009・アシ……リャ
横転した馬車は、あちこちが壊れていた。
人の気配はない。
見た感じ、2~3日ぐらい放置されてる印象だった。
(……う~ん?)
もしかしたら、動かせなくて捨てられたのかな?
よく見たら、馬車の外装には、30センチぐらいの大きな爪痕が何箇所か、深く刻まれていた。
「…………」
そっか。
この馬車、魔物に襲われたんだ。
あちこち壊れているのも、そのせいかもしれない。
乗ってた人たち、無事だといいけど……。
そう願っていると、
ピカピカ
杖君が光った。
(ん……?)
荷台を確認して、かな?
うん、わかったよ。
そう促された僕は、横転している馬車の後部扉を小さな手で押し開けた。
ギギッ
歪んでいたのか、軋む音がする。
何か残ってるかな……?
なんて思いながら、中を覗いて、
(――え?)
僕は硬直した。
そこに、大きな檻があった。
そして、その檻の中では、手足を鎖で繋がれた女の人が倒れていたんだ。
しばし放心。
…………。
年齢は、20歳ぐらい?
白っぽい金髪を長く伸ばした、とても綺麗な女の人だ。
着ている物は、白のワンピース1枚。
まぶたは閉じていて、そのまつ毛はとても長い。
服の生地を押しあげる大きな胸は、ゆっくり上下に動いていて、まだ生きている証拠だった。
手足はスラリと長い。
でも、そこに武骨な金属製の手枷、足枷が嵌められ、鎖で繋がれている。
ピカン
(――あ)
杖君が強く輝いて、我に返った。
見てる場合じゃない。
(助けなきゃ)
僕は急いで、馬車の荷台の中に入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
檻にも、魔物の爪痕があった。
きっと檻の中だったから、この女の人は助かったのかもしれない。
でも、
ガシャッ
檻の扉には、鍵がかかっていた。
逆に彼女は、檻の外に逃げることもできなかったんだ……。
周囲を見るけど、鍵はない。
こういう時は、
「杖君、何とかならない?」
と、僕は、手の中の白い杖を見た。
ピカッ
杖君は応えるように先端を輝かせ、そこから光の細い棒を生み出した。
それを鍵穴へ。
カシャン
光が鍵の形状になったのか、簡単に鍵が開いた。
(やった)
さすが、杖君。
檻に入った僕は、同じ要領で手枷と足枷を外して、外に放り捨てた。
結構、重かった。
それから僕は、この女の人を背負って馬車の外に出た。
陽の光の下で、地面に横たえる。
生きているけど、数日間、閉じ込められていたからか、衰弱しているように思えた。
「……杖君って、回復魔法もできる?」
ピカァン
杖君は、力強く輝いた。
そして、その先端が虹色に輝くと、空中に光の魔法陣が生まれた。
そこから円柱の光が横たわっている女の人へと降り注ぐ。
全身が光に包まれる。
(あ……)
顔の血色がよくなった。
か細かった呼吸も、しっかりしている。
うん、よかった。
安心して、僕は大きく息を吐いてしまった。
「ありがとう、杖君」
ピカピカ
光る杖君に、僕も笑った。
その時、
「う……ぁ……」
(!)
小さな呻き声をあげて、女の人が目を覚ましたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
まぶたの下から、アメジスト色の瞳が現れた。
綺麗……。
彼女は、ゆっくり上半身を起こす。
その瞳はぼんやりした様子で、周囲を見回して、
「お姉さん、大丈夫?」
「…………」
僕の声で、こちらに焦点が合った。
(……うん)
目が開いて初めてわかったんだけど、この女の人、とっても美人だ。
前世でいうゲームの美女が、そのまま現実世界に具現してしまったような美しさだった。
どこか神秘的。
その美女と、しばらく見つめ合う。
…………。
…………。
…………。
……えっと?
「お姉さん……?」
僕は困惑しながら、
「あの、僕の言葉……わかる?」
「…………(コクン)」
細い首が頷いた。
長い金髪が、肩からサラリとこぼれる。
(よかった)
ちゃんと通じてた。
安心した僕は笑って、
「僕は、ニホ。たまたま通りがかって、お姉さんのいた馬車を見つけた冒険者なんだけど……」
「…………」
「えっと……お姉さんの名前は?」
「……アシ……リャ」
アシ……リャ?
(アシーリャさん、かな)
僕は頷いた。
「こんにちは、アシーリャさん」
「…………」
「あの、ここで、何があったの?」
「…………」
「…………」
「……わか……な……い」
わからない……かな?
今のアシーリャさんは、何だか半分眠ったような雰囲気だった。
(う~ん?)
もしかしたら、記憶が混乱してるのかな。
僕は、馬車を見る。
その荷台には檻があって、近くには手枷、足枷が落ちていた。
それは、アシーリャさんを拘束していた物だ。
(……うん)
今は、あまり聞かない方がいいかもしれない。
僕は頷いて、
「そっか」
「…………」
「僕は町に戻るんだけど、アシーリャさんも一緒に行く?」
「……ん」
コクッ
彼女は、小さく頷いた。
これも何かの縁だ。
それに、このまま放置する訳にもいかないもんね。
アシーリャさんは、ヨロヨロと立ち上がる。
(ほわ……)
立ち上がった彼女の頭の位置は、僕よりかなり高かった。
身長170センチ以上?
それぐらいあるかもしれない。
キュッ
その白く細い指が、僕のローブの裾を軽く摘まんだ。
(…………)
大きいのに、まるで幼い子供みたい。
僕は微笑んで、
「うん。じゃあ行こっか、アシーリャさん」
「……は、い」
彼女は小さな声で返事をする。
…………。
森で拾った不思議なお姉さん。
そんなアシーリャさんを連れて、僕はレイクランドの町まで帰っていった。