表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

1-3_検証


早朝の武道場。そこに天目鋼は立っていた。


深く息を吸い、深く吐く。


息を吐いて、吐いて、吐ききって。肉体が完全に弛緩したその一瞬。


「疾ッ――!」


木刀を一閃。音速を超えた一撃は、パンという音を遅れて発生させた。


「流石です、委員長」

「うむ? ああ、酒天。見ていたか。この時間から来るのは珍しいな」


振り向くと、そこには稽古着を着た酒天が居た――よしよし、想定通りだ。


「――まあ、色々ありまして。委員長こそ珍しいですね?」

「はっはっは、確かに。普段は自室で鍛錬しているからな」


原作では、アイゼンに敗北した酒天が、独り苦悩する場面だ。

俺は少し検証したいことがあり、彼との鍛錬を試みに来ていた。


「そうだ酒天、一つ地稽古でもしようじゃないか」

「えっ、打ち合いですか」

「ああ――しかし、私では不足かもしれんが。負けたのだろう? 異常に強い誰かに」

「……どうしてそれを?」

「なんとなくな、目を見れば分かる。しかし――」


目を見てもわからないが、俺には原作知識がある。昨日の状況どころかモノローグまでお見通しだ。


「シャキッとするのだ、酒天! 今のお前からは覇気が感じれん。そんなものでは、護るものも護れんぞ!!」

「委員長……」


二度、酒天は目を瞬かせ、


「ありがとうございます! 一稽古、お願いします!!」


気合の入った声で応えた。


◇ ◇ ◇ ◇ 


天目鋼は風紀委員長であり、その肩書通りに熱血委員長然したキャラクターである。


とてもじゃないが、あの自分勝手なアイゼンと同一人物とは思えない振る舞いだが、実はあれで日常は仮面を被る程度の自制力がある……わけではない。


アイゼンは傍若無人、超自己中な人間だ。とても風紀委員長を演じられる人物ではない。


ではこの天目鋼はどういうことか。秘密は風紀委員の腕章にある。あった。


アイゼンは風紀委員の腕章に、『着けた者は風紀委員長っぽいキャラで振る舞う』という能力を付加していたのだ。


それにより日常では優等生を演じられており、アイゼンの意図と無関係に主人公たちを心配し、アイゼンの意図に反して慕われている。

尤もアイゼンはクズ野郎なので、そんなことすら毛ほども気にかけていないのだが。


「剣筋が乱れているぞ! まずは全力で打ち込め、雑念を捨てるのだ!」

「はい!!!」


尤も、部屋に置かれていた腕章からは能力は失われていた。アイゼンが付与を解除していたのだろう。では、なぜ俺がその技量も含め天目鋼を演じきれているのかというと――


俺が、天目鋼のことが(・・・・・・・)大好きだからだ(・・・・・・・)


正に俺の理想の生き方の体現とした熱血ぶり、鍛錬に対するストイックさ。


俺はその生き様に引かれた。

言動を真似、あらゆる武道に打ち込んだ。


数年後に発売された完全版の真ルートで、天目鋼の正体がアイゼンであり、仮初の人格でしかないと知ったときは3日寝込んだほど。


いや、アイゼンはアイゼンで好きなのだが……。

俺の理想とした天目鋼が存在しないと明かされたショックは筆舌に尽くし難かった。


いや、たしかにアイゼン=鋼説は初版から言われていた説だ、二重人格説も囁かれていたさ。

だが俺は今も納得言っていない。だって――


鋼なら! アイアンじゃなくて! スティールだろうが開発陣!!!


