077・宝
「ここは……礼拝堂?」
洞窟の壁の穴を抜けた先にあったのは、そんな空間だった。
大きさは、学校の教室ぐらい。
天井は高く、けれど、無数に並んだ柱は折れたりひび割れていて、一部は崩れてしまっていた。
出入口の扉は、1つ。
でも、そこは天井が崩れ、倒壊した柱などの残骸に押し潰されていた。
つまり、密室状態だ。
壊れた長椅子たちの先、部屋に最奥には台座があり、そこに美しい神像があった。
大きさは、1メートルぐらいかな?
その左右に、厳つい騎士像。
こちらは人間サイズ。
多分、中央の像の守護者みたいな感じだ。
でも、左の騎士像は瓦礫に潰され、壊れていた。
(ふぅん……?)
周囲を杖君の『灯りの魔法』で照らしていくけど、あるのはそれぐらいだ。
獣人兄妹は、興味深そうに室内を見ていた。
そして、アシーリャさんは、
「…………」
正面にある神像を、ただ一心に見つめていた。
もしかしたら、見習い聖騎士だった頃の失った記憶が何かを感じさせているのかもしれない。
その時、
(ん……?)
同じ神像を見ていた僕は、ふと気づいた。
あれ?
あの輝きって……。
ピカピカ
そんな僕の考えを肯定するように、杖君は光った。
僕は、神像に近づく。
うん、間違いない。
この輝きの材質は、レイクランドの洞窟で見つけた物と同質のものだ。
「ニホ、どうした?」
「ニホ君?」
獣人兄妹が、僕の様子に気づく。
2人を振り返って、
「見つけた」
「何?」
「え?」
「この像、ミスリル銀でできてるよ」
「…………」
「…………」
兄妹は、揃って沈黙した。
そして次の瞬間、『えええぇえ!?』と息の合った叫び声を礼拝堂に響かせたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「た、確かにそうだな」
神像を触って確認したカーマインさんは、呆れたように頷いた。
妹の方は、目を丸くしている。
僕は聞く。
「これで、目標の量には足りるかな?」
「おう、充分だ」
彼は頷いた。
それから苦笑して、
「まさにお宝じゃないか。考古学的価値も付いたら、素材価値より高くなるかもな」
「ふぅん……?」
そうなんだ。
フランフランさんは、
「す、凄い物、見つけちゃいましたね……」
と、その神像の輝きを、呆けた様子で見つめていた。
そして、カーマインさんが「おし、持って帰るか!」と神像に手をかけた。
グイッ
重そうだけど、獣人のパワーで持ち上げる。
その時、カチッと小さな音がした。
(ん?)
見たら、像の下の台座に、四角いスイッチのような物があった。
像をどかしたことで、スイッチが持ち上がっている。
すると、台座の左右にあった騎士像の足元に、突然、光り輝く魔法陣が生まれた。
(え?)
僕は驚く。
獣人兄妹も「な、何だ!?」「え、え、え?」と驚いた顔だ。
瞬間、
「!」
ヒュッ ガギィン
金髪をなびかせ、アシーリャさんがアルテナの長剣を振るった。
火花と金属音。
そして、長剣は、右の騎士像がカーマインさんに振り下ろした剣を受け止めていた。
…………。
う、わぁ!?
1秒遅れて、僕らは驚いた。
「やばい、番人の魔法人形だ!」
「え!?」
「つまり、お宝を盗む盗人を殺すための罠だよ!」
な、何だって……!
そう考えている間にも、騎士像は剣を振る。
ガィン ギン ガギャン
「っっ」
アシーリャさんが必死に応戦しているけれど、一方的に押し込まれていた。
あの騎士像、強い!
「はっ!」
フランフランさんが、横から弓を放った。
バシュッ ギン
至近距離からだったのに、あっさり弾かれる。
え、この距離で?
弾かれたフランフランさんも、騎士像のあまりの神業に呆然だ。
僕も、杖君を構える。
「杖君、弾丸の魔法!」
ピカン
杖君は光り、
パシュシュッ
アシーリャさんを援護するため、騎士像へと連射を撃ち込んだ。
ヒュガガガン
残像を残すように剣が動き、光の弾丸はあっさり防がれ、礼拝堂の中に光の粒子たちが散っていく。
(嘘でしょ!?)
