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018・散策

 買い物は終わった。


 でも、今日は休日にする予定だった。


 このまま帰るのは少し勿体ない気もするので、僕とアシーリャさんは、湖の方まで歩くことにした。


「……わぁ、綺麗だね」


 眼前に、美しい水の景色が広がっていた。


 レイクランドの町は、アルテナ湖の畔に造られた町で、その湖に面した通りは散策路になっていた。


 街路樹の間には、ベンチもある。


 近くには、クレープ屋の屋台もあった。


 そこでクレープを2つ買って、僕らはベンチに腰かけた。


 吹く風が気持ちいい。


 湖を渡って来たからか、少し涼やかだ。


 それは、アシーリャさんの金色の髪をサラサラと流れさせ、そのまま空に抜けていった。


 ハムッ ムグムグ


 そんな彼女は、クレープに夢中。


 どんな世界でも、女の人が甘い物好きなのは変わらないのかもね。


 そのアメジストの瞳が輝いていた。


(どれどれ?)


 ハムッ


 僕も一口。


 ん、これは美味しい!


 クレープの中には、たっぷりのクリームとフルーツが入っていた。


 甘さと酸味がちょうどいい。


 それにシンプルな味わいのクレープ生地がマッチしていて、その美味しさを余計に引き立てていた。


 うん、これは癖になりそう……。


 この世界の料理は、本当にレベルが高いね。


 僕らは、夢中でクレープを食べる。


 ちなみに杖君は、ベンチの手摺りに立てかけてあった。


 モグモグ……


 やがて、僕らは、ほぼ同時に食べ終えた。


(ふぅ……)


 満足、満足。


 すると、その時、アシーリャさんが僕の顔を見つめているのに気づいた。


 ん……?


 真正面から向けられる端正な美貌に、少しドキッとする。


「…………」


「…………」


 しばらく見つめ合う。


 やがて、彼女の白い手が持ち上がり、


 スイッ


 その指が、僕の口元をなぞった。


 指の先には、白いクリームが付いていて、


(……あ)


 僕の頬に、クリームが残っていたんだ。


 彼女は、それを取ってくれたみたい。


 僕は『ありがとう、アシーリャさん』と言おうと思った。


 でも、その直前、


 パクッ


 彼女は、その指を口に咥えた。


 長い舌で美味しそうに、僕についていたクリームを舐める。


「…………」


 な、何だろう?


 その様子を見てたら、少し恥ずかしくなってしまった。


 僕の様子に、彼女が気づく。


「?」


 不思議そうに首をかしげた。


 なんか頬が熱い。


 僕は誤魔化すように「ううん」と首を振った。


 彼女は、キョトンとしたまま。


 そんな僕ら2人の間を、湖を渡った涼やかな風がまた吹き抜けていく。


 ベンチの傍らでは、


 ピカピカ


 杖君が、からかうように点滅していた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 湖をあとにして、町中に戻ってきた。


 通りを歩く僕とアシーリャさんは、いつものように手を繋いでいた。


(…………)


 手が温かい。


 彼女は、僕より体温が高いみたいだ。


 でも、その温もりも心地いい。


 何だろう……?


 転生してから、ずっと休みなくクエストをしてきた。


 今日は、初めての休日。


 でも、うん……こんな休みも悪くないって、そう思えてしまったよ。


 僕ら2人と1本は、町をブラブラ歩く。

 

 特に目的はない。


 すると、いつの間にか、町の中心にある教会の近くまで辿り着いていた。


(へぇ……)


 白くて、立派な建物だ。


 町の人や巡礼者かな?


 開放された扉から、何人もの人が出入りしていた。


 実は、来るのは初めて。


 冒険者ガイドブックによれば、『天の神アラム』を祀る神殿らしい。


 この世界には、神様はたくさんいるそうだ。


 その中でも特に『天の神アラム』、『地の女神ガイシス』、『海の女神シィナ』の3つの神様が多くの人々に信仰されているんだって。


 このアークランド王国では、天の神アラムが人気。


 他の国では、女神様たちの方が人気だったりするようだ。


(ふぅん……?)


 僕は、ふとおじいさんを思い出した。


 もしかして、天の神アラムって、あのおじいさんのことだったりして……?


 違うかな?


