絶望
この作品はあくまでフィクションでありキャラクターの言動は作者の思想とは決して無関係です
私の親は、物心付いた時から居なかった。
父方の祖父母の家で育てられていた私は、漠然と邪魔だから捨てられたことだけは理解できていた。
お爺ちゃんとお祖母ちゃんは二人とも今でも私を懇切丁寧に可愛がってくれる。
純粋に嬉しい。
しかし、時折申し訳なさそうに両親の事を詫びるのはやめてほしかった。
私が今二人に育てられているのが純粋な愛か、はたまた償い、罪悪感によるものなのか。
後者であるとは、思いたくなかったからだ。
小学生の頃から、私は人生と言うものに絶望していた。
何故かと言うと単純な話だ。
クラスメイトも同学年も先輩も後輩も先生も。
ありとあらゆる人間全部が馬鹿にしか見えなかったのだ。
それが如実に表れていたのは道徳の授業。
人を思いやるだの優しさだの内面を見ろだの…
耳ぞろえのいい言葉を並べてそれが正義だと押し付ける無意味極まりない時間だ。
正直、曲解と言われると否定できない部分はある。
それでもそんな捉え方をしている私が書いた道徳作文が市の教育委員会に認められ、全校集会で表彰までされてしまうのだ。
教師たちは私の倫理観をひたすらに褒め、生徒たちは羨望や尊敬の眼差しで私を見つめる。
そして私が頭を下げて賞状を受け取ると体育館一帯を拍手が包む。
壇上から見るその光景は、笑えて来る程滑稽極まりないものだった。
あんな作文ものの十数分で書き上げた稚拙極まりない自己啓発文だ。
当然そこに真実など何一つ無い。それらしい言葉を並べただけの駄文である。
結局誰一人として本質など見えていない。見ようともしない。
自分にとって都合の悪い真実など想像する気概もないのだ。
くだらない。
中学に上がってもそれは変わらない。その事実に絶望感は増していく。
想像力のない連中は挨拶並みの頻度で私の性格を褒め称えてくる。
「御子柴さんって本当に優しい」「完璧な人間」「統率力があるな」
「人を見る目に長けているのね」「貴女になら何でも相談出来る」
これはただの言葉を投げかけた当人の理想上の私に過ぎない。
一見誉め言葉にしか見えないがそれを理解した上で聞くと、心底気持ちが悪いと思えて来る。
人は誰もが心の底から尊敬し、敬愛し、心酔できる存在を求めている。
勿論私自身も。
だからこそ優秀な人間こそ、その対象により挙げられる……端的に言ってしまえばモテる。
微塵も驕らず、私はその典型だったと言えるさ。
だが、逆に私にとってのそんな人物は見つからなかった。
知能も運動能力も容姿も…どれを取っても私の上を行く存在などいない。
誰もが皆凡人の域を出てくれないのだ。
この世界ではそんな人間たちを普通、と呼ぶ。
むしろマイノリティなのは私の方だった。
その事実はトラウマのように常に私の頭に残って、どれだけ言い聞かせても離れてくれやしない。
私はこのまま世界に絶望して、誰かに心酔すらできずに死んでしまう。
そんな未来が容易に想像できてしまった。
死因は老衰か事故死かはたまた自殺か……それすら微々たる問題に思えた。
これが、私の絶望だ。
しかし、そんな私にも高校二年生になって転機が訪れる。
つい先月に行われた生徒会選挙だ。
私はそこで…とある後輩に心を惹かれた。
何か読み直してみるとすげぇ中二病に見えてきちゃう……
まぁ間違ってる訳でもないんでしょうけどね