番外編 4 認知
「王女殿下」
扉が開いて公爵がやって来た。
「公爵様、勝手なことして本当に申し訳ありませんでした。私どうしても許せなかったのです、ナリス様とフェリクス様を苦しめた元凶の方々を」
一応公爵には前公爵夫妻を招いたことは知らせていた。そして彼らの口からしたことを言わせてくれれば自分が証人になると言い、煽るように話をしてもらったのだ。
しかしそれらをナリス達に聞かせるところまでは伝えていなかった。
「・・・王女殿下、私だけでは両親を追い払い、子供たちに真実を受け入れてもらえることが出来ませんでした。感謝いたします」
公爵はヴァランティーヌの前で跪くと、胸に手を当て
「私ロッシュ家当主は王女殿下に忠誠を誓います」
その当主に会わせてナリスとフェリクスまで跪く。
「やめてください! 公爵様! ナリス様! もう家族ではないですか!」
慌てるヴァランティーヌにロッシュ家の面々は立ち上がると、ナリスがぎゅっとヴァランティーヌを抱きしめた。
「ありがとう、アンヌ」
「・・・差し出がましいことをしてしまってごめんなさい。ナリス様やフェリクス様を傷つけてしまいました」
「アンヌのおかげで真実を知れたんだ、ありがとう。私は真実を見ず、父上にひどいことをしていた。これから私たちは親子としてやり直すよ。父上が・・・許してくれるなら」
「馬鹿な事を言うな、当たり前ではないか。それにお前の母を守れなかったのは私の責任なのだ」
ナリスとフェリクスはこれまでの態度を公爵に謝罪し、公爵の方も守り切れずに済まないと謝罪し、親子としての第一歩が始まったのだった。
ヴァランティーヌは今回の成果に大満足した結果、
「もう一人、権力をふるわせてもらわないとね」
ヴァランティーヌはロジェとアンジェリーヌを招いてお茶会を開いた。
「アンジェリーヌ、お久しぶりね」
「お姉様、今日はお招きありがとうございます」
二人が抱き合って親し気にしている様子をロジェは驚いてみている。
「今日は私まで招待していただきありがとうございます。アンジェリーヌがこれほど懇意にしていただいているとは知りませんでした」
「あら、教えてもらえないほど信用されていないのではなくて?」
ヴァランティーヌは冷たく言い放つ。
「お姉様! そんなことありませんわ。ただ王族の方の事ですもの、勝手に話すのはどうかと思って・・・」
「アンジェリーヌは悪くないわよ。ところで婚約解消の話はすすんでいるのかしら」
「・・・王女殿下。いろいろご存じなのですね。私は本当に愚かでした」
ロジェはいたたまれず俯く。
「あら、それはもちろん知っているわ」
「お姉様!」
「私はアンジェリーヌを愛しております、二度と悲しい思いはさせません」
「アンジェリーヌは? 威張り散らして暴言を吐くこんな愚かな男で本当にいいの? 我慢しているなら私が権力をフルに使って解放してあげるわよ?」
それを聞いたロジェは真っ青になる。
「いいえ、お姉様。私は幼いころからロジェ様をお慕いしておりました。悲しい思いもしましたが私が悪かったので・・・今はとてもやさしくて大変大切にしてくださいます」
アンジェリーヌは頬を染めた。
「・・・そうね、あなたはあんな目に遭ってもずっと想っていたものね。でももう一度泣かせるようなことがあればどんなことをしてもアンジェリーナと引き離すわ。いいわね?」
「この身に代えてもアンジェリーナを守り、大切にすることを誓います。信用していただけるような人間になるよう励みます」
「最初からそう言って欲しかったけれど。まあ、いいわ。アンジェリーヌ、幸せになってね。お父様たちは私に甘いの、だから困った事があれば言うのよ」
「はい、お姉様も。二人で幸せにならないといけませんわ」
その後、ヴァランティーヌは終始笑顔で何事もなかったようにお茶会は進み、ロジェも許されたかと思ったのだが、それ以降もたびたびのお茶会でロジェはヴァランティーヌの視線に翻弄されるのだった。
