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Rの物語 前編

◆ Rの物語 ◆





ずっとずっと震えていた。怖くて怖くて仕方がない。あたしはあたしの力が怖かった。震えて眠るあたしに寄り添ってくれたのはたった一人、エリザ姉様だけだった。


だから、あたしは怒る。姉様のために。


生まれつき持っていた強大な魔力に振り回される毎日だった。赤ん坊の時は泣くだけで、窓のガラスが壊れたとか。ちょっと触っただけで、大理石でできた花瓶が真っ二つになったとか。覚えてはいないけどね。


そんなわけで、あたしは半ば幽閉されるように、屋敷の地下の部屋に押し込められていた。だけど、どんなドアも簡単に破壊できたから、すぐに出ることが出来た。そうして、お父様もお母さまもメイドもこの家にいる者は一人を除いてみんなあたしを怖がった。


たった一人の例外が、あたしの双子の姉であるエリザ姉様。


何故だかあたしの魔力も姉様の前だと安定しているというか、暴走しないらしい。姉様のおかげで、あたしは段々と強大な魔力をコントロールできるようになっていった。


小さい時……7才くらいの時だったかな。エリザ姉様とかくれんぼをしていた。隠れなきゃ、みつからないように……と思っていたら、あたしの体がすうっと透明にすきとおり、誰にも見えなくなってしまった。


透明人間。


そんな言葉も今では知っているけれど、その時は、何が起こったのかわからなくて、あたしはパニックになった。


喚いて、魔力を暴走させて、ソファや椅子は天井にぶつかって壊れて。壁に掛けられている油絵は、ずたずたになって。怯えて震えているメイドの頭に食器が降りそそいだりして。屋敷の中は滅茶苦茶になった。


でも誰にもあたしの姿が見えなかったから、あたしを止めることも地下に押し込めることも出来ずにいた。


だけど、エリザ姉様は……。魔力が渦巻いている中心にきっとあたしがいると思って、すっと床に座り、そのまま両手を前に伸ばした。


「いらっしゃい、ルクレチア。姉様の腕の中に」


あたしは、駆け出して……姉様の腕の中に飛び込んだ。


「姉様姉様姉様姉様ねえさ……、こわいよ、こわいっ!あ、あたしが……無くなっちゃうっ!」


泣きじゃくるあたしをぎゅっと抱きしめて、落ち着かせるようにあたしの背を優しく撫ぜてくれた。


「大丈夫よ、ルクレチア。ほら、姉様がちゃーんと貴女を抱きしめているでしょう?」


暴走しそうなときは、姉様に抱きついたり、手を握ってもらったりしていた。


姉様は不思議。


もしかしたら、姉様は神様とか天使様とか、そういう存在なんじゃないかと考えてこともある。だって、あたしの魔力がどんなに暴走しても、姉様だけはかすり傷さえ負わなかったんだもの。


そして、エリザ姉様に「癒しの力」があるとわかったのはあたしたちが15歳の時


流行り病に侵されて、生死の境をさまよっていたお父様とお母様。


「どうか、この病が一日も早く治りますように」


お母様の手を握って、そう願ったエリザ姉様。……そうして、お母様は瞬時に健康を取り戻した。


お父様にも同じようにエリザ姉様は祈った。……やっぱり、お父様もすぐに元気になった。


姉様に感謝……したのかしらね、お父様とお母様は。わからないけれど、お父様とお母様は、似たような病気の人を、姉様に治させた。


「聖女だっ!病を癒す聖女なんだ我が家の娘はっ!」


噂が、次第に大きくなった。


噂を聞き付けた、アッヘンバッハ家の侯爵様は「息子の、モンドリアンの病気を治してくれ……」と頭を下げた。



後はもう、急坂を転がるように、たくさんの人を治療し続けなければならなくなった。


そして……姉様の体調はどんどんどんどん悪くなっていった。ふかふかだった肌は、枯れ木のようにガサガサに。呼吸は荒く、歩くのさえ、あたしが支えていなければ無理になった。髪だって、あたしと同じ、はちみつ色をしていたはずなのに、枯草のように色が抜けて行って……まるで老婆のような白髪となった。ううん、その時はそれでもまだマシだった。


