025・クエスト辞退
脱臼したアシーリャさんの肩は、回復魔法で治した。
ヒィン
空中に生まれた魔法陣。
そこから降り注ぐ光を浴びて、痛そうだった彼女の表情もようやく和らいだ。
「大丈夫、アシーリャさん?」
「は、い」
彼女は頷いた。
うん、よかった。
僕は安心しつつ、
「杖君、ありがとう」
ピカン
僕の感謝に、杖君も明るく光った。
そして、雷爪熊に負けた僕らは、森を抜けて街道に戻ったんだ。
…………。
湖に面した街道を歩く。
さすがにここまでは魔物も滅多に出てこないので、比較的安全だ。
少しだけ気も抜ける。
(…………)
それにしても強かったな、雷爪熊。
その強さを思い出す。
これまで出会った魔物の中で、攻撃力も防御力も段違いだった。
しかも、雷の魔法も使う。
とんでもない生き物だ。
僕の攻撃なんて、一切通じなかった。
僕はただの的になって、一方的に攻撃されるだけだったんだ。
本当に情けない……。
戦えていたのは、アシーリャさん1人。
押し込まれていたけれど、1対1でも何とか戦えて、手傷だって負わせていた。
でも、やっぱり不利だった。
装備のせいかな?
僕がもう少しサポートできてたら、何とかなったのかもしれない。
チラッ
彼女を見る。
怪我は治したけど、服はボロボロだ。
地面を何度も転がってたからね……。
実は、僕も打ち身がある。
防御魔法で防いだけれど、弾き飛ばされて、あちこちぶつけてしまったんだ。
ちょっと痛い。
でも、
(2人とも……生きてる)
それが大事だった。
勝てなかったけど、雷爪熊を追い払えた。
そこは自分を褒めたい。
とは言っても、もし次に戦うとなったら、正直、勝てる気がしない。
勝てるビジョンが見えない。
少なくとも、今は。
僕は、青い空を見た。
「…………」
うん、雷爪熊は諦めよう。
期日は5日。
でも、多分、今の僕たちには無理だ。
アシーリャさんはともかく、僕には戦いの経験が足りない。
襲われた時、頭が真っ白になった。
何も考えられなかった。
あれじゃ、勝てない。
しばらくは薬草を集めながら、ホーンラビットや火狼の討伐をして戦い方を覚えていこう。
アシーリャさんとの連携。
杖君のより良い使い方。
それを覚えるんだ。
もしリベンジするなら、それからだ。
僕は頷いた。
それから、がんばってくれた金髪のお姉さんを見る。
「アシーリャさん」
「?」
「あのね、今回のクエスト、失敗にしてもいい?」
「…………」
「雷爪熊と戦うの、しばらくあとにしたいんだ。その間に、僕、強くなるから」
「…………」
「どう、かな?」
「…………」
彼女のアメジスト色の瞳は、僕を見つめた。
そして、
「は、い」
コクッ
柔らかく金髪を揺らして、頷いてくれた。
僕はホッとする。
「ありがとう、アシーリャさん」
「…………」
彼女は、少しだけはにかんだ。
それから、僕は杖君を見る。
「杖君もごめんね」
と謝る。
そして、
「でも、もっと杖君の力を引き出せるようにがんばるから」
そう宣言した。
ピカピカ
杖君は光った。
僕の決断を応援してくれるような輝きだった。
うん、
(ありがとう、杖君)
僕も笑った。
…………。
そうして僕らは街道を行き、やがてレイクランドの町へと帰りついたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドに帰還した。
即、僕は受付で、今回の『雷爪熊の討伐』クエストの失敗、辞退を申し出た。
マーレンさんは、
「そう、わかったわ」
と、静かに頷いた。
あれこれとは聞いてこない。
ボロボロの僕らの姿を見て、色々と察してくれたのかもしれないね。
彼女は微笑んで、
「いいのよ。自分たちの力量を正しく見極めるのは、とても大事なことだわ」
「……うん」
「それと」
「?」
「生きて帰って来て偉かったわよ、ニホ君」
「ぁ……」
「ふふっ」
「えっと、ありがとう、マーレンさん」
僕はお礼を言う。
少しだけ、胸がジンと痺れてしまった。
やっぱり、マーレンさんは、これまで多くの冒険者を見てきたんだな、と改めて思ったよ。
そんなこんなで、クエストは失敗だ。
今回のクエストには、違約金はないそうだ。
ありがたい。
もちろん他のクエストでは、違約金が発生するのもあるんだけどね。
あと、もう1つ。
僕らの実績に、今回のクエスト失敗は記録される。
冒険者ギルドの公式記録だ。
まぁ、仕方ないよね。
今後のクエスト受注にも影響あるって。
ただ新人の失敗だから、そこまでの影響はないそうなんだけど……。
でも、
(命の方が大事だもんね)
安全が最優先。
死んでしまったら、次もないのだ。
そして、手続きも終了。
気がつけば、外はもう夕方だ。
真っ赤な夕日が眩しい。
それに青い瞳を細めて、僕は杖君、アシーリャさんと共に宿屋に帰ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日は、疲れていたのか、泥のように眠った。
そして、翌朝。
ムニュン
目が覚めた時の僕は、相変わらず、アシーリャさんの抱き枕だった。
(全くもう……)
僕は、ため息だ。
でも、まぁ、正直、嫌じゃないですけどね……。
コホン
起き上がった僕は、アシーリャさんの肩を揺すって彼女も起こした。
それからブラシを手に、
シュッ シュッ
彼女の金色の髪を、丁寧に梳いていく。
うん、もう日課。
まだ寝ぼけているアシーリャさんも、気持ち良さそうな表情だ。
やがて、食堂へ。
朝食を食べたあと、準備を整え、外に出る。
行き先は、冒険者ギルド。
クエスト掲示板で、いつもの薬草集めとホーンラビット討伐の依頼書を確保した。
受付で受注。
担当してくれたマーレンさんに、
「がんばってね、ニホ君、アシーリャさん」
「うん」
「は、い」
ピカン
その激励に頷いて、僕らはギルドの建物を出た。
通りを歩き、正面門へ。
門番のおじさんに挨拶して、町を出発だ。
…………。
街道を歩きながら、ふと空を見る。
うん、いい天気。
青い空には雲1つなくて、朝の太陽が眩しかった。
僕は目を細める。
そして、アシーリャさんと杖君を見て、
「今日は、成功させようね」
「は、い」
ピカン
1人と1本が応える。
そうして僕らは、森への街道を歩いていった。




