1-4_修行
武道場に先回りし、約束通り酒天を待つ。
(なかなかの収穫だったな……)
今日、ここまでに検証できたことは大きく2つ
1つは贄の雷撃の強制力。
アレはストーリー上発動するタイミングになると、必ず発動すると確認できた。
(思い返してみれば、アイゼンへの雷撃イベントはどのルートでも同日同時刻帯だったか――)
そのことは考察wikiでも指摘されており、アイゼン時報として呼ばれていた覚えがある。
暇なプレイヤーが検証しており、発生秒数まで特定したという計算結果まで掲載されていた。
あの開発陣のことだ。おそらくは検証通り、秒単位で設定されているのだろう。
しかし、そうなると。
(残りの雷撃イベントは3回。13日後に5回目の雷撃を受け、俺は死亡する)
アイゼンの死亡イベントは不可避ということになる。一見詰んだように見えるが――
(俺の目的は、あくまでも最終決戦に殴り込むこと。その後死のうがどうでもいい)
つまるところ、最終決戦に参加できればよいのだ。
故に最終決戦を前倒しで発生させる。これが俺の考えだった。
◇ ◇ ◇ ◇
本来、俺は今日から数えて13日後に死亡し、最終決戦は最短20日後に発生する。
逆に言えば、旧校舎地下迷宮の探索を7日以上短縮すれば最終決戦後にアイゼンの死亡イベントを起こすことができるはずだ。
この考えの問題点は、実際に短縮行為、イベントの前倒しをできるかどうか。
一見、アイゼンのイベント発生が固定されているのだから他のイベントもずらせないように思えるが――
それを確認したのが2つ目の検証、朝の約束。
俺は本来2日後に起こる、天目鋼と五鬼童酒天の修行イベントの前倒しができないかと試みた。
結果はもうすぐ出るが……朝に約束ができた時点で分かったようなものだ。
(アイツは、酒天は間違いなく来る。そういう男だ)
原作でもルートごとに迷宮攻略速度が異なる形で描写されていたから、より早いルートを発生させることも可能だとは思っていたが。
実際可能性があると分かるとやる気が湧いてくるな。
(やるぞ、神我狩RTA!!)
◇ ◇ ◇ ◇
(おそらく、固定されているイベントはアイゼンの雷撃だけなんだろう)
開発のネタキャラ愛が強すぎるだけというかなんというか。
ざっと思い返しても、共通ルート以降で日時の固定されていたイベントは、アイゼンへの雷撃以外に存在しなかった。
(さて、RTAをするに当たって、まずは20階層の骸骨突破方針を考える訳だが――)
骸骨の突破方法は主に2種類、撃破か和解だ。
ゲーム内での撃破ルートは3~4日、和解ルートは7~9日を必要としていた。
ここは当然、撃破ルートを選択する。
(自然、ヒロインは撃破ルート側の心愛か紅葉、もしくは禁后になるわけだ。俺にはあまり関係ないが)
俺には関係ないことだが、酒天の強化には関係あることなので一応意識をしておく。
撃破ルートに必要な手順は大きく2つ。
1つは骸骨を精神力で上回ること。1つは酒天が三明の剣の真の使い方を習得すること。
骸骨を精神力で上回り、上回った精神力を三明の剣に適切に乗せる方法を取得する。
これが骸骨撃破の方程式だ。
本来、明日発生するアイゼンが酒天を襲撃するイベントで精神力をなんとかし、2日後~3日後に三明の剣の真の使い方を覚える流れだが――
(今から酒天に会って両方のイベントと同等の結果を出す。そして明日、骸骨を撃破する!)