病を治しているんじゃなくて、エリザ姉様がその病を吸い取っているだけなんじゃないか。そう思い至った時には既に遅かった。


白髪が、黒に変わる。何年もかけて、ゆっくりと変化していったから、多分、他の人にはわからなかったのかもしれない。元々黒髪だとさえ思われていたのかもしれない。でも両親は。


「髪の色が変わるくらいがなんだというんだ?それより聞け。エリザをカイル殿下の婚約者にしてもらったぞ。これで我が家は安泰だ。感謝しろエリザ。お前がゆくゆくはこの国の王妃になれるんだぞ」


姉様のことなんてちっとも大事にしない。姉様の治癒の力でどんどんのし上がる。地位は上がり、屋敷には金銀財宝がこれでもかというくらいに運び込まれるようになった。


姉様は、文句の一つも言わずにお父様に従った。


ベッドから起き上がるのもしんどいくせに、無理やりに体を起こして王妃教育のために王宮に向かう。「お勉強が終われば、カイル王子とお話とか、出来るから」なんて頬を染めて。……仕方なく、あたしが魔力を使って姉様の体を支えた。


熱が高いというのに、治療に駆り出された時には、姉様の体の熱を、姉様が感じないように……あたしの魔力で神経を麻痺させた。


「もうやめようよ姉様。これ以上は無理だよっ!」


エリザ姉様は辛さを押さえつけて無理に笑う。姉様は本当に優しいから、自分の身を犠牲にしても誰かを救ってしまう。


もうやめてよ。あたしは両親に訴えた。


「お父様もお母さまも。姉様のことを見てよっ!治癒なんてこれ以上したら姉様が死んじゃうじゃないっ!」


金銀や宝石に囲まれている両親を睨む。魔力で、無理やりに、手足でも折ってやろうかと思った。というか実際にやった。……でも、姉様がすぐに治してしまった。そして、ますます姉様の体は悪くなった。本末転倒とはこのことだ。


両親がダメならカイル王子に直接頼もう。姉様をお后にするのなんてやめてください。そんなことよりももう姉様を休ませてあげて。姉様の体は治癒の力を使いすぎてもうボロボロなんですっ!


訴えようと面会を申し込んだら……カイル王子はあたしを見て、こう言った。


「后にするなら、あんな幽霊のような女じゃなくて、君のような明るいはちみつ色の髪の可愛い子が良かったなあ。あのばさばさの黒髪なんて触れることさえ厭わしいんだよね。君たち顔は似ているけど、あっちは老婆のような皴まであるし、将来の后にふさわしくないと思っていたんだよ。聖女とか言われてるけど、君の方がよっぽど聖女っぽいよね」


あたしを抱き寄せて、あたしの頬を撫ぜて「あの女とは違って、君の頬はすべすべで、赤ちゃんみたいにきれいだね」とか、にやけた顔したカイル王子。


誰のおかげでその目が見えるようになったかわかってるの?姉様はあんたのおかげで視力のほとんどを失った。もう文字なんか読めないから、あたしが魔法で直接姉様の頭の中に文字を映しているけど。そこまでして、姉様はあんたのためにかんばっているのに。


こんな男の、どこを姉さまは好きになったんだろう。


王子だから?顔がいいから?


ううん、外見で左右されるような姉様じゃない。


優しい言葉をかけてもらったから?


