039・反省
「杖君、回復を……」
ピカン
僕の願いに応じて、杖君は光を放った。
頭上に魔法陣が生まれて、そこから降り注ぐ光が僕の全身を照らしていく。
(あぁ……あったかい)
何だかホッとする。
少しポカポカして、陽だまりにいるみたいだ。
感じていた痛みが消えていく。
見ていた獣人の兄妹から「おお……」と感心したような声が聞こえた。
…………。
雷爪熊にやられた僕の怪我は、こうして杖君に治してもらえた。
あとから聞いたけど、僕の状態は、火傷や裂傷、あと打ち身も酷かったみたいで、見ている方が痛々しいほどだったそうだ。
もしかしたら骨折していたかもしれないって。
そんなに……? と、僕も驚いた。
ともあれ、回復魔法でそれらは治せた。
うん、杖君、凄い。
実は僕だけじゃなくて、3人も結構、怪我をしていた。
特にアシーリャさんは、1番酷かった。
買って間もない左腕の『金属の手甲』も完全にひしゃげて、使い物にならなくなっていたぐらい。
その理由は、
「早くニホを助けに行こうとして、かなり無茶な戦い方をしてたからな」
と、カーマインさんが教えてくれた。
そ、そうなんだ?
嬉しいけど、申し訳ないような気持ち……。
でも、命が無事ならよかった。
手甲だって、また買えばいいしね。
僕は彼女を見て、
「ありがとう、アシーリャさん」
「……は、い」
彼女は少し照れたようにうつむいて、頷いた。
そのあとは、3人の怪我も回復魔法で治した。
そして、雷爪熊の素材をいくつか回収して、僕らは戦場となった森をあとにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
帰り道の街道で、僕は、アシーリャさんにおんぶされていた。
魔法で怪我は治った。
けど、体力は戻らなかったんだ。
おかげで歩く力もなくなっていた僕を、彼女が背負ってくれたのである。
カーマインさんが、
「俺が背負おうか?」
と聞いたけど、
「い、や」
と、断固拒否していた。
う~ん?
彼女なりに、僕の保護者だという自負みたいなものがあるのだろうか?
とはいえ、ありがたいけどね。
(…………)
彼女の背中は温かい。
そして、目の前の黄金の髪からは甘やかな匂いがした。
うん……なんか落ち着く。
僕もついつい、安心して身を預けたんだ。
そうして街道を歩きながら、
「ありがとな、ニホ」
と、カーマインさんに言った。
(ん……?)
僕はキョトンとする。
彼は隣を歩きながら、僕を見て、
「ニホが1人で踏ん張ってくれなければ、俺たちは全員、2体の雷爪熊にやられていたかもしれない」
「…………」
「勝てたのは、お前のおかげだよ」
そう言ってくれた。
フランフランさんも「ニホ君がいなければ、私、きっと死んでました」と頷いた。
そう、かな?
でも、役に立てたのなら嬉しい。
僕は頷いた。
ちなみに、雷爪熊2体の討伐クエストは、Dランクのクエストなんだって。
今の僕の2つ上のランク。
(うわぁ……)
道理で大変だった訳だ。
そして、よく生き残れたよ、僕。
アシーリャさん、カーマインさん、フランフランさん、みんながいてくれたおかげだね。
それと、もう1人。
いや、1人というか、1本。
うん、杖君のおかげだ。
あの時、杖君が新しい魔法を生み出してくれなければ、僕は耐え切れなかっただろう。
きっと、死んでいた。
あの光の翼の魔法があったから、生き残れたんだ。
…………。
杖君は、本当に色々な魔法が使える。
きっと僕が望めば、どんな魔法だってできるのかもしれない。
でも、多分、
(それは難しいだろうな……)
と思う。
なぜか?
