好きだから
「ぇほっ!」
焦りが極限まで高まった結果口から出たのは情けなくか細い咳。
もう少し飯を飲み込むのが遅かったら噴き出して大惨事になっていた所だ。
だが、俺の頭の中は既にそこそこ大惨事である。
「……何のつもりですか?」
しびれを切らした美鈴が重く閉ざしていた口を開く。
今の今まで一切喋ろうとはしなかったが会長の言葉に反応したのだ。
それも当然。悪びれる様子もなく自分が犯人だと自白するという……
だったら何でわざわざ昨日俺たちに探りを入れたって言うんだ?
現状の確認をして、そこから自分の行いを隠す為じゃないのか?
何でこの人は、積み上げたものをいとも簡単に崩せるんだ?
「何のつもりって……君たち周りに関係バレたくないんだろ?」
当然だろ?とでも言うように会長は言い放った。
その言葉に俺と美鈴の顔が一層強張る。
わざととは分かっていてもなお本質から遠ざかった回答をされるのは腹が立つ。
俺は呼吸を整えて真意を問う。
「そもそも何であなたがそんな事するんですか?」
「人助けをするのに理由が居るかな?ま、あえて言うなら私は根っからの博愛主義者なんだよ」
おどけた笑みを浮かべながら会長は言った。
さっきも言ったが分かってる。この人は今俺たちの調子を逆撫でする事に全力を注いでいるんだ。
従って馬鹿正直に受け入れず話半分に受け流していればいい。
分かっている。分かってはいるのだが……
分かっていても腹が立つ。
断言しよう。絶っっっっ対にこの人はそんな事微塵も思っていない。
上辺だけの薄っぺらい言葉だと言うのが表情と声音から察知できる。
そしてそれを隠そうともしないのが苛立ちに拍車をかけるのだ。
もう会長は完全に体裁とか立ち位置を捨てている。
自分がどんな悪印象を持たれるか等気にも留めていない。
ていうか何だ?ストーカー行為も人助けの一環とか言うつもりなのか?
くっそぉ……この人昨日は一応、生徒会長として相談に乗りたい!的な事言ってたんだぜ?
それも俺の警戒心を解くための行動の一つに過ぎないんだろうが……
ここまで堂々と開き直られると一周回って尊敬すらしてしまいそうだ。
「……怖いなぁ、そんな顔するなよ。ごめんごめん、さすがに今のは質の悪い冗談だったよ」
俺の顔をじっと見て笑顔は崩さないまま先輩はぺこりと頭を下げる。
あまりに急な変貌だった。
これだ。一定のラインを超えると急に今までの自分を捨ててくる。
だからこそ掴めない。この人の全体像が。
少なくともこんな探り合いのような会話の中では非常に厄介な話だ。
「じゃあ分かった。君たちを助けたり尾行したり…色々やったが私の根本的な動機を
嘘偽りなくシンプルに説明しようじゃないか」
そう語る先輩の表情に、違和感が生まれる。
……嘘じゃない。
何故か、俺はそう確信出来た。
真実かどうか…保証なんてどこにもない、そもそも表情で判断できるほど知ったつもりもない。
それでも、何故か今から発せられる言葉には虚飾が無いと思ってしまえるのだ。
実際俺の読みは当たっていた。
今から先輩が語る動機は、嘘偽りない真実だ。
ただ、当然だが真実が常に都合の未来とは限らない。
むしろ疑いようのない真実だからこそ、より悩まされることもあるのだ。
真実とは、場合によってはこれ以上無く残酷な現実にもなり得る。
会長は自分の胸に手を置いて、俺たちにしか聞こえないくらいの絞り出すような声で言った。
「この世界で誰よりも、君が好きだから……だよ」
次回から生徒会長の独白の予定…出来るかな…