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Eの物語 前編

以前に別の名前で書いた話を、タイトルなどほんの少しだけ直しての再掲となります。

◆ Eの物語 ◆





「エリザっ!貴様との婚約は破棄させてもらうっ!」


突然、告げられた婚約破棄の言葉。わたしは何と反応して良いかわからずに、ただカイル王子を見た。


怒りや叱責、わたしに対する負の感情の塊のような声が肌に突き刺さってくるみたいで痛い。思わず下を向いてしまう。以前ははっきりと見ることが出来た、カイル殿下の晴れた日の青空のようなスカイブルーの瞳は、きっと憎々しげに私を睨んでいることでしょう。今はもう、わたしの目は、かなり視力が落ちてしまっているから、殿下の怒りの顔も、ぼんやりとしてしまっているけれど。

はっきり見えていたころは、カイル殿下はわたしのことを本当に優しい瞳で見つめてくださったのに……。


「何が聖女だ、悪女のくせに。お前は……このルクレチアの行った聖なる奇跡を自分の手柄としただけの、ただの嘘つきだったのだなっ!」


伺うようにしてみれば、カイル王子がそっとルクレチアの肩を抱き寄せるのがぼんやりとわかる。目から涙が零れ落ちないように、わたしは唇をぎゅっと結んだ。

ルクレチアはわたしの双子の妹だ。だからもちろん顔はよく似ている。

ただ、髪の色は、違う。

腰まで長く伸ばしたわたしの髪は黒く染まっている。ルクレチアはふわふわとしたはちみつ色の髪。

そのルクレチアは、カイル王子にそっと寄り掛かったまま「もう……やめましょう、エリザ姉様」と、か細い声を出した。


「ルクレチア?どういうこと……?」

「姉様には……本当は『聖女』の力なんてないと……カイル様に言ったの……」

「え?」

「カイル様の目を癒したのも、ヴァレオ様の腕を治したのも、モンドリアン様のお体を丈夫にしたのも……全部全部……」

「ルクレチア、あなた……なんでそんなことを言うの?」


魔物の瘴気に侵されて両目の視力を失っていたカイル王子の目を治療したのはわたし。

魔物に襲われ、腐り落ちたヴァレオ様の右腕を再生し、再び剣を握れるようにしたのもわたし。

生まれた時から体が弱く、ベッドから起き上がることが出来なかったモンドリアン様を、歩けるどころか走れるようになるほど健康な体にしたのもこのわたし。


全て、わたしが治癒の力を使った結果。なのに……。


わたしはぐるりとわたしを取り囲んでいる方々を見る。カイル王子だけではない。騎士であるヴァレオ様、モンドリアン様、それ以外にブライジル様やヴィヴィオス様、レスタント様……も、わたしを嫌なものでも見るような目で見ていた。

わたしがその傷を癒し、病を治した時は、涙を流しながら感謝の瞳でわたしを見つめてきた方々が……。


「ヴァレオ様……」


わたしは助けを求めるように、カイル王子の隣にいた騎士様の名を呼んだ。貴方の腕を治したのはわたしだと言ってくださいますよね?だけど、その期待は裏切られる。


「俺の右腕を元に戻してくれたのも本当はお前ではなく、ルクレチアだったのだな。騙されたよ、大聖女エリザ。……いや、この嘘つきの魔女めが」


ヴァレオ様がわたしの喉元に剣を向ける。……いいえ、喉ではなく、ヴァレオ様の剣は、わたしの髪を薙いだ。黒色の髪が床に落ちる。不格好にもわたしの左側の髪は、肩のあたりで切り落とされ短くなった。右は、まだ、背中を覆うほどに長いけれど。


どうして?

魔物に襲われて、その魔物の瘴気で腐り落ちた貴方の右腕を……再生したのはこのわたしなのに。何故、わたしが治した右腕に剣を持ち、わたしにその刃を向けるの?


わたしはヴァレオ様の右後ろに立っているモンドリアン様に視線を向ける。貴方なら誤解を解いてくださいますよね?


「モンドリアン様……」

「……残念だよエリザ。ボクの体を治してくれたのも、君じゃなくてルクレチアだったんだね。思い出してみれば、確かに、ボクを癒してくれた人は……はちみつ色の髪をしていたと思う。どうして今まで、ルクレチアでなく、エリザが癒してくれたのだと、そんなふうに誤解していたのか、それが不思議でならない」


ブライジル様やヴィヴィオス様、レスタント様……。どの方も皆、わたしではなくルクレチアが、癒しの力を持つ聖女だと、異口同音に言ってくる。


「違うわ。ルクレチアには癒しの力などはないのよ。ルクレチアの力は……」


訴えようとしたわたしを遮り、カイル王子が冷たい声を出す。


「エリザ、お前は国外追放とする。本当なら王族たる私たちを騙した罪でその首を落としてやるところを、この心優しいルクレチアの願い出で、追放に留めてやるんだ。ルクレチアに感謝するがいい」


衛兵によって腕を取られ、引きずられるようにして、馬車に押し込まれる。


「国境までは送ってやる。そのあとは……まあ、知らんが」


……こうなれば、もうどうしようもない。誤解を晴らそうとしても、もうそれは無理なのね。


わたしはうなだれながらも大人しくカイル王子の指示に従った。


「……わかりました。わたしはご指示に従って、この国を去らせていただきます」


胸は痛む。カイル王子への思慕と……罪悪感で。





わたし一人を乗せたはずの馬車は、何かに急き立てられるかのように、恐ろしく速いスピードで進む。


もう引き返すことは出来ないのね。きゅっと目を瞑り、そして、ゆっくりと開ける。そして、妹の名を呼ぶ。


「ルクレチア、いるんでしょう?」


すうっと、霧が晴れるように、ルクレチアの姿が現れる。

わたし一人だけが乗っているはずの馬車には、わたしだけではなく、ルクレチアも乗っていた。やっぱり……ね。


「はあい、エリザ姉様。やっぱりわかっちゃう?」

「貴女が姿隠しの魔法でこの馬車に乗っていたことは分かっていたわ。でも貴女があんなことをカイル王子達に言った理由は分からない」

「ふふふ……。ねえ、エリザ姉様。本当に分からないの?『姉様には……本当は聖女の力なんてない』なんて言って、あたしが姉様をこの国から追放しようとした理由を」


ルクレチアがわたしの髪に手を伸ばした。




お読みいただきましてありがとございました。


一度ネットからは取り下げた話ではありますが、久しぶりに読んだら懐かしかったので、保存の意味で再掲してみました。

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