理由は、僕が制約になっているからだ。
もっと言うと、僕の想像力の欠如。
杖君は、僕の想像通りの魔法を使ってくれる。
けれど、だからこそ、僕が想像できない魔法は絶対に使えないんだ。
例えば、あの翼の魔法。
翼があって、僕は軽々と動き回れた。
凄い魔法だ。
でも、空は飛べなかった。
それは、僕の中で『人間は空を飛べない』という意識が根付いているからだ。
想像が足りない。
実感できない。
経験と理屈で強固に作られた『常識』の殻を破れない。
だから、飛べなかった。
同じように、僕は色々な攻撃魔法を使える。
でも、どれも非殺傷。
それは僕の深層心理で『生き物を傷つけるのは嫌だ』という意識があるからだろう。
表面で、どれほど望んでも。
心の底から渇望しなければ、あるいは信じなければ、その魔法は使えない。
それが、杖君の限界。
そして、使い手である僕の未熟だ。
…………。
もっと、がんばらないと。
じゃないと、本来、もっと凄いはずの杖君に申し訳ない。
でも、
ピカピカ
手の中の杖君は、優しく光る。
別にいいんだよ? と。
まるで、今の僕でいいのだと、そう言ってくれている感じだった。
(……杖君)
何だか、僕、泣きそうだよ。
すると、
「ニホ、さ、ん?」
気づいたアシーリャさんが、声をかけてきた。
僕は「ううん」と首を振る。
ギュッ
誤魔化すように、彼女の首に両腕を回した。
その金髪に、顔を埋める。
彼女は、ピクンと反応した。
でも、何も言わない。
うん……彼女も本当に優しい。
そんな優しい存在に囲まれて、僕は、本当に幸運だ。
…………。
彼女の背中で揺られながら、僕はもうしばらく、この心地好い時間に浸っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
レイクランドの町に帰り、冒険者ギルドに戻った。
受付で報告。
マーレンさんは驚いて、
「2体いたら、必ず逃げてって言ったでしょ!」
と、僕を怒った。
僕は、びっくり。
でも、その表情は、僕を本当に心配しているからだと伝わった。
それに、確かに言われてたっけ。
すっかり忘れてた……。
それぐらい、あの時は『今回のクエストを絶対に成功させる』って覚悟だったんだ。
だけど言い換えたら、それは視野狭窄だ。
思考の幅を狭めていた。
普通なら、確かに2体目が出た時点で『撤退』を考えなければいけない。
でも、考えてなかった。
興奮と恐怖、そして決意が邪魔をして。
(……うん)
それじゃ駄目だ。
下手をしたら、今回、僕らは全員、死んでいたんだ。
たまたま上手くいった。
でも、たまたまだ。
僕1人ならいい。
でも、他の仲間のことを思ったら、駄目だった。
だって、命がかかってる。
それを失ったら、どうやったって取り返しがつかないのだから。
確かに、反省だ。
僕は「ごめんなさい」とマーレンさんに素直に謝った。
その表情を見て、彼女も許してくれた。
ちなみにカーマインさんは「男には引けない時もあるのさ」と格好つけて、「1番年長の貴方がしっかり判断しないと駄目でしょ!」と余計に怒られていた。
あとフランフランさんは、恐縮し切り。
アシーリャさんはぼんやりした表情で、でも、なぜか僕の髪を撫でていた。
(……?)
怒られた僕を、慰めてくれたのかな?
ともあれ、報酬1500ポントをもらった。
日本円で15万円。
うん……大変さに対して、割に合わない。
(……でも)
でも、達成感は今までで1番あった。
つい、頬が緩んじゃう。
ちなみに雷爪熊の『雷の爪』も高値で買い取ってもらえた。
なんと、500ポント。
5万円だ。
2体分あったんだけど、1体分は「武器の素材になるから、そのまま武器屋に持ち込みたい」とカーマインさんが提案した。
うん、いいんじゃないかな。
僕らは、了承。
500ポントは、僕とアシーリャさんがもらった。
そんな感じで、手続き終了。
マーレンさんから、冒険者カードを返してもらった。
(……あれ?)
そこで気づいた。
何か、文字が違う?
よく見ると、『E』の文字があった。
アシーリャさんの冒険者カードも同様だ。
え……?
驚く僕に、ハーフエルフの受付嬢さんは微笑んだ。
そして、
「今回のクエスト達成で、2人のギルド貢献度がEランクに到達したのよ」
「……あ」
「ランクアップおめでとう、ニホ君、アシーリャさん」
と、教えてくれたんだ。




