024・失敗
放電する爪と長剣が激突した。
ギャアン
甲高い音が響き、青い放電が四方に散る。
「!」
僕は、目を見開いた。
力で劣るアシーリャさんは、雷爪熊の攻撃を払い落とすように受けたんだ。
魔物の巨体が、前方にバランスを崩す。
ヒュパッ
瞬間、アシーリャさんはその横を通り抜け、同時に、長剣で魔物の腹部を横に斬った。
鮮血が散った。
(やった!)
僕は喜んだ。
彼女の技量の高さには、本当に驚きだ。
雷爪熊は腹部を斬られ……けれど、平然としていた。
(え……?)
僕は、青い目を丸くする。
魔物は、確かに斬られた。
けれど、分厚い筋肉と皮下脂肪、厚い毛皮が守って、深手にならなかったんだ。
『ガアッ!』
怒りの咆哮。
それと共に、再び前足が振るわれた。
ガギィン
アシーリャさんは長剣で受け、更に後ろに金属の手甲を当てて、攻撃を受けようとした。
でも、威力が違った。
彼女の身体は、まるで羽毛のように宙を舞う。
5メートル飛んで、地面に落ちた。
「かは……っ」
アシーリャさんの美貌が苦痛に歪む。
なんて怪力だ。
雷爪熊は、人間1人の重さをまるで玩具みたいに吹き飛ばしたんだ。
彼女は、長剣を支えに立ち上がる。
ドドドッ
雷爪熊は、追撃しようとそちらに走った。
(まずい!)
僕は、
「杖君!」
叫びながら、白い杖を構えた。
パシュッ
杖の先端から『光の弾丸』を発射する。
ドパン
その腹部に命中した。
けれど、魔物の巨体は、まるで意に介した様子もなかった。
(え……?)
僕は慌てた。
すぐに連射する。
パシュシュッ
連続する光の弾丸が雷爪熊に当たり、けれど、まるでダメージになっていなかった。
防御力が高すぎる。
ゴム弾みたいな弾丸では、通用しないんだ。
雷爪熊の走りは止まらない。
そして、巨大な前足がアシーリャさんに襲いかかった。
ドゴォン
彼女は間一髪、地面に転がって攻撃をかわす。
ヒュパッ
かわしざま、長剣を振るった。
それは、雷爪熊の後ろ足のアキレス腱に当たり、傷を負わせた。
『ギャウッ!?』
魔物は、苦痛の声を漏らす。
動きが止まった間に、アシーリャさんは必死に距離を取った。
向き直り、再び長剣を構える。
雷爪熊の表情は、痛みと怒りで悪鬼の形相だ。
…………。
これは、予想以上に手強い相手だ。
(どうする?)
僕は、逃走も視野に入れて考え始めた。
どう考えても、アシーリャさんと1対1では分が悪い。
でも、弾丸の魔法が効かない。
アシーリャさんをサポートしようと思っても、雷爪熊を牽制するための攻撃が通じないんだ。
……いや、
(違う)
僕は考え方を変えた。
通じないなら、通じないなりのやり方をするんだ。
杖を構えて、
パシュッ
僕は、雷爪熊の顔を狙った。
ドパン
命中する。
雷爪熊はダメージはなくても、驚いた顔だった。
(あ……)
よし、効いたぞ。
僕は続けて、2発、3発と光の弾丸を撃った。
パシュッ パシュッ
『ガアッ!』
雷爪熊は、明らかに鬱陶しそうだ。
そして、僕に気づく。
次の瞬間、
「!」
その巨体は、僕を目がけて突進しだした。
ドドドッ
僕は焦りながら、
パシュシュッ
必死に牽制の弾丸を撃ち続けた。
でも、雷爪熊はそれを完全に無視して、僕に肉薄し、その前足を振り被った。
「杖君、防御魔法!」
僕は叫んだ。
僕の全身を『光の球体』が包み込む。
バキィン
(おわっ!?)
球体ごと、僕の身体が弾き飛ばされた。
バキバキ
周囲の草木を折りながら、大きな樹の根にぶつかり、止まる。
いたた……っ。
防御魔法のおかげか、怪我はない。
でも、魔法が切れた。
光の球体が消える。
その時、
「ニホさ、ん!」
アシーリャさんの必死な声が聞こえた。
顔をあげる。
離れた位置にいた雷爪熊が、両前足を振り上げていた。
バチチッ
その長い爪が青く輝き、激しく放電している。
(え……?)
