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死んじゃいそう

改めて振り返ってみると、俺は中々に酷い人間だ。

苦い記憶を思い起こすのと電車の揺れが重なり、少し気分が悪くなる。


「……誠くん、顔色悪いけど大丈夫?」


怪訝そうな顔で美鈴は俺の前髪を掻き分けて額に手を添えてきた。

俺は慌てた素振りをするが、美鈴の厚意を振り払うことはできない


小さな手の感触を、誠の温もりを感じる。



……何かこの表現我ながらちょっときもくね?むしろ我ゆえにと言うべきだろうか。



「気持ちわりーよ……」

思わず口に出してしまう。

「え!?せ、席どっか座る?誰か言って開けてもらおうか?電車酔いかな……吐き気とかある?」

「いやごめん、今のはそういうんじゃ……」



さっきまでの余裕そうな態度とは一変して美鈴は慌てふためいている。



昔からこうだ。こいつは俺が体調を崩すと一気に冷静さが崩れてしまう。


小学四年生の頃、俺がインフルエンザで40度以上の熱を出した時美鈴は家で延々と泣いていたそうだ。

挙句の果てには伝染るからダメと言われても無理やり家に入ってきて看病しようとしたらしい。

何だかんだで熱は引き、久しぶりだと会いに行けば一時間くらい無言で抱き着かれる。

少し恥ずかしさを感じのけようとしたものの、無言の圧力の前に俺は何も出来なかったのだった。





目の前に座っていた女子高生たちはついさっきに降りていたようで空いたスペースに並んで座る。

そうして美鈴はずっと俺の背中を心配そうにさするのだ。



「……ごめんね。蒸し返して傷つけようとかそういうんじゃないの。私はその……」

今までとは違い、美鈴の言葉からは圧力の様なものは消えていた

多分自分の一言で俺に気苦労を掛けた、とか心配してるのだろう。

だが違う。気苦労がかかっているのは他でもない俺自身の責任だ。


「分かってる。むしろ謝んなきゃいけないのは俺の方だ」

「違うよ。わがまま言ってるのは私だし……」



しおらしい顔をしながら頭を下げようとする美鈴を制止し、俺はしっかりと美鈴と向き合う。

今更と思われるかもしれない。実際ぐうの音も出ない意見だ。

謝るのが正しい選択肢かも定かではないし、そもそも正しい選択肢なんかあるのかすら疑わしい。




だが何にせよ、このまま自分に甘えて有耶無耶にしていい理由はないのだ。






「……悪かった。美鈴」

「え?」



美鈴は大きく目を見開く。

何が起きているのか分からない。といった顔をしている。


「……いいの?」


「いいも何も、そもそも名前で呼ぶなんて頼まれるようなことでもないだろ」



多分、俺の顔は夕日くらいに真っ赤に染まっている。

そっけない様なセリフを言ったが、思っていたより百倍気恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。




「本当、そうだよな。頼まれなくても別に……何だって俺は……」


言ってて本当に自分が嫌になってくる。

体裁とかメンツとか、偉そうに着飾っているが要は自分の都合でしかなかった。

波風立たない方がお互いにいいとか、勝手に美鈴本人にとっての幸せを代弁して……




「償いってか、何て言うべきなのか分かんないけど……少なくともお前が望むんだったらこれからはもう絶対に変えない」


俺は宣言する。都合のいい逃げ道は自分で壊しておく。

もう逃げない。そう自分の心に決め、しっかりと美鈴の目を見て……!





目を……見て……




「……美鈴?」



見えない。


美鈴は自分の手で顔全体を覆っている。まるで俺から何かを隠すかのように。




「……じゃいそう」


「……え?」



少しの沈黙の後、顔を隠したまま美鈴はぽつりと声を零す。

しかし上手く聞き取れない。

俺はそっと美鈴の方に耳を寄せる。



「死んじゃいそう……」






背が震える。汗が噴き出る。俺は俯いて思考を重ねる。



何で?死んじゃう?体調不良?持病?いや違うそれはない今まで16年間生きててそんな話は聞いたこともない。


予期していなかった答えに俺の頭はパニックを起こす。




どうしたらいいかも分からず俺は顔を上げ、縋るように美鈴の方に視線を合わせる。




いつの間にか、美鈴の顔を覆う手は消えていた。







「嬉しすぎて、死んじゃいそう……!」


そこには、雲一つない満面の笑顔があった。

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