 少し気になった。


 この教会には、創世の神様の像もあるという。


(――うん)


 僕は、隣の金髪の美女を見て、


「アシーリャさん、ちょっと教会の中に入ってもいい?」


 と聞いた。


 アシーリャさんは、僕を見る。


 ぼんやりした表情で、


「……い、や」


 と答えた。


 …………。


 ……え?


 今、『いや』って言った?


 ちょっと驚いた。


 アシーリャさんは、これまで、あまり自発的な意思を見せない。


 だからかな?


 こちらの頼みを、基本的には『は、い』と、いつも受け入れてくれていた。


 でも、今回は初めての拒否だった。


 何で……?


 僕は、彼女を凝視してしまった。


「中に入りたくない?」


「は、い」


「……そう」


「…………」


 彼女の真意はわからない。


 でも、意思は固そうだった。


 彼女の記憶にない『昔の彼女』にとって、教会は拒否すべき何かだったのかな?


 その影響かも……?


(……う~ん)


 無理強いはできない。


 でも、やっぱり神様の像も確かめてみたい。


 僕は頷いて、


「わかった」


「…………」


「じゃあ、僕だけ教会に入るよ」


「…………」


「でも、すぐに戻ってくるから、アシーリャさんは教会の外で待っててくれる?」


「……は、い」


 その提案には、彼女も了承してくれた。


 うん、よかった。


 僕は安心して、


「じゃあ、行ってくるね」


「は、い」


 彼女を外に残して、杖君と共に教会の中に入っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 教会の中は、荘厳な雰囲気だ。


 前世の神社や仏閣、そんな神聖で静謐な空気感があった。


 窓はステンドグラス。


 天井はとても高い。


 入った所は礼拝所になっていて、何人かが長椅子に座ってお祈りをしていた。


(ほぇぇ……)


 僕も椅子に座る。


 礼拝所の正面には、高さ5メートルぐらいの像があった。


 これが、


(天の神アラム様……?)


 まじまじ見つめる。


 白い衣装を身にまとい、長いひげを生やした男の人の像だ。


 手には槍を握っている。


 おじいさんっぽい……?


 でも、筋肉があって、もう少し若い印象だ。


 神様の像だからか少し抽象的で、あのおじいさんのようにも、そうでないようにも見える。


 どっちだろう?


 ちょっとわからない。


 わからないけど、とりあえず、おじいさんのつもりで僕は手を合わせた。


 転生の感謝を。


 無事に生きていることを。


 杖君とも仲良くやっていることを。


 アシーリャさんと出会ったことを。


 色々と報告して、祈った。


 …………。


 やがて目を開けて、顔をあげる。


 厳かな神様の像だ。 


 アシーリャさんは、なぜ教会に入るのを嫌がったんだろう?


 わからない。


「…………」


 僕はしばらく、神像を見つめた。


 やがて席を立つ。


 最後に一礼してから、彼女の待っている教会の外に向かった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「お待たせ」


「…………」


 アシーリャさんは、普通に待っていた。


 よかった。


 勝手にどこかに行ったり、誰かに声をかけられてついて行ったりしないか、少し心配だったんだ。


 杞憂で本当によかった……。


 彼女は、僕を見つめた。


「…………」


「?」


 何だろう?


 僕は「どうしたの?」と聞く。


 彼女は答えない。


 代わりに手を伸ばしてきて、僕の手を握った。


 ギュッ


 少し強めの指の力だ。


 まるで、僕がどこか行ってしまわないか、心配してた感じだ。


 いやいや。


 僕の方が保護者だよね?


 でも、彼女的には、自分の方がそのつもりなのかな。


 ……ま、いいや。


 買い物、散策、礼拝、色々と楽しんだ。


 うん、いい休日だった。


 僕は笑って、


「そろそろ、帰ろっか」


「は、い」


 今度は、彼女も頷いた。


 そうして、僕らは帰路につく。


 やがて、30分ほど歩いて、宿屋へと辿り着いた。


(さて……っと)


 明日から、またがんばろう。


 そう思っていると、宿の主人に声をかけられた。


 ん……?


 話を聞くと、


「え? 警備局からの手紙?」


 と、1通の封書を渡された。


 アシーリャさんの閉じ込められていた馬車の調査、その報告が書かれているとのことだ。


「…………」


「…………」


 僕らは、この手の中の封書を思わず見つめてしまった。

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