まるで機械の精密さだ。
無数の弾丸の軌道を、全て読まれた。
その上で、アシーリャさんの剣、フランフランさんの弓にも対応している。
「駄目だ、逃げるぞ!」
獣人の兄が叫んだ。
「こいつは強すぎる! 恐らくランクC以上の敵だ! 今の俺たちじゃ敵わん!」
「わ、わかった!」
「は、はい!」
僕と獣人の妹は、叫び返した。
アシーリャさんも必死に剣を合わせながら、頷いた。
ガギィン
思い切り剣をぶつけ、反動で大きく間合いを取る。
そのまま反転して、彼女と僕らは、洞窟と繋がる礼拝堂の壁の穴へと走り出した。
ガシャン
でも、騎士像も止まらない。
僕らを逃がすまいと、甲冑を鳴らしながら追いかけてきた。
は、速い!
あの重量の鎧を着て走る速度は、人間ではあり得ない。
むしろ、重い神像を抱えるカーマインさんの方が移動速度は遅かった。
(――まずい)
このままじゃ、追いつかれる。
たった2秒で、それがわかった。
他の3人もわかったみたいで、表情が強張る。
例え礼拝堂を出ても、洞窟を出て、元の建物に戻ってダンジョンを脱出したとしても、あの騎士像は追ってくるかもしれない。
無機物だけど、それだけの執念を感じた。
どうする?
どうしたら……?
その時、ふと礼拝堂の全景が見えた。
(あ……そうだ!)
僕は、反射的に思いつく。
できるかわからない。
けど、考える暇もない。
僕は杖君を構えて、
「杖君、爆発の魔法を!」
と叫んだ。
獣人兄妹がギョッとする。
ピカン
杖君が輝き、その先端に久しぶりに『虹色の光球』が生まれた。
走りながら、
「えいっ!」
僕は、後ろにその光球を投げた。
光球は、騎士像の手前、近くの柱のそばで閃光を放った。
ドパァアン
凄まじい光と轟音。
同時に、発生した衝撃波は、僕ら3人の背中を蹴り飛ばすように礼拝堂の外へと押し出し、そばにあった脆い石の柱をへし折った。
天井が崩れる。
ゴギャン
直径2メートル以上の残骸が、走る騎士像の上に落ちた。
騎士像が転ぶ。
直後、さらに大きな残骸が次々と落下し、騎士像を押し潰していく。
ギッ ギギッ
それでも、騎士像は凄まじい力で動こうとして、けれど、その姿も土煙と巨大な瓦礫の奥に消えていった。
…………。
洞窟の床に転がりながら、僕らはその光景を眺めた。
土煙が消える。
礼拝堂に繋がっていた穴は、完全に塞がっていた。
パラッ
小さな小石が落ちる。
でも、それ以上、瓦礫は動かず、騎士像が這い出してくることもなかった。
「……っはぁ」
僕らは、息を吐き出した。
危なかった……。
あの騎士像だけは、本当に危険な存在だった。
心臓もバクバクしてる。
カーマインさんも冷や汗をかきながら、地面にへたり込んでいた。
「ナ、ナイスだ、ニホ」
「うん」
「しかし、1体が壊れてて助かったな……」
「ん、そうだね」
僕は頷いた。
本来、番人の騎士像は2体のはずだったんだ。
だけど、左の騎士像は壊れていた。
だから、1体だけだった。
もし2体が相手だったら……?
(…………)
僕らは今、生きてここにいないかもしれないね……。
フランフランさんは「耳が……変です」と、人間の耳と獣耳を触っていた。
衝撃波で、鼓膜がやられたのかな?
僕も少しキーンとしている。
少し休んで治らなければ、うん、回復魔法を使おう。
ともあれ、
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら3人は、獣人青年が抱えているミスリル銀の神像を見つめた。
危険はあったけど。
でも、お宝は手に入れた。
うん……今の僕らは、まさに『冒険者』だ。
つい、笑ってしまう。
獣人兄妹も同じ心境だったのか、同じように笑いだした。
ポムッ
そんな僕の頭に、白い手が置かれた。
見上げれば、
「やり、ました、ね……ニホ、さん」
長い金髪を揺らして、アシーリャさんが微笑んでいた。
あの騎士像と戦っていたからか、短時間でも、その美貌には汗が滲んでいた。
(うん……)
彼女がいなければ、即、僕らは死んでたかも。
彼女を見つめて、
「こうして生きてるのも、アシーリャさんのおかげだよ」
「…………」
「ありがとう、アシーリャさん」
「……は、い」
彼女は少し頬を赤くし、くすぐったそうにはにかんだ。
それに、僕も笑った。
ピカピカ
杖君も明るく輝いて、僕ら4人を照らした。
…………。
思わぬ危機もあったけど、僕らはこうして目標の『ミスリル銀』も手に入れることができたんだ。




