008・森の奥
1時間かけて、湖の東の森へ辿り着いた。
そして僕は、いつものように薬草を集めていく。
ピィン
もちろん、杖君がハイライトで光らせてくれるので、集めるのは簡単だ。
(よいしょ、よいしょ)
茎をナイフで切って、肩かけ鞄にしまう。
そうして作業していると、
ピカピカ
(ん……?)
杖君が不意に光った。
ふと顔をあげると、
「あ」
少し離れた茂みに、あの角の生えたウサギがいた。
その眼に、殺気がある。
ダッ
直後、角ウサギが突進してきた。
……うん。
僕は慌てず、騒がず、
「杖君、お願い」
ピカァン
白い杖の先端が輝くと、僕を包み込む『光の球体』が生み出された。
パキィン
ぶつかった角ウサギが弾かれる。
ウサギの驚いた顔。
そして、すぐに怒ったように何度も、何度も、光の球体へとぶつかることを繰り返した。
(さて、と)
僕は落ち着いて、薬草集めを再開する。
サクサク
パキッ パキィン
薬草を刈る音と魔物の弾かれる音が静かに森に響いた。
…………。
いや、実は薬草集め中に角ウサギに襲われるのって、初めてじゃないんだよね。
この10日間で2回。
今回で3回目だ。
毎回、同じ対処法である。
そして、この『光の球体』が破られることは1度もなくて、結局、最後は角ウサギが疲れて、ヨロヨロ……と去っていくんだ。
2回目の時は、ウサギの角が折れてたっけ。
可哀相に……。
ちなみに、その角は冒険者ギルドで、魔物素材として買い取ってもらえた。
5ポントだったかな?
日本円で、500円ぐらい。
ま、ちょっとしたお小遣いになったんだ。
(……ん?)
気がついたら、角ウサギの息があがっていた。
ゼエ ゼエ
その眼には殺気より、もはや疲労の色が濃い。
やがて、角ウサギは『もういいや……』といった様子で背を向け、茂みの奥に消えていった。
(ふぅ、やれやれ)
僕も、これで少し安心だ。
本当は、あの攻撃魔法も使えたんだけど……でも、気絶させるのも可哀相だよね?
平穏な解決法が1番だ。
ピカピカ
杖君も賛同するように光ってくれる。
「うん」
僕は笑った。
それから、
「よし、もう少しがんばろう」
ピカン
杖君と一緒に、また薬草を集めたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
クエストの目標数は、薬草30本だった。
現在、26本。
残りはあと4本なんだけど、
「う~ん?」
僕は、周囲を見回しながら、困ったように唸ってしまった。
植物の多い森の景色。
でも、そこにハイライトされた光がない。
杖君の魔法が切れた訳じゃない。
つまり、この近辺に『目的の薬草が生えていない』という意味なんだ。
…………。
ここ最近、ずっと薬草を集めてたからかな?
もしかしたら、この周辺に生えていた薬草は、みんな、採り切ってしまったのかもしれない。
どうしよう……?
困っていると、
ピカン
杖君が輝き、先端から『光の蝶』が生まれた。
ヒラヒラ
その蝶は、森の奥へと飛んでいく。
「……杖君?」
ピカピカ
白い杖は、促すように明滅した。
どうやら、森の奥の薬草が生えている別の場所まで案内してくれるみたいだ。
僕は笑って、
「ありがとう、杖君。お願いね」
ピカン
杖君は『任せろ』と光る。
そして僕は、光る蝶を追って、森の奥へと入っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
森の奥へとやって来た。
いつも薬草を集める場所より、少し鬱蒼としてるかな……?
植物の数と種類も多い感じ。
(あ……)
その中に、ハイライトされた草があった。
薬草だ。
さすが、杖君。
僕は笑って、早速、採取を行った。
サクサク
残った4本は、あっという間に集まった。
(よかった)
さぁ、あとは帰ろう。
そう思ったんだけど、
ヒラヒラ
(おや?)
光る蝶は消えずに、更に森の奥に飛んでいく。
杖君……?
ピカン
白い杖は光る。
何か意図があるのかな?
よくわからないけれど、僕は杖君を信じて、そのまま森の奥に進んだ。
5分ほど、歩く。
すると、不意に森の樹々が途切れた。
少し開けた空間だ。
「え……?」
そこに、1台の馬車が横転して、樹にぶつかるようにして停まっていた。
ちょっと呆然。
ピカン ピカン
あ……うん。
白い杖の光で、我に返った。
1度、深呼吸。
(よし)
やがて、意を決した僕は、その馬車に近づいていったんだ。