大好き
電車から降りて、二人並んで家まで歩く。
「♪~」
心底機嫌良さそうに、美鈴は鼻歌を歌っている。
その様子を見て、思わず俺の顔も綻ぶ。
紆余曲折あったが…一先ずは一件落着と言ってもいいだろう。
結局俺の方の問題は話せなかったのだが……
「ねぇ、誠くん」
急に美鈴が呼びかける。
「何だ?」
「もっかい、名前呼んで」
思わずため息がこぼれる。気持ちが分からないとまでは言わないがそんなに嬉しい事なのだろうか。
百歩譲って一回や二回ならまだしも通算二十五回目のリクエストだ。
とはいえ別に断る理由がある訳でもなく…
「…あー、美鈴?」
「……へへ、もう一回!」
「いや、さすがにキリないだろこれ…」
このままだと家に着くまでに美鈴という単語がゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうだ。
適当になだめると美鈴は俺の顔をじっと覗き込んでくる。
「な、何だよ?」
俺の視界の九割以上を美鈴が独占する。
どういう意図かと聞いてはみるが何も答えてくれない。
自分でもどんどん顔が赤く染まっているのが分かってしまう。
「嫌なの?それともただ恥ずかしいだけ?」
いたずらっぽく美鈴は笑う。
俺の反応を見て、明らかに楽しんでいる。どうやら完全に余裕を取り戻したようだ。
弄ばれるのが好きという訳ではないがさっきまでに暗い顔をさせてしまうよりかは何倍もいい。
ただ、今後名前を呼ぶたびに過剰に反応を示すのは控えてほしいとは思う。
毎回毎回あんなに喜ばれてたら俺のテンションが持ちそうにない。
まぁ中二の頃から……となると二年ぶりか。そうなるとここまで嬉しがるのも普通…なのか?
人の感情の基準値など元々定められるものでもないのかもしれないが……
少なくとも美鈴の持つ愛情は、平均よりかはだいぶ大きいのだろう。
「じゃ、また明日な」
家の前までたどり着き、美鈴に向かって手を振る。
と言っても美鈴の家もすぐ隣、その距離およそ5m。お別れ感は全くない。
美鈴も俺に向かって手を振って……ん?
「…手招きしてんのか?」
よく見ると美鈴はこっちへ来いと手を動かしているようだ。
俺は小走りで美鈴の元まで駆け寄る。
「何かあったか?」
「ん」
俺の耳の前でちょいちょいと人差し指を動かす。
「……耳貸せってことか?」
俺の問いにこくりと美鈴は頷く。
急になんだ……?
と思いながらも俺は素直に言うことに従う。
すると美鈴は内緒話をするように耳に顔を近づけ、手を縦にして口元に添える。
そうしてそっとその言葉を言い放った。
「大好き」
脳が揺れた。
地面が揺れた。
世界が揺れた。
「……ははっ、顔真っ赤だよ誠くん。じゃあまた明日」
呆気にとられる俺を楽しそうに笑って、美鈴は帰っていく。
俺はと言うと、頭の処理が追い付かずずっと自分の家の周りをぐるぐるしている。
傍から見たら完全に不審者だ。
大好きという言葉が延々と頭の中にフラッシュバックする。
美鈴は今まででも婚約者などの発言はよくしたが、ここまでシンプルな愛を伝えられたのは久しぶりである。
完全な不意打ちだ。そりゃ顔も真っ赤になるだろ。
「……いや、違う。これはきっと夕日のせいだ。誰が何と言おうと夕日のせいだ」
誰が聞いている訳でもないのに一人でに言い訳を始める。
高鳴りを抑えるように必死に胸を掴む。だが無駄な抵抗だ。
どんなに頑張ろうとあの感覚が、美鈴の声音は頭から消えてくれない。
最終的に誤魔化しの言葉も思い浮かばなくなり、俺は諦めて空を見上げた。
「はっ……」
思わず笑ってしまう。
今の空模様は、清々しいまでの雲一色だ。
今更ながらこの機能の存在に気付きました……
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