◇ ◇ ◇ ◇ 


「……ふぅ、こんなところか」

「ありがとうございました!」

「なに、大事な後輩のためさ……多少は吹っ切れたようだな?」

「押忍!」


よしよし、問題なくイベントを終えられたな。俺の鋼ロールは完璧だ。


となると次は――


「ならばよし。であれば、もう少しお前に伝えるべきことがある。今日の放課後、時間は取れるか?」

「放課後ですか? あー、えっと……」

「はっはっは。何、お前ら都市研が何かやってるのは知っているよ。私も風紀委員長としての仕事があるからな、その後でいい」


ちらり、と武道場の掛け時計に視線を向ける演技をする。


「そうだな。19時にでも、またここでどうだ」

「うっす、ありがとうございます!」


夜に約束を取り付け、俺たちは武道場を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇ 


放課後、五鬼童酒天達は旧校舎地下迷宮を進んでいた。


旧校舎地下迷宮とは、旧校舎の地下に作られた迷宮である。


都市研部長の禁后によれば、迷宮の主は魘魅と呼ばれる神懸(fusion)位の怪人。

迷宮には魘魅の生み出した怪物が跋扈しており、それらが溢れる前に魘魅を討伐するのが酒天達の任務である。


そして酒天達は昨日踏破した10階の続きから歩を進めていたのだが――


『ハンッ! 魘魅の野郎やる気アンのか? この程度で俺様を止められるわきゃね―だろう!!』

「どうしてお前が同行している、アイゼン――!」


どういうことか、10階層からアイゼンが同行しているのだ。


昨日の再来かと身構えた酒天達だったが、何をするわけでもなく、いやむしろ酒天達の手助けをするように怪物達を倒しながら同行している。

これには酒天達も困惑していた。


『アン? お前ら魘魅のお気に入りでよ、殺そうとすると邪魔されるじゃねーか。だから手助けしてんだよ!』

『お前らと一緒に魘魅のところまで降りて! 魘魅を半殺しにして! 魘魅の目の前でお気に入りのお前らをぶっ殺す!!』

『どーだ、完ッ璧な計画だろう!』


「性根が最悪だ……それに、いくらなんでも単純が過ぎるだろうが!」

『ハンッ、天才の俺様の精神構造は非凡なお前らとは360度違うんだよっ!!』

「いや、360度回ったら一緒じゃない……」


うーん、バカだよなぁアイゼン……。

鈴鹿の突っ込みに内心同意する。

演じる俺も完全にそう思うが、これは原作通りのムーブだった。


俺はアイゼンを演じつつ、怪物たちを狩りながら行軍する。

易々と狩っているように見せかけているが、中の俺は必死だ。


鎧と剣は見た目そっくりに異次元金属生成能力で拵えた。

鎧も剣も、無敵や必殺のような効果こそ有していないが、異次元金属の性能は精神力で上下する。

つまりアイゼンでなく俺が使う限りはそこそこ問題ない。


問題は機動性能だ。

アイゼンは関節や筋肉に高出力能力を付与し補っていたが、俺は能力付与能力を使えない。


そこで使用しているのが、設定資料にのみ記載されていた技能。他人の神白のコピーだ。


神白とは、異次元の神に接続し、その側面と同調し、力を引き出す能力者である。

接続先の神が神白に固有なため、神白の能力は固有というのが基本ルール。

しかし何事にも例外はあるものだ。


他人の能力を使用したいと考えた場合、一番の問題になるのは他人の神に接続する方法だ。

それをどうやって代替するか。結論から言うと、他人の神に直接接続することは不可能だ。

だから直接接続している神白を介し、間接的に接続する。


俺は酒天と精神的に同調し、酒天の神降(access)、肉体強化能力をコピーしていた。


そんな簡単にコピーできていいのかという話だが、実際全く簡単ではない。

間接的な接続には、両者の間で強い信頼関係と、精神的な同調が必要だ。


要するに酒天以外の相手からはコピーできないし、酒天からコピーするためにも朝に打ち合っての細かな調整を必要とした。


加えて俺という人格の上で酒天の精神をトレースし、その上でアイゼンというバカを演じ、更には超高速の進軍を行っているのだ。

見た目とは裏腹に、無茶に無茶を重ねた行軍である。だが――


(この程度でへばっていちゃ、最終決戦に参加できない!)

