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葬列

作者: 水無飛沫


炎がパチパチと燃える小気味よい音に目を覚ます。

私の身体は棺に横たえられていた。

見回すと、そこは村で唯一の神社の中だった。

上体を起こすと、あれほど(だる)かった身体が嘘のようにスッキリしていることに気づく。


境内では大きな篝火が焚かれている。

私の身体が乗せられている無機質な棺と花束に合点が行く。


……私は死んだのだった。


年が明けたばかりの張りつめたような冷たい空気。

私が着ているのは真っ白な死に装束と簡素な草履だったが、不思議と寒さは感じなかった。


炎に引き寄せられるように、私は境内に降りる。

夜を通して絶やされることのない炎は、まるで誰かを迎えるかのようだ。


山の方から風に乗って降る白雪が、神社の境内をそっと撫でては消えていく。

燃える篝火が、幾ばくか温度を上げてくれているようだ。

見上げると、雲一つない空には満月が浮かんでいた。


振り返り祭壇を見ると、それは葬儀とは少し違う様子だった。

村にある言い伝えを思い出す。


若くして亡くなる娘は、神様が呼んでいるのだという。

だからその身体を捧げるのだそうだ。

娘の死んだその晩、轟々と火を焚いて、神様をお招きする。

生きた人間は何人も家から外に出てはならぬ。



(私、捧げられるんだ……)


恐ろしさに逃げてしまいたくなる。

けれど、逃げたところでもう死んでしまった私がどうなるというのだろう。



しゃり。

しゃり。


遠くの方から音が聞こえる。

村を練り歩く、複数の足音。


そんなことが、と思う。

けれど、今晩に限っては、生きた人間の足音ではあるまい。

恐怖が私の胸を支配する。


しゃり。

しゃり。


雪を踏みしめ、近づいて来る。

ほら、もうその辻にまで。


しゃり。

しゃり。


神社の階段を登ってくる音。

すぐに彼らの姿が目に入る。

神輿を担いだ幾つもの姿。

先導は提灯をぶら下げていて、その姿が見えてしまう。

二本足で歩く狐だった。


「お待たせしてしまいましたかな」


狐が歯を見せて笑う。

その様子が恐ろしくて、私が何も言えずにいると

「さあ、乗ってください」と、狐が輿を指す。

動けずにいると、「ささ、ささ」と半ば強引に彼が私を乗せる。

豪奢な施しのなされた輿は、中も丁寧な造りになっていて、布団よりも柔らかい素材が私の腰を包み込んだ。

格子から辛うじて見えた村は真っ暗で、人の気配が少しもない。

これじゃどっちが死んでいるのかわからない。

きっと叫んだところで誰も聞こえないし、聞こえたところで助けてもくれないだろう。


村はずれの雑木林を抜けると山になっている。

その一角に古くなり今にも崩れそうな朱の鳥居が、幾重にも重なっていた。

その鳥居を、輿を担いだ狐たちがくぐっていく。

私の横で幾つもの鳥居が、後ろへと流れていく。

時間の流れ同様、もう戻れないのだと思うと途端泣き出してしまいたくなる。

かあさま、とうさま。


振り返るけど、闇に塗りつぶされた村は、もう見えない。

あの大きかった篝火も、どこにもない。


先導が何かを察したのか、

「大丈夫ですよ」と慰めてくれる。

何が大丈夫なのか。それすらもわからない。

私は何に嫁ぐのだろう。

恐怖と不安に、私はただしくしくと泣いた。


永遠に続んじゃないかと思われる鳥居を眺めていると、次第に夜空が青みを帯びてきた。

遠くの地平が白く染まる。

少しずつ色づき、やがて薄暮へと変化したころ。

最後に生きた世界をこの目に収めようと振り返る私を、遥か頭上で石のように冷たくなった月が嘲り笑う。

闇は闇のまま。村の姿は決して浮かび上がらない。

絶望が私を支配する。


あぁ、気付いてしまう。

これは……この黎明は、お日様の光ではないのだ。

これは、あちら側の、光なのだ。

私は彼此(ひし)の境を越える。



雪が舞う。

輿に乗った私は嫁入りなどという華やかなものではなく、贄として運ばれている。


天気雨を狐の嫁入りというのなら、風花の舞うこれは……。


あぁ、やっぱり葬列なのだろう。





チリンと鈴がなる。















幼い頃、私は神隠しにあった。

どうしてそうなったかはよく覚えていないけど、もしかしたらあの頃既に呼ばれていたのかもしれない。

気が付くと私は、真夜中のこの森にいて、一匹の子狐に出会った。

満月の光を受けて銀色に輝いていたのが印象的だった。

雪の降り積もる広場を、私たちは駆け回って一緒に遊んだ。

子狐の首元についた大きな鈴が、跳ねるたびにシャンと鳴るものだから、私たちは踊るようにしてたくさん跳ねた。

蹴り上げた雪の粉が銀色に輝く。

まるで幻想のような光景だった。

狐が言う。

「ずっと一緒にいよう」

私は「うん」と答えて、その愛くるしい姿を撫でた。


その後、私は村の入口で眠っているところを発見されて、無事に両親の下へと帰ることができた。

一晩の出来事だと思っていたのだけど、実際は七日七晩も経っていたという。


それからしばらくして私は、長い病に伏した。








――今日は私の十五の誕生日だった。
















































「千年後……必ずまたあなたに会います」

そう言って女は死んだ。

その死からちょうど千年。あの場所に童女が立っていた。








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