1-5_決戦
そして翌日、俺と酒天は旧校舎地下迷宮の20階層に居た。
目の前には黄金の骸骨。俺たちを見定めるように、静かに佇んでいる。
「では手はず通りに。私が引きつけるからその間に準備をしろ。そして――合図をしたら、何があっても弓を放て。いいな?」
「了解です、委員長」
「結局のところ、ヤツを倒せるのはお前だけだ――頼んだぞ!」
さあ、戦闘開始だ。
◇ ◇ ◇ ◇
破壊音が、連続して響く。
刀と鎧で武装した人物と、黄金に輝く徒手空拳の骸骨。
剣戟と打撃が交錯し――刀だけが一方的に破壊され続けていた。
しかし得物は破壊されるたび、一瞬で再生成される。
異次元金属の生成能力による無尽蔵の刀剣生成。それが俺の対抗策だ。
そもそも、俺は骸骨に対して2つの点で劣っている。
俺の精神力は強いが、ブッダほどではない。俺の武道は達人の域に達しているが、ブッダほどではない。
一つ。精神力の劣勢は、得物の一方的な破壊という形で現れる。
打ち合うたびに破壊される俺の刀。今や俺たちの周りには、折れた刀剣の剣山ができていた。
瞬時に再生し、次撃に備えるが――
拳が俺に迫る。破壊した側は、当然勢いのままに攻撃が続く。再生した刀では、迎撃に間に合わない。
眼前に迫る拳。だが――
飛来したモノが拳を防ぐ。それは破壊された刀剣だ。
異次元金属の生成能力による無尽蔵の刀剣生成、そして異次元金属の操作能力を応用した刀剣の破片の遠隔操作。それが俺の対抗策だった。
もう一つの問題は技量差だが……そちらは戦闘スタイルの特性でなんとかなっている。
剣道三倍段。俺の技量の不足を、リーチで補っているのだ。
この2点をカバーしたことで、戦闘は辛うじて拮抗していた。
(だけど、それだけじゃダメだ。俺の目的は、隙を作ることだからな)
決定的な隙、それを生みだす必要がある。
(そのために――ヤツの腕を破壊する!!)
◇ ◇ ◇ ◇
勝負は一瞬、タイミング勝負だ。一瞬に賭け、一瞬の隙を生成すればいい。
二手、三手、五手、八手、十三手――先を、先の先を、先の先の先を読んで攻撃を構築する。
俺の精神力はブッダほどではないから、極大の強度を常時保つことはできない。
逆に言えば、集中し研ぎ澄ました至高の一撃。その一発だけであれば、極大の強度は実現可能だ。
至高の一撃を、如何に適切なタイミングで発現させるか。これはそういう戦いだった。
しかし、それはあまりに難題。米粒に仏を彫るような作業である。
プロボクサー曰く、クリーンヒットが出るのは数試合に一度でしかない。
自身の体勢、相手の体勢、位置取り、精神のゆらぎ、集中力――全てのパラメータの完全な一致。
その一瞬を目指し、一撃一撃を組み立てている。
ほんの僅かな時間の後、つまり何百もの剣戟を積み重ねた後。その一瞬は訪れる。
深く息を吸い、深く吐く。
息を吐いて、吐いて、吐ききって。肉体が完全に弛緩したその一瞬。
「疾ッ――!」
剣戟一閃。至高の一撃は、骸骨の左腕を確かに切断し。
「ごふっ」
がら空きの俺の胸に、伸長した左腕が槍となり突き刺さった。
これこそ骸骨の奥の手だ。
アイゼンが解説した通り、仏舎利は増殖するのである。
増殖により左腕の仏舎利が伸長し、加速した先端が胸部を突き破る。
破裂する心臓、急速に失われる血液――薄れかかる意識の中で、俺はただ一言を絞り出す。
「今だ酒天!」
言うまでもなく、俺はこのゲームの全てを知っている。打撃が刺突となる一撃。この一瞬を待っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
五鬼童酒天は極限の集中のなか、天目鋼が心の臓を散らすさまを捉えていた。
耳に届く決死の合図。
