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アンジェリーヌは一人じゃない  作者: れもんぴーる


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18/43

二人の父

 アンジェリーヌの父、ペルシエ侯爵がロッシュ家を訪れたとき、出迎えたのは当主のロッシュ公爵だった。

 よその貴族令嬢を黙って別邸に留め置くなど醜聞どころか、犯罪と取られても仕方がない。

 事の重大さに、公爵自身が対応したのだった。


「いえ、決して公爵家に思う所があるわけではありません。娘がこちらにご迷惑をおかけして申し訳ないとお詫びに伺ったのです」

 ペルシエ侯爵は汗を拭きながら弁解をした。


 ペルシエ侯爵は別邸の方にアンジェリーヌを迎えに行くつもりだった。それなのに話を耳にした公爵から本邸へと招かれ、内心慌てていた。そこまで大事にせず、ひっそりと事を治めたかったのだ。

「使用人から話を聞いて私も驚きました。うちの愚息がとんでもないことをしたのだとね。それで直ちに別邸に向かい、彼女を連れてきましたよ」

 ロッシュ公爵が、控えていた侍従に頷きかけると、侍従は部屋を出て行き、一人の女性を連れて戻って来た。

「・・・あの、こちらは?」

 入ってきたのはアンジェリーヌに似てはいるが別人だった。

「貴殿の娘ではないのか?」

「いえ、違います。うちの娘ではありません!」

 ペルシエ侯爵は戸惑ったようにその女性を見つめる。


「しかし、別邸で息子たちに世話になっていたのは確かにこの娘ですよ。そうだな、アンヌ?」

「はい。食堂で働いていた私を、歌がうまいからとフェリクス様がお世話をしてくださるようになりました。いずれ舞台に立つつもりがあれば支援すると」

「いや・・・しかし。うちの息子があなたに会いに行くはずがない。失礼だが身代わりを頼まれたのではありませんか?」

「いいえ、確かに私がアンヌですわ。ご子息というのはアベル様の事でしょうか」

 ペルシエ侯爵は頷く。

「アベル様は、私を姉上に似ているからと話しかけられ、その後は歌を聞きに私に会いにこられていたのです」

「そんな・・・じゃあ娘はどこに・・・」

「ペルシエ侯爵、ひとまずうちが関与していなかったということでよいですか?」

「は、はい。とんだ勘違いを・・・申し訳ありません。改めてお詫びをしに伺いますので何卒お許しください」

「かまいませんよ、大切なお嬢様の事だ。必死になるのも無理はありません。ですから謝罪など必要ありません。無事お嬢さんが見つかることを祈っておりますよ」

「ありがとうございます」

 ペルシエ侯爵は肩を落として帰路についたのだった。



「さて、アンヌ。本物のアンヌはどこにいるんだい? 大方うちのフェリクスが何か企んでいるのだろう?」

「いえ・・・あの・・・」

 アンヌは目を泳がせ、しどろもどろになる。

「君を罰するつもりはない。心配するな」

「・・・はい」

 アンヌは、フェリクスが支援している劇場のスタッフで急遽アンヌの身代わりを頼まれたという。

 本物のアンヌが誰かは知らないし、今どこにいるのかも知らないとアンヌは言った。

「そうか、まあいい。ご苦労だったな」

 公爵はアンヌを下がらせると、フェリクスを呼んだ。


「父上、お呼びでしょうか」

「ペルシエ侯爵令嬢はどこにいる?」

「なんのことでしょうか? 別邸のアンヌを呼び出されたので確かに連れてまいりましたが」

「もうわかっているんだ。あれはアンヌではないのだろう」

「いえ、本当になんのことか」

「いい加減にしなさい、お前が誘拐・監禁の罪で訴えられたらどうするのだ」

「・・・。父上に迷惑をかけることはありません」

「私が本気で調べればすべてわかる。そうなって彼女を手放すことになって良いのだな。事情を話せ」