そんなある日アンジェリーヌは父とアベルを食事に誘った。
高位貴族ご用達のお店で個室があり、気兼ねなく話ができるようなっている。
「お父様、私のせいでお母様と離縁になって・・・ごめんなさい。」
「謝ることはない、情けない私は何も気がつかずお前を守ることが出来なかったんだ。私こそすまなかった」
「私全く覚えてないの。お母様にきつく言い過ぎたのかしら・・・その時の私別人みたいだったんでしょう?」
「ああ。あの時のアンジェリーヌには驚いた。あまり私たちと話をしなかったアンジェリーヌがあんなにまくし立てて……。酒のおかげで押し殺していた本心をやっと吐き出せたのだろう。本当に別人のようだった。優しいお前が言い出せないから代わりに誰かが乗り移って代弁したのかと思うくらい……それほど追い詰めていたのかと思うと謝っても謝り切れない。本当にすまなかった」
「お父様・・・その別人のような私のこと・・・どう思われました?」
「感謝しているよ。本心をぶつけてくれたあの時のお前に心から感謝している。もう一度、アンジェリーヌの父親としてやり直す機会を与えてくれたのだから。もしかして……もう一人の子がお前を守ってくれたのではないかと馬鹿なことまで頭によぎっていた
「どういうこと?」
「妻はアンジェリーヌを身ごもっていた時、しきりに二人分の名前を考えていたんだ。私にも考えろと言って二人で考えていたんだ。女の子のならアンヌとジュリエッタよって楽しく話していたのに、いつのころからか少し寂しそうに二つの名を合わせたアンジェリーヌにするわといいだしてね。それを思い出したんだ。もしかしたらと。」
「お母様はお姉さまの事を・・・知ってらっしゃった・・・」
アンジェリーヌは涙を落とし、アベルも涙を浮かべる。
二人の様子を見て侯爵は自分のありえない想像がまんざらありえない事ではなかったのかもしれないと気がついた。
「……そうか。彼女はまさしく別人だったのか。私の……もう一人の娘だったのか」
侯爵は顔を覆うと嗚咽を漏らした。
「さぞかし情けない父を軽蔑していることだろう。アンジェリーヌ、君の中に・・・今もいるのだろう?」
「・・・いいえ。お姉様はもうおりません。」
「・・・そうか・・・そうなのか。でも・・・もう一度君に会いたい。一度も抱きしめられなかった君にもう一度会いたいよ。すまない、すまなかった。君の事を知らずに・・・君を愛することができなかった。でもあの時、わずかな時間だけ君と会えたことに神に感謝するよ。私はあの子の事を一生忘れない」
侯爵は止まらない涙をハンカチで拭いながらハッと何かに気がついた。
アンジェリーヌが王女の事をお姉様と呼び、王女が自分に対して辛辣な態度をとる事からもしかしてと。
だが、それは自分が気づいてよいことではないのだろう。
王家に忠誠を誓い、陰から、王女を見守り続けようと心に決めたのだった。
侯爵家の家族が涙していた個室の隣で、密かに席を立った人物がいた。
その人物はそっと涙をぬぐい、ナリスに支えられるようにして店を出た。
「ナリス様、アンジェリーヌと企みました?」
ヴァランティーヌは軽くナリスを睨む 。
「恩返しになればと・・・アンヌが侯爵を許せないのは当然だよ、許さなくていい。でもアンヌの心を救いたかった。侯爵がアンジェリーヌ嬢と入れ替わった君の事も愛していたときければと。でもまさか、アンヌの母上がアンヌの事をわかってくれていたなんて・・・名前も用意してくれたんだね」
「・・・アンヌ・・・私の名前。私は両親に愛されていた・・・ありがとう、ナリス様」
馬車の中でヴァランティーヌは涙を落とし、ナリスに寄り添った。
「ナリス様、私は・・・誰にも存在を知ってもらえていないと思っていました。仕方がないと思っていました。でもお母様も・・・お父様も知ってくださっていた。私・・・ようやく過去と決別して本当に新しい人間になれそうです。ありがとう」
ヴァランティーヌは、ペルシエ侯爵を見てももう胸の痛みは感じない気がした。




