への暴言を撤回してください」
……ラティアス様? 彼が、どうして。彼は騎士だ。王子に使える誇り高き公爵であり騎士でもある、素晴らしい人。……彼がどうして、私を庇うの? こんな大衆の面前で。明らかに劣勢で悪役と化した私をどうして。
「大丈夫ですか、ラピス様」
彼が立ち尽くす私に振り向いて微笑みかけた。
「どうしてっ、」
「密かにずっとお慕いしておりました。助けてくださったあの日から」
「助け、た? どういうこと?」
「覚えていらっしゃらないかもしれません。魔物の手により、長年呪いに苛まれていた私の呪いを貴方は解いてくれたのです。呪われ公爵などという不名誉な呼ばれ方すらされて敬遠されていた私を、救ってくださったのです」
……言われてみれば、確かに、覚えている。6年ほど前、私が聖女に就任して間もないことだった。あのとき彼は王宮の中庭で倒れ込んでいたのだ。呪いのせいで倒れているのはギフトのお陰ですぐ分かった。だから、【悪食】を使ったのだ。呪いを吸い出し、黒い固形物にしてそれを食らうことで浄化する、私のギフト。誰もに敬遠されるこのギフト。それを使って、確かに助けた。気持ち悪い、と言われることも覚悟して。でも、返ってきた言葉がそれではなかったから、覚えていたのだ。誰なのかは知らなかったけど、言葉だけは、確かに覚えていた。
『そんな苦しんでまで助けてくれて、ありがとう――』
あの気持ち悪いと言われてばかりの、聖女らしくないギフトに心からの感謝をくれた人。――それがこの人だったのだ。
「覚えて、います。中庭で倒れていらっしゃった、あの、」
「そうです! ……あなたが聖女なのは知っていたし、殿下の婚約者だということも分かっていたから、諦めていました。でも、このようなことを言って、追放して貴方を傷つけるというのなら黙っていられません」
泣きそうだった。――優しい、この人は相変わらず、とても優しい。聖女でないと言われている私でも、こうして庇って、大丈夫だと、慕っていると言ってくれるこの人に、冷え切った心が温められていくのが分かった。
「王子、彼女に言ったことを撤回してもらえますね?」
「あ、あぁ」
「あと彼女の聖女の任を解いて頂けますか、既に限界かと思われますので」
「わ、分かった、ここに聖女の任を解くことを宣言しよう」
そう王子に言わせたあと、彼はもう一度私の方に向き直って、手を差し出した。
「どうか、この手を取ってくださいませんか。私の聖女よ」
「っ、はい……っ」
私は彼の手にそっと右手を重ねた。
◇
「あぁ、そういえばこれ。リリーシャ・アリスバーグ嬢の偽のスキル授与判定に関する書類です。殿下、よろしければどうぞお使いください」
そう言って彼が渡した数枚の紙によって、聖女を失った国が大変なことになるのはまた別の話である。
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