準備
「ふんふん、なるほどなるほど」
アベルと街に出ると、アンジェリーヌはアベルそっちのけで護衛や侍女に買い物の仕方、お金の支払い方や宿や仕事について色々聞きながら歩く。
「それで旅をするときはどこでどういう手続きがいるの? 仕事はどこで斡旋しているのかしら?」
そんな事を聞かれた護衛もアベルも顔を青くする。
その質問全てが家を出て行くことを示し、平民になると言っているも同然なのだから。
「あ、姉上? あの何のためにそんなことを?」
「参考よ。今後の参考。いつなんどき何があるかわからないでしょ」
「何がって何?!」
「だから参考までにって言っているでしょう。じゃあ、今度は治安がいい所と悪いところそれぞれ案内してもらえるかしら」
これ以上色んな情報を与えると、良くないとひしひしと感じた護衛はぶんぶんと首を横に振る。
「姉上、今日の所はこれで帰りましょう! また次回必ず案内しますから」
「・・・。わかったわ。あ、ちょっと待って。先ほど見かけたお店で買い物だけしたいの」
そういって、服飾を扱っている店に入った。
「ここはやめましょう。平民が着る服が主体のお店です。お嬢様には別のふさわしいお店をご案内いたします。」
侍女がそう言ったが、
「いいえ、ここでいいの。高い服など必要ないわ。動きにくいし、汚れやしわが気になるし、重いし」
アンジェリーヌは店に入ると、嬉々として服を選び始めた。
これまでろくにドレスも普段着の服も、アクセサリーも買ってもらっていなかったことを知った侯爵はアンジェリーヌに揃えるようにと言った。
しかし、アンジェリーヌはその分を金貨でもらった。もともと社交するつもりもない。
すっからかんのクローゼットには実用的なパンツやワンピースを揃えるつもりだ。
靴もヒール付ではなくブーツや歩きやすいもの、つばの大きな帽子や口元を隠せるようなショールなどを購入した。いつでも平民として街に出られるよう準備を進めていく。
そして一週間後にパーティが迫ったある日、ロジェから当日は迎えに行くと手紙が来た。
「ちっ。婚約解消の手紙じゃなかったのね。でも口頭では成立したのだから行く必要はないわ。だって爵位が上のあちらから告げられたのだから、か弱い私には逆らえないもの!」
そう言ってその手紙は燃やした。
「・・・。それはまずいのでは?」
「じゃあ、アベル、女装しなさい」
「いやだよ!」
「全く、あれは何を考えてるのよ。うっとうしいにもほどがあるわ」
アンジェリーヌは婚約者に向けて手紙を書いた。
「怪我のため、パーティには参加できません。因みに、お忘れのようですが婚約解消は承っておりますので、今後お誘いなどお気遣いは不要です。お手を煩わさなくて済むよう早めにお手続きお願いいたします、と。よし! これでいいわ!」
「え?姉上・・・これ、喧嘩売っているように見えるけど。しかも怪我なんてすぐばれる嘘を・・・」
「売ってるわよ。早く解消してほしいじゃない。この手紙を出すなというなら女装してもらうけど」
「ううっ。手紙にして」
そして案の定、その手紙を受け取ったロジェは怒りを露わにしたのだった。