(それにきっと、天目鋼という人格が存在したら、きっと同じことをしているだろう)


俺の憧れた天目鋼ならこれくらいはやってのける。

故に、俺はやってのけてみせるのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ 


20階層。そこには10階層と同様に強者の気配を纏った怪物が佇んでいた。


身長2mの骸骨(スケルトン)

それが20階層のボスだ。


(昨日の10階層のボスは……確か、巨大なスライムだったか。それを倒したところにアイゼンが乱入した形だったな)


『ハッ、それじゃあ俺はここで見といてやるよ。精々頑張れ神纏(hold)野郎』


そう言って俺はどかっと腰を下ろす。


――これは雷撃の強制力の有無を確認する実験だ。


本来、アイゼンは嬉々として骸骨に突撃し、一度は圧倒するものの反撃を食らい、雷撃を食らう。

ここで何もせずに雷撃を食らうとすれば、強制力は存在するということになる。


『おい神纏(hold)野郎、さっさと神憑(trance)を使いやがれ。異次元物質サマの敵じゃねーだろ』

「言われなくても――!」


酒天は三明の剣を召喚し骸骨に斬りかかる。


……一方的な打撃音が、連続して響く。

刀を構え、オーラで武装した酒天と、徒手空拳の長身の骸骨。

剣戟は一撃たりとも掠らず、打撃は複雑な軌跡を描きながら必中を続ける。

それは10階層でのアイゼンと酒天の戦いが、立場を変えて焼き直されていた。


骸骨の動きは素早くかつ流麗。達人の領域にあった。


武道家として十分な腕のある酒天に対してすら、一方的に攻撃を行っていることからその技量が伺える。


しかし――悲しいかな、酒天のオーラの前に骸骨の攻撃は通らない。

故に決着は、さほど時間を掛けず訪れた。


「シッ――」


骸骨の動作に無理やり割り込み、酒天の一撃がその躯体を捉える。


決着はあっけなかった。

圧倒的な攻撃力の前に骸骨の躯体は粉微塵になり、後に残ったのはただ一片の骨だけだった。


「よし、これで!」

『――甘ぇよ神纏野郎。魘魅の野郎は性根が捻じ曲げってやがるんだ』


俺は酒天に警告を告げる。

瞬間。酒天の背後に、骸骨が出現した。


「危ない――!」


戦いを見守っていた犬童心愛が念動力で骸骨の動きを縛る。

それは一瞬の拘束であったが、酒天にはそれで十分だった。


「サンキュー心愛!」


酒天の一撃が骸骨に直撃、粉微塵に粉砕する。


「危ない、2体居たのか……」


危機を脱し安堵する酒天。

しかし、彼は魘魅の――あるいは原作ライターの性根の悪さを理解していない。


『バァーカ。本当に何も教えられてねぇんだな、お前ら』


俺の指摘に呼応するかのように地面から出現する、骸骨、骸骨、骸骨。


「なんだコイツら、また――」

『この骨は仏舎利、世界中に収められていた(・・)ブッダの骨だ。

コイツラはブッダの骨で作られた骸骨なんだよ』

「はぁ!? だったらなんでこんなにあるんだよ」

『あー、なんだったか、確か仏教の塔にはブッダの骨を埋めなきゃいけないことになっててな。だからブッダの骨は、新しく塔を建てると増えるってことになってんだよ』


もちろん本当にすべての仏塔に仏舎利が埋められているわけではないが、ある時期に建てられた仏塔は仏舎利が納められていることになっているし、日本にも3か所そういった塔があるのだ。