3日かかるルートを1日で撃破し、2日の短縮。これが今回の目標だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「遅くなりました、委員長」
「はっはっは。なに、私も先程来たところだよ――好い表情だな、酒天」
酒天は負けてきたというのに爽やかな表情を浮かべていた。
良い傾向だ。
本来、アイゼンと骸骨、計2度の敗北から立ち直るのに日数を要するはずだったが、これなら明日も攻略に向かえるだろう。
「はっ。その、詳しくは語れませんが今朝の鍛錬のお陰ですよ――それで、何の用です?」
「なに、おそらくソレに関係ある話だ。この姿、見覚えがあるんじゃないか?」
「我が身へ降れ、天の大甕――輝背王」
輝背王。アイゼンの神纏、鉄の王に似せて名づけた俺の神纏。
能力を解放し、異次元金属製の鎧を展開する。
アイゼンに酷似した、しかし異なる意匠。白銀の騎士姿がそこにはあった。
「アイゼン――いや、違う!?」
「ふむ、やはり出逢っていたか……詳しくは話せんがな、ヤツを止める。それが私の使命だよ」
これから酒天にRTAをしてもらうに当たって、問題が一つある。
天目鋼はたまに出番がある程度のサブキャラクター。
本来、地下迷宮攻略に関係のないキャラクターだ。
故に助言できるはずの範囲や関われるイベントに制限が生じる。
しかし、RTAをするに当たってはゲーム知識を活用して片っ端から助言し、迷宮探索にも同行する必要がある。
故に――天目鋼は何か理由があってアイゼンを追う、酷似した能力の使い手。
そういう設定ということにする。
アイゼンをロールするより、鋼として同行する方が精神的にも楽だしな……。
あのチンピラ仕草は非常に疲れる。その点、鋼はほぼ素なので楽チンだ。
「とはいえ、私とヤツでは性能が違い過ぎる。私ではヤツを倒すのは不可能だ――故に酒天よ、恥を忍んで頼む。お前を鍛えるから、ヤツを倒してくれないか」
「そりゃもちろん、というかこっちとしても願ったり叶ったりですが」
「そうか、すまんな……」
素直な酒天に色々な意味ですまないと思いつつ、天目鋼をロールする。
「では酒天、お前にはこれから、アイゼンの倒し方――極大の精神力を持った異次元物質の使い手との戦い方を習得してもらう」
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど。20階層とやらに極大の精神力を持った異次元物質の骸骨が居る、と」
「ならばアイゼンと同じだな。能力付与を持っていない分、予行練習として丁度よい」
地下迷宮について知らないテイで、酒天側の事情を確認する。
アイゼンの倒し方を教えるという建前で骸骨の倒し方を教える。これが俺の作戦だ。
「さて、肝心の倒し方だが――」
どう説明しようか……まあ、作中の説明通りに説明するしかないのだが。
「まず、言うまでもない前提だが、人間の精神力は無限大である」
「故に極大の精神力に到達するのは、少なくともお前であれば難しいことではない」
人間の精神力は無限なので、無限に研ぎ澄まされた精神に到達できる。実にロジカルだ。
「極限に集中した一撃、それであれば今のお前でも極大の精神力には到達可能のはずだ」
めちゃくちゃな理屈だが、実際それで酒天はできてしまうので大丈夫だ。そこは問題じゃない。
「しかし、それではできて互角です」
「その通り。故に酒天、お前には極大を超えた一撃を会得してもらう」
そう、互角ではだめなのだ。敵が放つは、精神に感応し威力が上がる武具に極大の精神を乗せて放つ一撃。それを更に超越しなければならない。
「そのために必要な前提は2つだ。1つは極大を超えた精神に達すること。
これは後で説明するが、おそらくお前なら可能だ」
極大の精神を超えるためには、極大を超えた精神を習得する必要がある。実にロジカルである。
「重要なのはもう1つ。極大を超えた精神力を、お前の神白に乗せる方法。
酒天よ、お前はお前の神白――三明の剣の真の力を、引き出しきれていないのだ」
「三明の剣の、真の力……」
「不思議には思わなかったか、酒天。どうして神憑位の神白が、アイゼンや骸骨の神纏位と同じ異次元物質生成能力なのか」
アイゼンも骸骨も、神纏としては性能の極北、理論上可能な最大値を備えている。
しかし、それでもそれは神纏の位階なのだ。本質的にはどうやっても神憑位に劣るし、同種の能力であるならそれは明確な性能差として表れる。
「結論から言えば、お前の三明の剣は特別製だ。他二者とは本質的に異なっている。お前のソレはもう1段階上の存在だ。極大を超えた力に耐えうるキャパシティを持っているのだ」