そんなの、姉様がカイル王子の目を治したすぐ後の、ほんのちょっとの期間だけじゃない。


それでも姉様は、アンタに花をもらったとか一緒にお茶を飲めたとか、そんな些細なことで喜んでいた。


恋する乙女のように。ううん、ようにじゃない。きっと姉様は、王子のことが好きで、だから、しんどい身体でも、健気にお后教育をがんばっているのね。


……ホントはこんな、姉様が好きになるような価値のないクズなのに。


怒りに震えるあたしを、恥ずかしがっているとか、男に慣れていないだとか、カイル王子は勘違いしたらしい。


怒りを抑えるために、右手で左手の手首を強く抑えた。爪が、手首に食い込んだ。耐えて、なんとか「姉様との婚約を破棄してください」と、あたしは訴えた。


「婚約破棄はなかなか難しいから……、そうだ、君が協力してくれるかいルクレチア。王族の婚姻なんて家と家の結びつきだから、婚約者をエリザからルクレチアに変更することくらいは造作もないだろう。エリザは……そうだな、何らかの瑕疵があったとして、修道院にでも入れててしまおうか、国外追放でもいいかなあ」


滔々と続くカイル王子の声。


ふざけるな。


怒りで、目の前が真っ赤に燃えたのかと思った。地獄というものがもしもあるのなら、そこにこいつを突き落としてやりたい。


でも、あたしはにっこりとカイル王子に笑いかけた。


「殿下と婚約できるなんて……」


笑顔を顔に張り付けて、小さくつぶやいてやる。恋する乙女のような、蕩けた眼差しを、カイル王子に向けてやる。


ついでに、魔力も総動員して、カイル王子をあたしに惹きつけるように仕向ける。


魅了、という力。


あたしを好意的に思うよう、好きになるように……、その力をばらまいた。


カイル王子、ヴァレオ、モンドリアン。ブライジルやヴィヴィオス、レスタント……。王宮にいる侍女や衛兵に至るまで。


皆あっさりと、あたしに夢中になった。誰も彼もがあたしを好きになった。


「カイル王子にはエリザという婚約者がいるけれど、君はまだ誰とも婚約をしていないだろう?だから……、ぜひこの俺と、婚約を」


そんなふうに言って、いくらするのかも知らない宝石や指輪を差し出してきたブライジルやヴィヴィオス、レスタント達。




「ちょっと待てよ。私だってエリザなんかと婚約を破棄すれば、ルクレチアを私の后として迎えることができるんだ」


コドモの、恋愛遊戯のようだった。あたしの気を引こうかと、みんな必死になって、ドレスやら宝石やらを贈ってくる。……馬鹿みたい。




そうしてあたしは頃合いを謀って、「本当は……エリザ姉様には、聖女の力なんて、癒しの力なんてないの……」と、弱々しく言ってやった。


後はカイル王子たちが勝手に誤解に誤解を重ねていった。特にモンドリアンのやつの誤解は顕著だった。


「おかしいと思っていたんだ。ボクの体を癒してくれた聖女は確かに髪の色がはちみつ色だった。エリザは黒髪だし……。本当はルクレチア、君が聖女なんだろう?あいつは、エリザは、ルクレチアが治してくれたボクの体のことを、自分が治したって出しゃばったんじゃないの?」


「そう、思ってくださるのですか?モンドリアン様……」


違うともそうだともあたしは言わなかった。だけど、モンドリアンの言葉を肯定するかのように、潤んだ瞳でモンドリアンを見つめてやった。


傷や病を癒したのは、エリザ姉様ではなくてこのあたしだと。誰も彼もが誤解していく。


もうこれで、婚約破棄は確実だった。あとは、姉様がその身の内にため込んだ病や傷を本人に返させる方法だった。


姉様は優しい人だから、カイル王子に婚約破棄された程度では、姉さまの体をそのままに、ただそっと、この国を去るだけにしてしまうでしょう?


だから、したくもない媚も売った。触りたくなんてないけど、カイル王子に抱きついたり、胸を押し当てたりもした。その様子を姉様に見せつける。


ねえ、姉様が慕って、その身を犠牲にして助けてやる価値なんて……こんなヤツらには無いのよ。お后教育に、姉様が王宮に出向くたびに、姉様の扱いは悪くなっていく。……ごめんね、姉様。ちょっとの間だけ、辛いよね。だけど、全ては姉様のために。カイル王子が姉様を捨てるんじゃない。姉様がカイル王子を……お父様を、お母様を捨てられるように。そう仕向けてみせる。




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