『もちろんほぼ全ては偽物だろうが、その数なんと2トンあるらしいぜ――ってぐわあああ!!』


響く轟音、アイゼンに落ちる雷撃。

ああ、やはりか。雷撃は強制イベントらしい。


『なんだよ魘魅! この程度教えてもいいだろうが!!』


適当にそれらしい台詞を吐いておく。


やはり、やはり強制イベントか。そうすると、死亡回避する方法は――アレしかねぇな。


『あーもう、俺様は寝る。精々頑張れ、神纏野郎』


俺はふて寝を装い、原作通り観戦することとした。


「ちっ……心愛、サポート頼む! 鈴鹿と早妃は安全地帯に居てくれ!」


◇ ◇ ◇ ◇


数十分後。そこには大量の骨粉と骨片が転がっていた。


「……ふぅ」


酒天は軽く息を吐く。


所詮、数が多くとも1体1体は対処可能な敵である。殲滅は時間の問題だった。


「良し、俺だって神憑を使えば――!」


ふむ、原作だともっと憔悴したセリフだったはずだが――。

良かった、朝の稽古が効いているんだろう。酒天はアイゼン(オレ)にやられた自信を取り戻しつつあるようだ。


いい傾向だがしかし、ここでの油断は命取りになるので煽りに見せかけた助言を入れる。


『甘ぇ、甘ぇよ神纏野郎。何度だって言ってやる』


『魘魅の野郎はな、性根が捻じ曲げってやがるんだ』


そう言って、俺は骨片を指差した。


骸骨を倒すたび、そのほとんどは粉砕され粉となり、一部が骨片として飛び散った。


攻撃の当たった部分が粉砕され、当たらなかった部分が骨片として残った、わけではない(・・・・・・)


注意深く観察していたら気づけただろう。

すべての骸骨で、異なる部位の骨片が生成されていたことに。


骨片が蠕動し、一箇所に集まっていく。それは長躯を形成し――


金色に輝く骸骨が、そこに立っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ 


「なにさなにさ、金ピカに光ったくらいで。やっちゃえ酒天、さいきょーな神憑で!」


遠巻きに見ていた早妃から酒天への声援(野次?)が飛ぶ

確かに、一見見た目が変わっただけだが――


視界の端で、酒天が冷や汗を垂らしている。

うむうむ、よしよし。どうやら状況を正しく理解しているようだ。


「早妃、紅葉……あと心愛もだ。ヤツを刺激する前に地上に戻れ」

「なにさ酒天、そんなに光ってるのが、」

「行くよ早妃、ココ姉! ――絶対帰ってきてよ、おにぃ」


酒天のただならぬ様子を感じ取り、女性陣は撤退する。


「おい、アイゼン――ありゃ何だ。神白の気配がするぞ」

『ああ、そりゃ神白だからな』


ここまでの怪物は、あくまで強い怪物に過ぎなかった。

多少パワーが強く、多少タフで、多少火や冷気や雷撃を吐いてくる程度だった。

本番は、ここからなのだ。


『ブッダに接続できる神白の骨を全部抜いて、仏舎利に置き換えた。

そしたら死んでも動いた。それがアイツだ』

「なっ、そんな非人道的な――」

『オイオイこの程度、魘魅の仕業の内じゃ驚くに値しねぇよ。

所詮はまだ20階層なんだぜ? そんなことより、性能のヤバさを気にするんだな』


『仏舎利にブッダのカミが降りた。このヤバさが分かるだろう?』


人にカミのチカラが降りたのが神白だ。

では、カミ本人の躯体にカミのチカラが降りたとすれば?


『まあ、仏舎利っつってもほとんどは偽物な訳だが――たった今テメーが選別しちまったからな』


酒天の一撃に耐えた骨片、アレこそがホンモノのブッダの骨だ。


『アレはホンモノのブッダの骨に、ブッダの神が降りた、そういう代物だ、

テメーの剣で破壊できなかったから分かるだろ?アレは全身異世界物質だ。そして――』


『ブッダに精神力で勝てる人間なんざ、この世に存在しない』


精神力が性能に比例する異次元物質製の躯体に、最高の精神力を注入した。

それがあの骸骨のコンセプトだ。


『まあ、尤も? 最強の俺様にかかればラムネ食っただけで再現できる程度の代物なんだがなぁ!!』

「なるほど、つまり――少なくとも技量で大幅に勝る分、徒手空拳のお前より強いってことだな。アイゼン」

『言いやがったなこの神纏野郎!』


アイゼンらしくキレた振りをしたが、実際酒天の指摘した通りだ。


あの骸骨は破壊不能の躯体に最強の精神力、そして達人級の武道の技量を併せ持つ。

端的に言って隙が存在しない。完全無欠さがあの骸骨の強さだ。


『それで? どうする? テメェは俺様にも勝てないんだ。当然尻尾巻いて逃げるだろ?』

「確かに倒すアテはない。だが――」


「まずは全力で打ち込む! 雑念なんか捨ててな!!」


そして。酒天は骸骨に打つ手がなく撤退したものの、その表情は晴れやかだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