 フェリクスは、腹は立つが父にはやはり敵わないのだとうなだれた。


「アンジェリーヌは平民として食堂で働いていました。そこで素晴らしい歌を歌っていたのを僕が支援したいからと言ってきてもらったのです」

「じゃあ、最初から侯爵令嬢と知っていたわけではないのだな」

「はい、言動も平民そのものだったし・・・兄上から連絡が来て初めて知りました。そこでアンヌは初めて事情を話してくれたのです。義母に虐待を受けていた事、メイドたちからも令嬢としての世話を受けていなかった事、実の父は何も気づかずアンヌにもっと打ち解ける努力をしろと言ったそうです。ひどい話で、修道院に入れるとも・・・アンヌは自由になるために家を出たのです。だからあの家に帰したくはありません」

「・・・そうか。虐待か」

 ロッシュ公爵は何かを思い出したように一瞬辛そうな表情を浮かべた。


「だが、あの侯爵は心から娘を心配をしていたようだった」

「加害者側は水に流せても、被害者側はそう簡単にいきません。僕はアンヌが自分から会いたくなるまで匿うつもりです。父上に迷惑をかけるというなら二人で出て行きますから迷惑はお掛けしません」

 ロッシュ公爵は溜息をつくと、

「そうだな、被害者は忘れることはない。・・・私は何も聞かなかった。お前のやりたいようにするがいい。迷惑など考えなくともよい、彼女の心を守ってやりなさい」

「は、はい!ありがとうございます!」

 フェリクスは父親の思ってもいなかった言葉に驚いた。

 自分の母が自分たちを捨てて出て行った後、親代わりに面倒を見てくれた祖父母を領地に押し込めて最小限の支援しかしない冷酷な父。

 大嫌いで父親らしいことをしてくれたこともない父が、力になってくれるとは思わなかった。


 ロッシュ公爵はフェリクスを見送り、彼の母の事を想い浮かべた。

 自分の両親に虐待を受け、心を壊し我が子を手にかけるまでに追い詰められた妻の事を。

 自分は仕事にかまけて屋敷で起こっていることに何一つ気がつかなかった。


 子供たちが生まれるまでは、跡取りを産めと言われ続け、生まれた後はお前には跡取りを任せられないと子供たちを取り上げられていた。そして使用人たちも自分の両親の言いつけに逆らえず妻を冷遇していた。

 まだまだ幼かった嫡男のナリスが祖父母の期待通りに出来なかったときは、祖父母は自分たちの指導のせいではなく、妻のせいにした。お前のような出来損ないの血が流れているから公爵家の嫡男ともあろうものがこのようなざまなのだとののしり、暴力を振るった。

 そのようなことが続き、妻は心のバランスを崩しナリスを手にかけた。使用人のおかげでナリスは助かったが、妻の心ははもうこちら側には戻ってこなかった。

 郊外の病院で療養させたが、次第に体が弱り亡くなってしまった。


 愚かな自分は妻が息子を手にかけて初めて事態を知り、ナリスは意識を取り戻したとき母から危害を加えられた記憶を失っていた。

 両親は子供たちに、『お前たちの母はお前たちを捨てて出て行った』と告げた。そうではないという自分の言葉は、祖父母を親がわりに育った子供たちには届かなかった。

 それから自分は色々手を尽くして両親を隠居に追い込んだ。領地に押し込め、最小限の生活費と使用人を送り息子たちには一切接触させなかった。

 子供たちの為にと良かれと思ったそれは、祖父母を両親として育った子供たちからは恨まれることになった。彼らは親代わりの祖父母を冷遇するひどい人間としか見ず、父としては接してもらえなかった。


 それから十年以上たち、何とかよそよそしいながらも対外的に親子としての体面だけは保っていた。

 そんなとき今回の事態を知り、虐待をされている少女を助けてあげたいと思った。

 公になると大変なことになると分かりながら、罪滅ぼしの意味も込めて息子の願いを叶えてやりたいと思ったのだった。


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