011・買い物
「んん……?」
その朝、僕は、甘い匂いと柔らかな温もりで目が覚めた。
まぶたを開ける。
すると、目の前には、黄金の流れと白い柔肌の双丘があった。
(ふぁっ?)
愕然として、飛び起きる。
僕と同じベッドには、金髪の美女が一緒に横になっていて、直前まで僕を胸に抱きしめていたんだ。
…………。
え、何で……?
確か昨日、僕は宿の部屋を2人部屋にしたはずだ。
だから、ベッドも2つ。
金額も1泊2食付きで、50ポント(約5000円)になった。
視線を巡らせる。
僕のベッドの隣に、もう1つベッドがある。
ただし、空っぽ。
そこに寝ていたはずの女の人は、なぜか僕のベッドに移動していた。
「…………」
う、う~ん?
寝ぼけてベッドを間違えたのかな?
それとも、抱き枕が欲しくなった……とか?
どちらにしても、アシーリャさんは僕のベッドにいて、今、とても安らかな寝顔を見せていた。
「すぅ、すぅ」
「……はぁ」
ため息を1つ。
自分の頬に触れる。
っていうか、さっきまで押しつけられてたのって、アシーリャさんのおっぱい……。
ボッ
思い出したら、顔が急に熱くなった。
その時、
ピカ ピカン
(はっ!)
ベッド脇に立てかけてあった杖君が、からかうように点滅した。
ち、違うんだよ。
これは不可抗力なんだ。
ピカカン
杖君、何だか楽しそうだ。
いや、だから違うんだってぇ……!
慌てふためく僕の後ろで、
「……ぅん……むにゃ」
金髪の眠り姫は、幸せそうに口元を動かしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
15分後、彼女も目を覚ました。
寝ぼけた顔。
でも、元々が整った美貌なので、それも可愛かった。
僕はため息。
それから苦笑して、
「おはよ、アシーリャさん」
「…………」
「…………」
「……お、はよ……ござ、ます」
ペコッ
彼女は小さく会釈した。
寝癖のある金髪が肩からこぼれて、大きな胸元を流れた。
うん、ボサボサだ。
僕はベッドに座ったままの彼女の後ろに回って、
「もうすぐ朝食だよ」
「…………」
「でも、食堂に行く前に、髪だけでも整えようね」
と、手を伸ばした。
シュッ シュッ
ブラシがないので手櫛だけど、許してもらいたい。
「…………」
アシーリャさんはジッとしてる。
というか、むしろ僕に髪を撫でられて、何だか心地良さそうな表情だった。
シュッ シュッ
うん……綺麗な髪だね?
とても細くて、けれど芯があって、触っていて気持ちいい髪質だった。
黄金の輝きも美しい。
(う~ん)
今度、ブラシを買ってあげようかな。
多分、この金色の髪は、手入れをしないと勿体ない髪だ。
…………。
やがて、寝癖もだいぶ収まった。
よし。
「じゃあ、朝ご飯、食べに行こっか」
「……は、い」
彼女は、コクンと頷いた。
そうして僕は杖君も手にして、アシーリャさんと食堂に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
アシーリャさんは、出された食事を残さず食べた。
うん、いい食欲。
数日間、檻に閉じ込められて衰弱していたとは思えないぐらいだ。
でも、いいことだよね。
きっと、杖君の回復魔法がとても効いたのかもしれない。
「…………」
ケプッ
満足そうに息を吐く彼女に、僕は少し笑ってしまった。
…………。
食事後は、2人で冒険者ギルドへ。
受付で、いつものように『薬草集め』のクエストを受注した。
「…………」
その様子を、アシーリャさんはぼんやり見ていた。
さてっと。
受注したあと、町を出発する前に、僕は彼女を連れて冒険者ギルドの隣にある商店に向かった。
ここは、武器、防具、道具などを扱っているお店だ。
客も冒険者ばかり。
なぜ、ここに来たのかって?
それはもちろん、アシーリャさんの装備を買うためだ。
今の状態の彼女を1人で宿に残しておくのは不安だし、かと言って、さすがにワンピース1枚で森に行くのも問題だよね……?
そんな訳で、買い物だ。
(えっと……)
とりあえず、動き易いシャツとズボンかな。
ガサゴソ
サイズだけ合わせて、試着室で着てもらう。
「…………」
何とか理解してもらえたみたいで、着替えてくれた。
シャッ
試着室のカーテンが開く。
(わ……)
出てきたアシーリャさんは、男装の麗人というか、シャツとズボン姿が凄く似合っていた。
背丈もある。
だから、とても凛々しい感じ。
僕は頷いた。
「うん、凄く似合ってるよ」
「…………」
彼女は、少しうつむいた。
(???)
もしかして、照れてる?
ま、それはいいとして、彼女は金髪も長くて太もも辺りまで毛先が届いていた。
このままだと動き辛いかも?
なので、首の後ろと毛先の方、2箇所を紐で結ぶ。
(うん)
いい感じ。
アシーリャさんは首を左右に動かして、長い金髪が尻尾みたいに揺れるのを不思議そうに眺めていた。
とりあえず、服はこれでいいかな。
あとは、護身用に何か欲しいかも……。
ということで、次は武器、防具のコーナーへと向かう。
…………。
剣、槍、弓、盾、鎧……などなど、色々あるね。
(何がいいかな?)
予算も有限だ。
杖君もいるし、何か1つあればいいだろう。
キョロキョロ
僕は、商品たちを眺める。
すると、
「…………」
アシーリャさんは、そんな僕を追い越して『剣』の並んだ陳列棚に向かった。
(え……?)
僕は驚く。
慌てて追いかけた。
彼女は、並んだ剣たちを、首をゆっくり巡らせて眺めた。
そして、
カチャッ
その1本を手に取った。
(長剣?)
それは、刃渡り1・5メートルもあるロングソードだった。
彼女は、その剣を見つめる。
(…………)
僕は、長剣とアシーリャさんの顔を交互に見比べた。
そして、聞く。
「それが欲しいの?」
「は、い」
コクン
彼女は機械的に頷いた。
そうして自発的な意思を見せたことに、ちょっと驚く。
値札を見た。
(うへ……っ)
お値段1500ポント、約15万円だ。
長剣自体は初心者用で、値段としては安い物だ。
だけど、現在の僕の持ち金は、なんと1520ポントだった。
買ったら、残金20ポント……。
本当にギリギリだ。
今日の宿代のためにも、本日のクエストは絶対に成功させないといけない。
(うむむ……)
な、悩む。
アシーリャさんは長剣を抱えたまま、アメジスト色の瞳で不安そうに僕を見つめた。
潤んだ眼差し。
…………。
買って、彼女に使えるのか?
もう少し安い武器を探した方がいいんじゃないか?
色々思った。
けど、
「わかったよ」
「…………」
「アシーリャさんが欲しいって、初めて自分で言ったんだもん」
「…………」
「それ、買おうね」
「は、い」
彼女は頷いた。
いつもぼんやりした表情は、少しだけ嬉しそうだった。
ピカピカ
杖君も明るく光る。
(うん)
僕も笑った。
また今日からがんばって稼ごうっと。
それでいいのだ。
そうして僕たちはお店をあとにして、薬草集めのため、レイクランドの町を出発したんだ。