僕は、その輝きを見つめた。
すぐに気づいて、
「杖君、もう1度、防御魔法!」
と叫んだ。
ピカン
杖君が光って、僕の周囲に『光の球体』が展開する。
同時に、雷爪熊が両腕を振り下ろした。
ギィイン
半月型の青い雷撃が空中を飛んだ。
それは、僕の周囲に展開したばかりの光の球体に激突して、激しい光を散らした。
(うわぁあ……!?)
僕は青い目を見開いた。
その眼前で、
バギィイイン
拮抗していた雷撃が四散した。
それは周囲の樹々を斬り倒し、放電が草木を焼いていく。
ズズゥン
倒れた樹が重い音を響かせた。
(何だ今の!?)
まさか……雷の斬撃?
あんな攻撃があるなんて……。
今更ながらに、僕は、目の前にいる熊の魔物の脅威度を思い知らされた。
ズシン
雷爪熊は怒りの形相で、僕へと歩きだした。
恐ろしい威圧感。
僕を獲物と認識している。
決して逃がさない、と。
その眼球に宿る殺意の光が明確に告げていた。
(…………)
僕は、恐怖した。
自分の死が明確に近くにあると感じた。
あの魔物は、死神だ。
そう思えた。
杖君を手に、けれど、次にどうすればいいのかわからない。
雷爪熊が駆けだした。
僕を殺そうと。
ドドドッ
その地響きが、妙に遠く聞こえる。
そして、
(……あ)
突進する雷爪熊と並行して、金髪の美女が走っている姿があった。
アシーリャさん……?
僕は驚く。
その目の前で、彼女は跳躍した。
タンッ
近くの樹を蹴り、より高く、雷爪熊より高く飛んだ。
長剣を逆手に構える。
そのまま落下。
自分の体重を加えて、
ドシュッ
雷爪熊の右眼に、思いっきり長剣の先端を突き立てた。
『ギャオッ!?』
悲鳴があがる。
僕に夢中だった雷爪熊は、完全にアシーリャさんの存在を忘れて、その素早い動きを見失っていた。
アシーリャさんも捨て身だったのだろう。
ドシャッ
彼女は受け身もできず、地面に転がった。
「アシーリャさん!」
その姿に、僕は慌てた。
必死にそちらに走る。
僕らのすぐそばでは、顔面を押さえた巨大な魔物が激しい咆哮を響かせながら、大きく仰け反っていた。
ギュッ
僕は、倒れたアシーリャさんを抱きしめて、
「杖君、防御魔法!」
ピカン
僕ら2人を『光の球体』が包み込む。
更に僕は、片手で白い杖を構えて、
「杖君、攻撃魔法!」
ヒィン
その先端に『虹色の光球』が発生して、それを投げた。
ドパァン
激しい爆発が雷爪熊の近くで発生した。
閃光と衝撃波。
それが光の向こう側で荒れ狂う中、
「攻撃魔法! 攻撃魔法! 攻撃魔法!」
僕は続けざまに叫ぶ。
虹色の光球が次々に生まれ、それが投げられた。
ドパァン ドパァン ドパァン
連続する爆発。
もちろん、それでは雷爪熊にダメージは与えられない。
けれど、深手を負った雷爪熊にとって、その閃光と衝撃波の連続は、あまりにも不快な攻撃だった。
だから、
『グルル……!』
雷爪熊は、こちらに背を向けた。
獲物を襲うよりも、自らの安全を優先して。
負傷を癒すことを優先して、その恐ろしい熊の怪物は、僕らの前から逃走したのだ。
ガササッ
斜面を駆けあがり、樹々の奥へと消えていく。
完全に気配が消えた。
…………。
僕は震えた。
恐怖か、安心か、わからない。
ただ、身体が震えて止まらなかった。
腕の中には、アシーリャさんがいる。
地面に落下した衝撃でか、彼女は左肩を脱臼しているみたいだった。
腕がダラリとしている。
でも、彼女は僕を見つめて、
「…………」
ポムッ
動く右手で、僕の髪を撫でた。
僕は泣きそうだ。
自分の情けなさと、アシーリャさんの優しさと、色々な感情が混ざっていた。
そんな僕の頭を、彼女は撫で続ける。
ピカピカ
杖君も心配そうに光っていた。
…………。
その日、僕らは雷爪熊の討伐クエストに失敗した。




