012・火狼
1時間ほど街道を歩いて、森に着く。
いつもの森だ。
でも、昨日、薬草がなかったので、今日は森の奥まで足を延ばした。
アシーリャさんもついて来る。
「…………」
見た感じ、彼女に変化はない。
森の奥で、彼女は馬車の檻に閉じ込められていた。
だから、森に入ったら辛かったことを思い出すんじゃないか心配だったんだ。
でも、大丈夫そう。
うん、よかった……。
やがて、森の中で、
「杖君、お願い」
ピカッ
僕のお願いを聞いて、杖君はピィン……と光の波紋を広げた。
(お……)
ある、ある。
ハイライトされた薬草が森のあちこちにあった。
僕は笑って、
「今から、あれを集めるんだよ」
「…………」
コクッ
アシーリャさんは頷いた。
それから僕は、いつものようにナイフで薬草を集めていく。
サクサク
アシーリャさんは、後ろから僕の作業を見守った。
…………。
…………。
…………。
30分ほどで、薬草20本が集まった。
あと10本。
もう少しだ。
そう思った時、
「!」
ピクッ
アシーリャさんが何かに反応して、顔をあげた。
(ん?)
どうしたの?
そう聞こうとして、その直前、杖君もピカピカと光り出した。
え……?
それは警告の光だ。
僕は慌てて立ち上がり、白い杖を構えた。
すると、森の奥、アシーリャさんが見ている方角の茂みが、ガサッと大きく揺れた。
「!」
そこに『真っ赤な狼』がいた。
赤い毛皮。
眼も牙も赤くて、その牙からはボボッ……と炎がチラついていた。
魔物だ。
名前は、確か『火狼』。
冒険者ガイドブックに載っていた森の魔物の1種だった。
グルルッ
口唇をめくり、牙を剥き出す。
強い威圧感。
角ウサギとは比べ物にならない危険な圧力だ。
1対1なら、生物として人間は勝てない。
そう本能が訴える。
に、逃げられるかな……?
ドキドキ
少し鼓動が速くなる。
そして、その赤い狼の魔物は、
ダッ
僕らへと襲いかかってきた。
(!)
僕は白い杖を前に出して、
「杖君、防御魔法!」
と叫んだ。
ピカン
杖君の先端が虹色に輝き、2人の周囲を『光の球体』が包み込んだ。
パキィン
赤い狼が弾かれる。
牙の炎が、空中に火の粉を散らした。
グルルッ
狼の眼には、怒りがあった。
(うわぁ……)
諦めてくれそうにない。
と思った瞬間、狼の口が限界まで開いて、
ボバァン
そこから30センチほどの『火の玉』が飛び出した。
「!?」
僕は目を見開く。
ドパァン
火の玉は防御魔法にぶつかって、激しく散った。
僕らは無傷。
だけど、
(この狼、火を吐くの?)
かなり、びっくりだ。
赤い狼は、それから何度も火の玉を吐いた。
ドパン ドパァン
幸いにも『光の球体』の防御力の方が上回っているようで、火の玉は貫通してこない。
でも、しつこい。
どうしよう……?
また攻撃魔法で、相手を気絶させようか……?
そう思っていると、
「…………」
ふと、アシーリャさんの視線に気づいた。
彼女は、僕を見ている。
そして、
ポム
僕の頭に、白い手を乗せた。
(え……?)
僕はポカンとする。
すると、次の瞬間、アシーリャさんは前方に歩きだした。
スッ
光の球体を通り抜ける。
防御魔法は、外側からの物体は防いでも、内側からは通れるみたいだ。
(……って)
僕は、ハッと我に返った。
「アシーリャさん、危ない!」
そう叫ぶ。
けど、彼女は振り返らない。
歩みも止まらない。
そして火狼も、出てきた獲物に気づいた。
ガゥアッ
大きく吠えた。
そして、アシーリャさんを喰い殺そうと、牙を剥いて彼女に飛びかかった。
ヒュッ
その大口の中に、剣先が入った。
(――え?)
アシーリャさんは、いつの間にか、長剣を真横に構えていた。
いつ、鞘から抜いたのか?
