家族
「父上、姉上はまだ見つからないのですか?本当に探しているのですか?」
「当たり前だ。しかし、友人知人の所を探しても誰にも連絡を取っておらん。あんな大人しい・・・いや今は違うが、あの子が一人で生きていけるわけがない。今頃どうしているのか・・・」
侯爵は沈痛な表情で考え込む。
アベルは、アンジェリーヌはきっと平民として街で暮らしているのだろうとわかっているが、護衛と侍女にも口止めをしている。家族とも言えない家族と暮らすのを拒否したアンジェリーヌの気持ちがよくわかるからだ。
だから、父に内緒でひそかにあの時の護衛と侍女に頼んで平民街を探している。
十数年間耐えてきたアンジェリーヌにたいして、謝ったからと言って許されるとでも思っている母。使用人からもいじめられてきたアンジェリーヌの人生を、マノンの謝罪で解決した気になっている父。
アンジェリーヌはもう本当にこんな家族など必要としていないのだろう。
だから出て行った。
アベルは袖についているカフスを撫でた。これはアンジェリーヌがアベルを家族だと認めてくれた印・・・そう思いたかった。
侯爵とアベルがアンジェリーヌに思いを馳せていた時、
「あなた、あの子は自分で出て行きましたのよ。この家を、私を・・・そして父であるあなたを嫌って」
マノンは悲しそうに言った。
「・・・。」
「確かに私は少し、なさぬ仲の娘に意地悪をいたしました。あなたの愛情を私に向けたかったからですの。あれからは反省して大切にしておりました・・・あなたも本当にあの子に愛情を注いでおりましたわ。でもあの子はあなたの気持ちを拒否したのですよ。あなたの愛情をまだ受け入れることが出来ないのです」
侯爵はそれを聞き、眉を顰める。
「もう父親は必要ないと?」
「そうです。ですから、無理に連れ帰るのはかわいそうです。さらに嫌われてしまいますわ。・・・あなたが傷つくのを見たくありませんわ」
マノンは涙を落とす。
「それほどの事をしたのだから・・・仕方あるまい」
「ですから好きにさせてあげましょう? それが罪滅ぼし、あの子のためですわ」
「・・・あの子のため・・・それが罪滅ぼしか」
それを聞いてこれまで母がどうやって自分をよく見せ、父を操ってきたのかよくわかった。父の馬鹿さ加減も。
「父上は馬鹿ですか?」
「・・・なんだと?」
「アベル! お父様になんてことを言うの?!」
「姉上が自分で出て行ったとしても、か弱い女性です。騙されたり犯罪に巻き込まれたりしている可能性が高いのです。それなのに好きにさせる? それは母上が嫌いな姉上を探させたくないための方便に過ぎないことがなぜわからないのですか。十数年虐げてきた母上を謝らせてそれで問題解決とした父上に失望して出て行ったことがなぜわからないのですか」
可愛い息子に本心を言い当てられたマノンは顔を引きつらせて
「何をいうの! あなたは私の息子でしょう?! 何故そんなことをいうの!」
「母だからこそ・・・そんなひどいことをするのが悲しい。そんな人間が母だというのが恥ずかしいからです。血がつながってなければよかった、そういう意味で姉上がうらやましい」
「アベル! あなたをここの跡取りにするために私がどんなに・・・」
「マノン、口を慎め。・・・アベル、その通りだ。アンジェリーヌの理由はどうであれ娘の安全を確保するのが当たり前だ。そんな事さえお前に言われないといけない私をあの子が嫌うのは無理もない。それに・・・」
侯爵はマノンの顔を見て、横に首を振った。
「アベル、お前が私の息子で嬉しい。不出来な父ですまないな」
「・・・いえ。僕も同罪です。本当はこんなことを言う資格もありません。申し訳ありません」
アベルはそう言って部屋に戻ってから、涙を流した。
マノンに嫌悪感を抱いて、ただ嫌えるならこんなに苦しむことはなかった。
母だから。自分には優しく大事にしてくれた母をアベルも大好きだったから。あんなこと母に言って傷つけたくなかった。
でも前世だとかわからないこと言い始め、あんなにおとなしかったアンジェリーヌがかわってしまったのは、我慢が限界を超えてしまったからだろう。それほど追い詰められ苦しんでいたアンジェリーヌの気持ちを想うと、いまだアンジェリーヌを陥れようとする母が許せなかったのだ。
侯爵は執務室で机に肘をつきこぶしで額を支え、苦悩に満ちた顔で考え込んでいた。
長い時間、身じろぎもせずそうしていたがやがて、執事を呼び離縁のための書類を用意するよう指示した。
そして、恥を忍んで騎士団にもアンジェリーヌの捜索を依頼したのであった。