何があっても弓を放て――しかし、酒天の理性はそれに異を唱えていた。
あの骸骨は極限に研ぎ澄まされた達人である。命を賭けて一撃を受けたところで、それは隙となりえない。
故に今、三明の剣の一撃を、光速の矢を放ったところで、敵手は的確な予測のもとに回避するだろう。
天目鋼の献身は論理的に考えて無意味である。
故に――五鬼童酒天は論理ではなく。ただ鋼を信じ弓を放った。
◇ ◇ ◇ ◇
耳を劈く轟音が響いた。
世界が白に染まる。
何もない空間から発生した雷撃が、天目鋼を、そして刺突撃により接触していた骸骨の行動を一瞬だけ中断させる。
刹那。音を、光を超越した一撃が、骸骨を跡形もなく消滅させた。
◇ ◇ ◇ ◇
勝負は一瞬、タイミング勝負であった。一瞬に賭け、一瞬の隙を生成すればいい。
RTAのためスキップした、本来であれば今日発生する、アイゼンが酒天を襲撃するイベント。
その中で当然のようにアイゼンは油断し、贄の雷撃を食らうのだ。
精神強化状態のアイゼンの行動すら止められる雷撃、それに骸骨を巻き込むのだ。
如何にしてその一瞬に骸骨と接触するか、それが俺の賭けだ。
幸い、雷撃イベントの発生タイミングは秒単位で考察されている。
あとはただ、その強制力を信じて刺突を出させるタイミングを計るだけだった。
(なんとか上手く行ったな……人間、やればできるもんだ)
霞む視界が、走り寄ってくる酒天を捉える。
ああ、そう言えば雷撃についてどうやって誤魔化そうか。
「よくやったぞ酒天、完璧な一撃だった。凄いよ、お前を信じて正解だった――」
とりあえず褒め殺しにして誤魔化せないか、そんなことを考えている俺を、
「何やってんすか委員長!!!」
酒天は後ろから力強く抱きしめる。
……そんなに心配だったのか? 熱いやつだなぁ。知ってたけど暑苦しいぞ。
「はっはっは、心配するな。心臓程度、私の能力ならどうとでもなる」
俺の能力は異次元金属の生成と操作。
武具以外への適正は低いのだが……人工心臓、それは戦闘継続のための器具であり、つまりは武具だ。人工心臓を生成し、鼓動を刻ませているから応急処置としては問題ない。
失血は多少厳しいが……心臓と合わせ、学園の保健室であれば治療可能な範囲内だ。
「だから、そうさな。私なんぞにハグをしている暇が有ったら、想い人でも抱きしめに行くがよい」
本来はルートヒロインと潜っている場面のはずだから、若干行動がバグっているのだろう。
……よくよく考えると、原作主人公のイベントを生で見れる機会なんだよな。天目鋼ほどではないが主人公の五鬼童酒天も推しキャラだ。しょうがないとはいえ、もったいないことをしている気がする。
「さっきの一撃は完璧だった……それほど強く思っているのだろう。相手の娘は幸せ者だな」
うーん、今からでもヒロイン連れてこれないかな。直帰して会いに行ったらイベントCG回収できないか。
「それで、結局誰なのだ? 心愛か、紅葉か、禁后か?
心臓賭けて手伝ったのだから、それくらい教えてくれてもバチはあたるまい」
結局、二人で直接来たから誰がヒロインか分かっていないし。
今後にもかかわるので、ルートはさっさと確認したい。
「ほら、言ってみるがよい、その幸福なヤツの名を」
俺の煽りに、酒天は横顔を赤面させつつ呟く。
そうそう、ガタイの割に初心なところが面白いんだよなこのキャラは。
「…………っすよ」
「はっはっは、聞こえんぞ! もっと大きな声で!!」
「~~~~ッ! だから、俺が好きなのは、」
「天目鋼! 貴女ですよ!!」
「…………」
「……」
「は……はぁ!?」
言うまでもなく、俺にとっては今更言うまでもなく、改めて独白する必要の無かったことだが。
確かに、そう。天目鋼は、女性である。
神我狩=TwiSted RiTuAl=