僕には、まるで見えなかった。
そして、狼の魔物は驚きの表情で、突進の勢いのまま、自らそこに突っ込んでいく。
ガシュッ
剣先が後頭部に抜けて、
ヒュコン
彼女は金髪をなびかせ、長剣を振るった。
狼の頭部が、2つになった。
ズシャア
残された胴体が地面に落ちる。
血だまりが広がる。
真っ赤な魔物は、そのまま、ピクリとも動かなくなった。
「…………」
「…………」
えっと……。
言葉が出てこない。
アシーリャさんは、ぼんやりした表情のまま、血濡れの長剣をダラリと握っていた。
ピカン
杖君が光った。
(……あ)
ようやく我に返った。
気づけば、アシーリャさんがこちらに戻って来た。
僕は、彼女を見上げて、
ポム
その白い手が、また僕の頭に置かれた。
撫でられる。
…………。
もう大丈夫だよ、そう言っている気がした。
ああ、そうか。
彼女は、僕を守ろうとしてくれたんだ。
僕は、
「ありがとう、アシーリャさん」
「……は、い」
彼女は、小さくはにかんだ。
初めての笑顔。
頬には、少しだけ返り血が付いていた。
…………。
それにしても、うん……アシーリャさんって、実は強かったんだね。
◇◇◇◇◇◇◇
アシーリャさんは、実は剣士だったのかな?
でも、本人に聞いても、
「???」
という反応。
記憶がないのか、やっぱり心が壊れてしまっているのか、どちらにしろ真相はわからない。
でも、わかっていることもある。
彼女は、僕を守ろうとした。
要するに、彼女の本質は『優しい人』なのだ。
(……うん)
それで充分。
本当の彼女が誰であれ、僕にとってはそれだけで充分だった。
…………。
…………。
…………。
なんてことを考えている内に、薬草30本も集まった。
幸い、あれ以降、魔物も出ていない。
「さぁ、帰ろっか」
「は、い」
彼女は、素直に頷いた。
杖君も、
ピカン
と、労うように光ってくれた。
そこから僕らは森を出て、いつもの街道を南下し、レイクランドの町に戻った。
その足で、冒険者ギルドへ。
薬草を納品。
報酬の110ポントをもらった。
(よしよし)
これで、今日の宿代も確保。
ホッと一安心だ。
そして今回は、もう1つ、『火狼の毛皮』と『火狼の牙』も買い取ってもらえた。
一応、素材を取っておいたんだよね。
そして、その金額は、
「え? 100ポント!?」
僕は驚いてしまった。
薬草集めのクエストと同じ額だ。
マーレンさん曰く、
「毛皮の胴体に傷がなかったし、火の牙も欠けてなかったから、高品質ボーナスもついたのよ」
なんだって。
(……そっか)
アシーリャさんが本当に一瞬で倒したから。
だから、付加価値がついたんだね?
当の本人は、
「……?」
と、よくわかってない顔だったけど。
何にしても、嬉しい誤算。
杖君も、
ピカピカ
と、明るく輝いた。
そんな僕らに、マーレンさんは優しい顔だ。
それから、
「ねぇ、ニホ君?」
「ん?」
「ニホ君たちが『火狼』も倒せるなら、今後は討伐クエストも受けてみないかしら?」
「え……?」
「薬草集めもいいけれど、報酬の額が5~10倍は違うの」
「……う、うん」
「もちろん危険にはなるけれど」
「…………」
「でも、ニホ君たちの実力なら大丈夫だと思うの。だから、もしよかったら、考えてみてね」
なんて、提案された。
討伐クエスト……か。
…………。
その日の宿屋までの帰り道、僕は、アシーリャさんの横顔を覗き見た。
あの剣捌き。
その実力。
そして僕には、杖君もいる。
(……うん)
僕は、心の中で頷いた。
すると、その時、僕の視線に彼女も気づいた。
金髪を揺らして、
「?」
と、首をかしげた。
僕は「ううん」と首を振った。
不思議そうに僕を見つめる彼女の手を、
キュッ
と、自分の手で握った。
柔らかく、温かな手。
それを握りながら、
「明日からもがんばろうね、アシーリャさん」
「……は、い」
彼女は頷いた。
そうして僕らは手を繋いだまま、夕暮れの道を歩いていった。