酒天の場合は単純にして明快、上限の差だ。
「キャパシティを最大限に発揮する型。それを会得してもらう」
◇ ◇ ◇ ◇
「委員長、これは流石に――!」
「集中しろ、酒天。雑念が混じっていては引くことすらできんぞ」
酒天に持たせたものは、三明の剣を3本すべて。
顕明連・小通連を組み合わせたものにオーラの弦を張り、大通連を掛けて引く。
そう。三明の剣の真の姿とは、弓である。
……だったら剣って名前をつけるなよと思うが、文句は開発陣に言ってほしい。
ともかく、三明の剣は弓なのだ。ただの弓ではない。弓幹が異次元物質でできた弓だ。
弓幹が最高硬度の物質であるゆえ、引くこともままならならない。
更には引こうとして集中し精神を高める程、硬度を増してますます引けなくなるという極悪仕様だ。
「委員長、これは論理的に無理ですよ」
引く力に呼応して硬度を増す弓。確かに論理的に考えて無理である。しかし――
「ふむ、それはお前の論理性が足りないだけだな」
弓の能力であるからには、これは引けるのだ。実にロジカルである。
「どれ、そのまま持ってろ。反例を見せてやる」
言いつつ酒天の背中に密着し、左手に左手を、右手に右手を添える。
「ちょ、ちょっと、委員長!?」
「我慢しろ、私はオーラの弦を出せんからな。」
できるものなら一人で持って実演してやりたいが、私一人では弦を張れない。こればかりはこうやる他ない。
集中し、左手で弓幹を押しながら右手で弦を引く。
少しずつ。本当に少しずつだが、弓幹は撓り弦が弧を描き始める。
「これは……!」
「何、単純な理屈だ。弓幹の強度が精神力に依存し、引く力も精神力に依存するが故に引くことができない。それはある意味で正しいが――」
この世界は、そんな常識的な理屈を根幹に置いていない。
「言ったろう、人間の精神力は無限大であると。一瞬前の自分を超えろ。それだけでいい」
無限に何を足しても無限だが、それでも一歩進んでいる。それこそ人間の可能性というものだ。
……文句は開発陣に言ってほしい。ともかく、実際に弓は完全に引き切られたのだから、この世界ではそうなのだ。
しかし、現時点では弓が引かれた、ただそれだけだ。三明の剣の正しい使い方は教えたが、今の状態ではあくまで極大の精神力が乗っただけの弓に過ぎない。この姿勢から、極大を超えた精神を乗せていく必要がある。
「これで前準備は完了だが、あくまで前準備だ。可算無限にいくら加算しても、それは可算無限に過ぎない――ここから極大を超えた精神に達するのだ。さすれば、この一撃は無敵となろう」
「委員長、極大を超えた精神とは……?」
「無限を超えた無限、非可算無限の力。極大の精神に、極大の精神を掛け合わせろ」
本来、これはそうやって引く弓だ。
極大の精神を込めた弓幹を、極大の精神を乗せた体躯で押す。そうすれば、弓は一瞬で引き絞られる。
……その領域に達するのはまだ先の話だが。今回は、時間を掛けた一撃を放てるだけで十分だ。
「つまりだな――ベタだが、思いに思いを重ねるのだよ。居るだろう、心愛君に紅葉君、後は禁后も候補になるか?要は抱きたい女を考えるんだ」
「だ、抱きたいって……何言ってんですか委員長!?」
「うん? 純粋な異性交友は認められているぞ。真に愛しているのであれば、抱くことも純粋な関係だろう」
「いや、それとこれとは……」
「いいか酒天、私は真面目な話をしているんだぞ。お前一人では決して迷宮は踏破できない。必ず誰かを連れて下ることになる――その誰かを、護る。その気持ちを以て、弓を引くのだ」
根本的に。酒天のチカラは、独りでは成立しない類のチカラなのだから。
「極大の思いに、極大の思いを乗算する。それこそが極大を超えた精神の領域だ。故に酒天よ――抱きたい女を考えに考えて、弓を引け」
愛する思いを弓幹に込め、護る思いを体躯に込める。似て非なる思いはそれぞれを邪魔せず互いに高め合う。それが弓を引く力へと転換されるのだ。
「言い方ってもんがあるでしょうよ!」
酒天は吐き捨てつつも、表情を引き締める。
自身の護りたい存在、ソレを思い浮かべながら弓を引き絞り――
空に放った矢は光となり、1.3秒の後に月へと到達した。
◇ ◇ ◇ ◇
「うむ、今の一撃を忘れるな」
「ありがとうございます、委員長!」
酒天は極大を上回る精神力を獲得し、三明の剣の真の使い方を取得した。故に――
「では明日、私とお前で潜るぞ」
「えぇっ、お、俺と委員長が!?」
動揺する酒天。まあ当然か。
「お前の心配は分かる。今の一撃、戦闘中に繰り出せるものではないからな」
