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アンジェリーヌは一人じゃない  作者: れもんぴーる
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もう一人のアンジェリーヌ

 翌日の朝食の席にアンジェリーヌはいなかった。

 メイドが起しにいっても、ドアを開けることもなく返事もしない。

 アンジェリーヌの事だから昨日の事が気まずくて出てこれないのだろうと、アベルが部屋を訪ねた。


 アベルの訪問に、アンジェリーヌは入室の許可を出した。

「姉上、昨日のこと父上は怒っておりません。それどころか姉上に謝らないといけないって、話をしたいって言っていました。だから心配しないでいつも通り出てきて下さい。母上には昨日のことはまだ伝わってないから」

 アンジェリーヌは布団から顔を出してアベルを見た。


「ここにご飯持ってきてくれると助かるんだけど」

「え? 姉上?」

 上品とは言えない所作とくだけた話し方にアベルは驚く。

 お淑やかで、令嬢としての所作やマナーが身についていたアンジェリーヌとは思えない。


「偽家族と食卓囲むなんてまっぴらなのよね、美味しくないし消化に悪いじゃない。だから持ってきて」

「あの・・・まだお酒残ってますか?」

「あんなわずかな酒が残るわけないじゃない。使えない子ね。いいわ、もう結構。役にたたないのなら部屋から出て行ってね」

 アンジェリーヌはさっさとアベルを追い出した。


 そして手早く自分で服を着るとドアの前で待つメイドに声をかけた。

「ああ、あなた今日でお役ごめんよ。今までイヤイヤ世話をしていたのでしょ? 私は一人で出来るから必要ないわ」

「そんな! 私がいなければ髪の支度も服も・・・」

「あなたより可愛く髪をゆえるわ。だから必要なし。仕事のできないあなたがいたって邪魔なだけだしね。まあ、マノンの手先でいじめ要員としての仕事だけは出来てるみたいけど?」

「お、奥様に向かって!」

「じゃああなたは何様? 仕える相手に偉そうに文句言って、世話もへたくそで。言い返せないからって何してもいいと思ってた? あなたレベルのメイドなどいない方がましよね。っていうか、メイドとは呼べないわよね。他のメイドが可哀想だもの。あ、もういいのよ。早く言いつけてらっしゃい」

 顔を真っ赤にして怒りもあらわにメイドは去っていった。




 私はアンジェリーヌ、それは間違いない。

 ううん、正確にはアンジェリーヌの中にずっといたアンジェリーヌの双子の片割れ。

 生まれるまえに身体が吸収され一人になってしまった時、私の魂はアンジェリーヌの奥底に残ってしまった。私たちの魂はほとんど融合し、彼女の見るもの聞くもの、思いでさえ共有した。


 違うのは、私が前世の記憶を持っていた事とアンジェリーヌは私の事を知らない事。


 私はアンジェリーヌをずっと見守っていた。


 いつも何も言えなかったアンジェリーヌ。

 マノンに笑うだけで睨まれ、楽しそうに話をするとうるさいと言われ続け、物が言えなくなってしまった可哀そうなアンジェリーヌ。

 悲しくて苦しくても頭が真っ白になり声が出なくなったアンジェリーヌ。

 求めても、助けてくれない父の事もいつの間にかあきらめていた。

 でも本当はいつも何も言えない弱い自分が大嫌いだった。助けてと、辛いのと・・たった一言言えなかったアンジェリーヌ。

 救いを求めて伸ばした手を振り払われ、お前は邪魔だと、いらないと思い知らされるのが怖かったから。


 欲しいのはこんなチョコレートなんかじゃない・・・そう思いながらも断れずに食べたボンボン。

 チョコの中から出てきた刺激の強いアルコールを口にしたとき、脳がくらっとした気がした。

 本来ならそれはアルコールが持つリラックスという恩恵、しかしそれはいつも心を守っていたアンジェリーヌの心の鎧を緩ませた。

 アンジェリーヌは閉ざしていた外界からの刺激を受け取ってしまった。


 全てマノンの虚言だというのに、父は娘のアンジェリーヌを気遣うことなく冷たい言葉をぶつける。


 助けて、誰か助けて。お父様なぜ私を見てくれないの、私の事嫌いなの? いらないの? お母さまと私より、新しい妻が大事なの? 私を殴らせているのは本当にお父様なの?


 アルコールのおかげなのか心の中では口に出せない言葉が溢れる。

 そんな時父が修道院へ入れるとアンジェリーヌを脅した。


 父に拒絶された・・・お前などいらないとはっきり告げられた。


 父からの愛と助けをひたすら求めていたアンジェリーヌの心は絶望してしまった。

 もう耐えられない、辛い、何も見たくない。アンジェリーヌはぎゅっと目を閉じた。

 拒絶されたアンジェリーヌも、世界を拒絶したのだ。

 



 いきなり表舞台に出されたもう一人のアンジェリーヌは混乱した。

 これまでそっと見守っていただけなのに、思考が、体が、自分の思い通りになる。

 アンジェリーヌが・・自分の半身が消えたと悟った。

 彼女の名前を呼び、涙が流れる。


 私の中で深い深いところで眠りについたのかもしれない、傷つきすぎて消えてしまったのかもしれない。

 この男に手を振り払われるのが怖がっていたから・・・。


 そうね、小さなころに助けを求めても助けてもらえなかったものね。そして現に今捨てられてしまったものね。

 上等よ、それならそれで構わない。私はお前たちを絶対に許さない。

 私の大切な半身を追い詰めたお前たちを許さない。


 新しいアンジェリーヌの誕生だった。


 そうして私は気合を入れるために自分の頬を張り、父親に反撃を開始したのだった。


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