そこそこの地獄
中学校ってのは人生において中々の鬼門だと思う。
勿論学校によって勝手は違うだろうが大概は周辺の小学校からまとまって入学する。
それによって小学校まで積み上げてきた関係が次々と変化していく。
その流れに乗り切れるかどうか、それが今後の人生に中々の影響を残していくことだろう。
要はその人間の真のコミュ力が試される場だ。
陰キャだの陽キャだのの定義の選別は大体ここで始まる。
まぁ俺がどっち側になったのかは語るまでもないだろう。
俺の元に二人の男がやってくる。
片方は坊主、もう片方は眼鏡を掛けたセンター分け。識別するための最低限の情報を拾っておく。
誰かは知らないけど、多分クラスメイトだ。
坊主頭の方が俺の机に顔を寄せ、話しかけてくる。
「よー…………あー何だっけ、名前……」
「バッカお前失礼だな、確か月島…だよな?」
センター分けがそう言って軽く坊主の頭を叩く。
「惜しい。生島な」
そう訂正すると二人は露骨にまずい、といった渋い顔をする。言うほど惜しくはない。
ファーストコンタクトに失敗したのが気がかりだったのかあわあわしながら言葉を探している。
別に名前を間違われるのなんてどうでもいいが、ずっと席の前に居座られるのも迷惑だ。
軽く頭を掻いて俺はとっとと話を進めさせようと促す。
「で、何か用事ある?」
俺がそう言うと二人は少し安心したような顔をする。
多分その理由は名前を間違えたことに関する言い訳をしなくてよくなったから、ってところだろう。
別にそれは本当にどうでもいい。今に始まった話でもないからな。
「あーそう!で月島さぁ」
……いや、どうでもいいけど一応訂正したんだからそこは間違えないでくれよ…
このように、俺はこの中学においてクソ程どうでもいいであろう人間だった。
そんな俺にわざわざ何の質問をするかと。見え透いたことだ。
「その……ぶっちゃけ桜庭さんと付き合ってんの?」
きっと、この言葉を聞いた俺は精いっぱいの苦笑いを浮かべていたと思う。
生憎俺はそこまで記憶力がいい方ではない。
そのため中学時代何回言われてた、とか厳密な回数は当然言えやしない。美鈴なら一桁の数字まで覚えられるかもしれないが……
しかし、〇回以上という曖昧なくくりでなら伝えることはできる。
最低でも一年間で200回以上は絶対聞かれた。
まぁ、そりゃ俺なんかと完璧美少女が仲良さそうにしてたら気になる輩も出てくるだろう。
そうしてとりあえず俺に真相を確かめに来る、という流れなわけだ。
勿論美鈴のことが嫌いだったわけではないが……
正直思春期真っ盛りということもあり、そういうことで弄られるのはいい気分はしない。
無論
「いやぁ~もう付き合ってるどころか婚約までしててさ~」
なんて言えるはずもなく、俺は大体さりげなく否定していた。
「そんなんじゃない。ていうかそれ美鈴には聞くなよ」
実際美鈴の方に来る野次馬を止め切れていたのかは分からない。
それでも、当時の俺にできた方法はこれぐらいしかなかった。
が、連中にとっては俺の言う真偽なんてどうでもいいことらしい。
結局何か群がる対象が欲しいだけだ。
いくら否定しようと憶測は止まってくれなかった。
この件においては人の噂も七十五日、ということわざは当てはまらない。
少なくとも俺たちの噂は三百六十五日以上続いた。
「二人って結局付き合ってんの?」「私違うって聞いたけど」
「いや、とりあえずそりゃ否定はするだろ」「実際幼馴染っていうけど距離近いもんね」
「c組の相沢が言ってたけどあいつら体育倉庫とかで……」「マジで!?俺聞いてこよっかな」
唯一マシな所と言えばこれが続いていたのが中一の頃だったという点だ。
もし中三の受験期にこんなことやられたら俺はストレスでぶっ壊れてたかもしれない。
とはいえ、あくまでマシである。
そもそも人付き合いの苦手な俺にとってはそこそこの地獄だ。
毎日毎日周囲から好奇の視線をあてられ、根も葉もない噂が耳に入っていく。それどころか直接聞いてくる奴もそれなりに居た。
二年に入って美鈴とクラスが別になり、これで少しは減るだろうと思った。
が、勢いは止まらない所かむしろエスカレートしていったのだ。
新入生達は皆次々と美鈴に注目を寄せていく。そうなれば必然的に俺にもしわ寄せが……
終わらない負のループだ。
そんな中でも美鈴は変わらず俺に接してくる。でもそれは悪い事ではない。
俺が勝手に一人で抱え込んでいただけの話だ。
しかし抱えきれるかと言われたらそうなる訳でもなく……
結局俺は耐えられず、中二の途中から美鈴と距離を取ろうとした。
間違っても美鈴の為なんかじゃない。ただ、自分が楽になりたかっただけだ。