「いや、そういう話でもなく……いや、そういう話でもあります。あの骸骨は武道家として完成の域にある。今の一撃を準備する隙も、まして中てる隙もありはしません」
「故に私だ。私が戦い、その隙を作る」
「――できますか」
俺の宣言に対し、酒天は真剣な声色で問いを投げた。
「委員長の技量は信じています。信じていますが、故に限界も理解している。委員長であればヤツとの戦闘を成立させられるでしょう。そして――それだけです。仮に命を賭したとしても、隙を作ることまでできるとは……」
「できる。本来アイゼン用に考えていたものだが、策はある。それに――そもそもだ、酒天。何度だって言うがな」
らしくない意義を唱える酒天に、俺は天目鋼らしく答える。
「人間の可能性とは無限大である!限界とは、超えるものだ!!」
「――ははっ。相変わらずですね、委員長は」
「うむ。それこそが私、天目鋼である!」
俺が骸骨の隙を作る。
だから酒天は思う存分に一撃の準備をしてくれれば問題ない。
「故にお前はあの一撃に集中すればいいのだ」
そう言って、ふと気になった疑問を口にする。
「そういえば、一撃と言えばだが。先程の一撃は完璧だったよ……一体誰を思って放ったのだ?」
本来であれば明日以降に会得するはずの一撃、実はこれがルート分岐イベントだったりする。
ヒロインを想い、極大を超えた一撃を手にする。
つまり想った人物が誰か分かれば、この先の展開も予想できるということだ。
「本命は心愛君、次点で紅葉君、大穴で禁后かと思っているが。一体誰だね?」
「…………」
撃破ルートなのだから、撃破ルートの3人の誰かだろう。酒天は俺の問いに、たっぷり十秒ほど沈黙して。
「……秘密です」
視線を逸らし、そう告げた。
「はっはっは、まあそうだな。付き合い始めたら紹介してくれればよい!」
まあ、骸骨撃破後、30階層攻略時の同行者を見れば分かることだ。今は良い。
「さて、腹が減ったな……もう寮の食堂は終わっているしどうしたものかな」
よし、やりたいことも終わったしさっさとイベントを終えるとしよう。
「私は外で食べていこうと思う。酒天はどうする? お前は自炊派だったよな」
天目鋼は自炊ができない設定だ。
俺はできるが、急に料理ができるようになって怪しまれてもアレなので設定に従って行動することにする。
「だったらアネクドートはどうっすか。今日のお礼に奢りますよ!」
「アネクドート……それは素敵だ!」
レストラン・アネクドート、酒天の実家だ。
そして設定としては最高にうまい店ということになっていた……初めてのアネクドート……実に楽しみだ……。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう……うまかった」
学生向けのディナーメニューを平らげる。
いやはや、設定通りにうまかった。
人生経験が少ないので何とも言えないが、前世では食ったことの無いレベルの美食だった。
「喜んでもらえて何よりっす。でもまだですよ、店長がデザート付けてくれるって……あれ? 委員長が甘味を気にしないって珍しいですね」
「ん!? い、いや、気にしてなかったわけではなくてだな。あまりにそわそわするのもどうかと思った次第だ」
しまった、甘味好き。俺がそうでもないせいで、その設定を忘れていた。
うーん、ライス大盛りにしたのは完全に失敗だ。もうお腹いっぱいだが……。
ここで食べないのは天目鋼として怪しいからな、無理してでも食べないと。
そんなことを考えているうちにデザートが運ばれてきた。
品目は……ケーキだ。赤いケーキ。
うーん、ちゃんとした名前があるんだろうけど俺には分からない。
黄色のスポンジと赤い何か、たぶんベリー系のブツの層が交互に重なり、最上部には赤い粒状の何かとベリーが乗っている。
非常に細かい造型で、描き込みが細かい……ダメだ、俺に言えるのはこの程度だ。
「うむ……きれいだな!」
「ははっ。委員長、甘味になると語彙力低下しますよね」
良かった、リアクションは正解らしい。
天目鋼がスイーツを食べるシーンなんて原作では描写されてないからな。危ないところだった。
さて……甘党なんだし甘いものは直ぐ食べるだろう。そのまま流れで、ひとかけらを口に放り込んだ。
「――――ッ」
脳に、衝撃が走った。
舌から脳を乗っ取られたかのように、意識が多幸感に支配される。
これが、これこそが甘味好きの体験している世界か――
気づけば拳大のケーキ1つと、ついでに酒天の分の半分が俺の腹に収まっていた。
恐ろしや、甘党の肉体。
恐ろしや、甘党の味覚。