010・保護
町に到着した。
正面門の前には、門番のおじさんがいた。
僕は、森で見つけたアシーリャさんを連れて、そちらに向かう。
「おじさん」
「ん? おぉ、ニホか、おかえり」
「うん、ただいま」
「おや……そちらの人は?」
僕の隣にいる金髪のお姉さんに、おじさんは不思議そうな顔をした。
僕は頷いて、
「実は、森でね――」
と、事情を説明した。
話を聞いた門番のおじさんは「ええっ?」と驚いた顔だった。
その間、
「…………」
当のアシーリャさんは、ぼんやりした表情で空を見上げていた。
う、う~ん?
多分、自分の話だってわかってないのかな……。
それから門番のおじさんは『レイクランド警備局』という所に連絡を行った。
前世の警察、かな?
20分ほどして、サーベルを提げた制服姿の男の人が2人やって来た。
僕は冒険者カードを確認されて、彼らにももう1度、事情を説明することになった。
…………。
警備局の人たちは『事件か、事故の可能性がある』と判断して、その馬車の調査をすると言った。
そして、問題はアシーリャさん。
彼女は、身元のわかる物を何1つ持っていなかった。
警備局の人も、
「君の名前は?」
「…………」
「出身はどこかね?」
「…………」
「いったい、何があったのかな?」
「…………」
「こちらの言っていることを理解しているかね?」
「…………」
「お~い?」
「???」
「……はぁ」
彼女のあまりの反応のなさに、困り果てていた。
(……うん)
言葉が通じてないというより、なぜ自分に話しかけてくるのかわからない……って感じだね。
どうも周りに興味がないみたい。
警備局の人たちは『檻に閉じ込められた恐怖で、心が少し壊れてしまったのかもしれない』と言っていた。
僕らは、アシーリャさんを見つめた。
僕は少し迷って、
「あの、すみません」
と、警備局の人に話しかけた。
彼らは「ん?」とこちらを見る。
僕は聞く。
「その、このあと、アシーリャさんってどうなるんですか?」
「そうだね。家族や住所もわからないし、事情が事情だから、教会で預かってもらうことになるだろうな」
「教会、ですか」
「孤児院もあるからね。まぁ、孤児ではないが……」
「なるほど」
僕は頷いた。
すると、その時、
ピクッ
長い金髪を揺らして、アシーリャさんが反応した。
「…………」
キュッ
僕の白いローブを、再びその指で掴んでくる。
(え……?)
僕は驚く。
クイクイ
自分のローブを軽く引っ張るけれど、彼女の手は離れない。
その反応に、他の人も驚いた様子だ。
僕は顔をあげ、
「アシーリャさん?」
「…………」
僕の呼びかけに、彼女は答えない。
けれど、そのアメジスト色の瞳は何かを訴えるように、僕の顔をジッ……と見つめ続けた。
(えっと……)
困っていると、
ピカピカ
杖君が光った。
それは何かを促しているようで、
(え、本気……?)
僕はびっくりだ。
もう1度、アシーリャさんを見る。
「…………」
彼女は、ただ僕の顔を見つめていた。
僕は迷って。
でも、
「えっと、アシーリャさん、よかったら僕と一緒にいる?」
思い切って、そう聞いた。
彼女の瞳が輝いた。
そして、
「は、い」
長い金髪を揺らして、彼女は大きく頷いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
結局、アシーリャさんは僕が引き取ることになった。
(やれやれ)
でも、仕方ない。
きっと、これも何かの縁なのだろう。
今の所、仕事も収入もある。
しばらくの間、彼女1人ぐらいを養っていくことはできるしね。
警備局の人たちは、今後、また聴取する可能性があること、何かわかったら知らせてくれることを約束して帰っていった。
そして門番のおじさんは、
「じゃあ、その子の分の入町税は、ニホに払ってもらおうかな」
「…………」
え、僕が……?
チャリン
本当に、100ポント、取られました。
しくしく。
今日の稼いだ分、丸々なくなっちゃったよ……。
そんな悲しむ僕を、
「……?」
アシーリャさんは不思議そうに見ていた。
…………。
…………。
…………。
町に入った僕は、アシーリャさんを連れて、即、冒険者ギルドを訪れた。
受付には、ハーフエルフの受付嬢さんがいた。
僕は、そこに走って、
「すぐにアシーリャさんの『冒険者登録』してください!」
と頼んだ。
マーレンさんは「はい!?」とびっくりした顔だ。
かくかく、しかじか。
事情を説明すると、彼女は目を丸くして、僕の隣の金髪の女の人を見つめた。
それから、
「なるほど、わかったわ」
と苦笑する。
よかった……。
これで、アシーリャさんが町を出入りするたび、1万円も支払うことはなくなるのだ。
僕も一安心である。
ホッと息を吐いていると、
「でも、ニホ君? どうして君がそこまでするの?」
「え?」
「確かに彼女の境遇には同情するわ。でも別に、君が、そこまで彼女のためにする必要はないのでしょう?」
「…………」
そう言われると、そうなんだけど……。
僕は考える。
そして、こう答えた。
「僕は、彼女を拾ったから」
「…………」
「捨て犬や捨て猫を拾ったら、最後まで面倒見ないといけないでしょ? それと同じ」
「…………」
「拾った以上、がんばるよ」
「そう……」
マーレンさんは、驚いた顔だった。
でも、すぐに、
クスクス
口元を手で押さえて、小さく笑う。
「そっか」
「…………」
「わかったわ。それじゃあ、登録してしまいましょうね」
「うん」
「ニホ君は、本当にいい子ね」
マーレンさんは、そう優しい声で呟いた。
ピカピカ
杖君も、なぜか点滅する。
(???)
僕はキョトンだ。
やがて、すぐにアシーリャさんの『冒険者登録』の手続きが完了した。
キラキラ
綺麗な金属カード。
アシーリャさんは、受け取ったそれを珍しそうに眺めていた。
(うんうん)
なんだか微笑ましい。
気づけば、もう夕方だった。
今日の所は、宿に帰ろう。
(あ……)
考えたら、宿代も僕が払わなきゃいけないんだよね?
とほほ……。
でも、仕方ない。
「アシーリャさん、宿屋に行こう?」
僕は、声をかけた。
彼女は長い金髪を揺らして、僕を振り返った。
キュッ
その指が、またローブの裾を摘まむ。
(…………)
僕は少し考えて、
ギュッ
その指を外すと、彼女の手を自分の手で握った。
ほんのり温かい。
アシーリャさんは、少し驚いた顔をした。
僕を見る。
僕は笑って、
「じゃあ、行こっか」
「……は、い」
彼女は頷いて、繋いだ手に引かれるように歩きだした。
しばらく進み、
「…………」
キュッ
すると、触れている彼女の指も、少しだけ強く僕の手を握り返してきたんだ。