003・白い杖
「わっ!?」
突然のことに、僕は反応できなかった。
ウサギの鋭い角。
それが刺さればただでは済まない――そうわかっているのに、身体は動かない。
最悪、死ぬ……?
さっき転生したばかりなのに?
そんなことを、1秒にも満たない時間で考えた。
(――――)
自分の身体に角が刺さる所を想像する。
けれど、何もできないまま、僕は、ただウサギの突進を見つめるしかなかった。
その時、
ヒィン
右手にある杖君が輝いた。
直後、僕の全身を『光の球体』が包み込む。
「!?」
パキィン
僕が驚くのと、その光に弾かれて角ウサギが後方にひっくり返ったのは、ほぼ同時だった。
つ、杖君?
僕は、呆然と白い杖を見た。
ピカピカ
先端が輝いたまま、明滅する。
あ……。
「ありがとう、杖君」
僕は、泣きそうな思いで感謝を伝えた。
杖君は、もう1度、ピカピカを繰り返した。
弾かれたウサギは、びっくりした顔だった。
けれど、逆に怒ったように毛を逆立てて、再び僕へと突進してくる。
パキィン
光の球体が、それを弾く。
でも、ウサギもくじけない。
パキィン パキィン
弾かれても弾かれても、何度も突進を繰り返して、おかげで僕もそこから動けなくなってしまった。
どうしよう……?
チラッ
僕は、杖君を見た。
すると、杖君は再び虹色に輝いて、
ヒュウン
その杖の先端に、どこからともなく光の粒子が集まる。
白い杖の先の空中に、10センチほどの『虹色の光球』ができあがった。
(ん……?)
これを投げろ……?
杖君に、そう言われた気がした。
うん、わかった。
その声なき言葉に従って、僕は、白い杖を下から弧を描くように前方へと動かした。
ポ~ン
そんな感じで『虹色の光球』は、空中に放られた。
直後だった。
ドパァン
(!?)
光球が弾けて、閃光の衝撃波が辺り一面へと広がった。
草木が揺れる。
たくさんの葉が舞い散り、折れた枝たちがガサガサと地上に落ちてくる。
まるで、爆弾だ。
ただ僕自身は、光の球体に守られて無事だった。
「あ……」
そして、衝撃波をまともに浴びてしまった角ウサギは、少し離れた地面で仰向けにひっくり返っていた。
杖君を構えながら、恐る恐る近づくと、
「……気絶してる」
角ウサギは白目を剥いていた。
凄い音と光だったけれど、生き物を殺すのではなく、無力化するための魔法だったのかもしれない。
…………。
僕は、手の中の白い杖を見た。
道案内に、防御に、攻撃に……うん、何でもできるまさに魔法の杖だ。
僕は笑って、
「杖君って、凄いんだね」
ピカァン
その言葉に、杖君は誇らしげに光り輝いた。
(あはは)
うん、やっぱり可愛い。
それから僕は、気絶した角ウサギを起こさないように、足音を忍ばせながらその場を離れた。
そうして、
ヒラヒラ
道案内の光の蝶を追いながら、再び森の中を歩いていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、3時間ほどが経過した。
僕は、いまだ森の中だ。
シャク
鞄に入っていた果物を食べながら、僕は樹々の間を歩いていく。
果物は、林檎っぽい見た目。
味は、うん、甘くて美味しいね。
2つ入っていたので、1つは残しておこうかな?
そんなことを思いながら、空を見上げた。
太陽の動きを見るに、もう少しで日が暮れてしまいそうだった。
(う~ん……)
できれば、夕方の内には人里に出たいな。
杖君がいれば、森の夜でも大丈夫な気もするけれど、やっぱり、布団でゆっくり休みたいよね。
チラッ
僕は、前方を舞う光の蝶を見る。
ヒラヒラ
蝶は、一定のペースで飛んでいく。
それを子供の足で追いかけながら、僕はまたシャク……と果物をかじった。
…………。
…………。
…………。
それは、唐突だった。
地面の傾斜を登り切ると、突然、周囲の樹々がなくなり、僕は草原の丘に立っていた。
(え……?)
眼下には、蒼い湖。
そして、その畔には、
「――町だ」
僕は、青い瞳を見開いた。
大きな湖に面して、たくさんの中世風の家々が建った町があったんだ。
「…………」
異世界で初めての町。
ブルッ
思わず、身体が震えた。
いったい、あの町にはどんな人々がいて、どんな文化があるんだろう?
ピカン
杖君が促すように光った。
僕は頷いて、
「うん、行こう、杖君」
ギュッ
白い杖を握り締めると、その町へと草原を下りていったんだ。
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