表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

11.待て

 

「あのぉ……こちらカップル用の席でして……」


「カップルです」


「そ、そうですか」


「……」


 ごめんなさいお姉さん。心のなかで若い店員に謝りながら秋は必死に顔をそらす。

 それでもジロジロと興味深げに見られているのが分かり、早くこの場から立ち去りたい気持ちが膨らんだ。

 ここは映画館。そして夏が若い店員に「カップルです」と自信満々に告げて受け取ったチケットは『カップル専用特別席』である。

 何でわざわざそんなチケットを、とかカップル専用ってどんな席だよ、とか言いたい事は多々あるが、秋はとにかくこの場から離れたくて夏の手を引いた。


「飲み物は何を買いますか?」


「何でも良いけど」


 秋から手を繋いでもらえたのが嬉しいのか、夏は上機嫌で売店に並ぶ。

 ポップコーンとドリンクを注文したらこちらも若い女性の店員で、とても良い笑顔で告げる。


「本日カップルデーなのでカップルの方には割引がありまーす」


「「カップルです」」


 まぁ今後会うことも無いだろう人達からどう思われようが気にする必要無いよな。

 秋がそう達観するのにさほど時間はかからなかった。


『カップル専用特別席』とは、映画館の一番後ろに設置された二人がけのソファー席である。

 ソファーの間を隔てるついたてまで設置されており、思う存分二人の世界に浸ってくださいと言わんばかりだ。


「さぁ行きましょう秋さん!」


 思う存分カップル顔して二人の世界に浸りたい夏が秋の手を引く。


「嬉しそうだな」


「はい。ずっと秋さんと座りたいと思っていたんです」


「へー、何で今まで使わなかったんだ?」


「そ、れは……今までずっと満席だったんです……」


「へー……」


 たまにこいつボロ出すよなー……と笑いそうになるのを堪えながら、秋はとても満席にはなりそうに無い特別席に腰をおろした。

 思ったより座り心地は良い。

 揚げ足を取られた夏は少し気まずそうにしながらも秋の隣に座り、腕はしっかり秋の肩にまわす。


 本日二人が観るのはアクション物の人気洋楽映画。

 手に汗握るスリル満点の映画に夢中になる秋は、その間もずっと夏が映画そっちのけで見つめている事に気づかない。否、気にしない。

 いちいち気にしていられない。

 気にしていたら何も出来ない。

 なんせ四六時中見つめられているのだから。

 映画の時ぐらいスクリーンを観ろよと思うがいちいち言うのも面倒くさい秋は黙って見つめられておいた。


 物語も終盤、ヒーローとヒロインが熱い抱擁を交わし別れを惜しむ。そんな場面で夏からするりと指を絡められて頬へ口付けられた。

 しかし秋は、今から最後の戦いが始まるであろう物語に夢中で夏の怪しい動きに無反応であった。


「秋さん……」


 秋が拒絶しないのをいい事に、夏は更に体を密着させ耳で囁く。

 肩を引き寄せ、秋の指に絡ませた手はそのまま口元に持っていき、秋の指にキスをする。

 そして秋の指に舌を這わせて……殴られた。


「今は良いところなんだから邪魔すんな」


「……すみません……」


 珍しく怒られた事でへこむ夏と、再び映画に夢中になる秋。

 しかし、秋の『今は──』の言葉を聞き逃さなかった夏は、映画を終えたその後に大いに期待して今か今かと“待て”を続けるのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