空気悪くね?
俺は鞄に詰めたペンケースを取り出そうとする。
この中に今も件の消しゴムが入っているのだ。
とにかく実物を見せて説明した方がいいだろう。
そうして丁度鞄に手を突っ込んだ所で俺の腕は美鈴に掴まれる。
「え?」
「……桜?」
「噂を広めたのは、生徒会役員としての素行確認ですよ」
俺の腕をがっちりと掴みながら美鈴はそう言った。
そのせいで消しゴムは取り出せそうにない。俺は混乱しつつも何もできない状況にいた。
何故このタイミングで邪魔を……?
いつもより声のトーンが不機嫌なように低い気がするが、それは気のせいじゃない。
明らかに美鈴は生徒会長を睨んでいる。
……ん?
会長は美鈴の顔と俺の腕を交互に見て、確かに今一瞬不機嫌そうな表情を浮かべた。
その表情に俺は幾ばくかの疑問を抱く。
困惑されるなら分かるが……少なくとも睨むところではないだろう。
追及してみようかとも思ったが、いつの間にか先輩の表情は温和な笑顔に戻ってしまっていた。
そんな事はお構いなしに美鈴は話を進めていく。
「2週間ほど前に伊藤先生から話があったんですよ。
あそこのファミレスでうちの制服を着た人間がマナーを考えずに騒ぎ立てて他のお客さんから学校に苦情が来たって」
……一応俺は初耳だ。
伊藤先生は俺たちのクラスの担任だが特にホームルームなどでそんな話を聞いた覚えはない。
となると個別に話をされたのだろうか。
ただ、少なくとも噂をその為に広めたというのは嘘だ。
元々はただあの場に居た人間を絞ろうとしていただけである。
何故わざわざそんな嘘をつくのか、今の俺には分からなかった。
会長は真偽を確かめるように美鈴をじっと見定めている。
俺は思わず背筋を震わせてしまう。
会長は笑みを崩してはいない。
しかし、その目の裏にある真っ黒な感情が……俺にも確かに見えたのだ。
その表情のまま、会長の反撃が始まる。
「おかしいねー…少なくとも私にはそんな話は届いてないんだけどな」
「とりあえずで私に話したんだと思います。事が大きくなれば注意喚起を広めるとも言ってました」
「……ふーん」
二人は会話を交わしながらお互いを見つめて……ていうか完全に睨み合っているような構図だ。
美鈴はともかくとして何故生徒会長までこんな喧嘩腰に?
おまけに笑顔自体は崩れてないのが怖い話である。
いつの間にやら俺は完全に蚊帳の外だ。
ただ眉をひそめながら二人の大激論に耳を貸しているだけ。
今も絶賛腕は拘束中だが……少なくともこの場では完全にいらない奴じゃないか?
だが、別にそれは大したことじゃない。いらない奴状態は今に始まった事でもないしな。
一番俺が気がかりなのは……
「だったら今から伊藤先生にその旨を確認してきてもいいかな?」
「どうぞ。と言っても、今日は娘さんが熱を出されたという事で午前中に早退されてましたけど」
「……随分と都合いい状況になるもんだね。本当に偶然なのかな?」
「え?私に先生の娘さんの体調を左右させる力なんてある訳ないじゃないですか」
いや真面目に空気悪くね?
話を進めるにつれ互いに少しずつ語気が強まり、早口になっていく。
会長はひたすら説明に対しての矛盾や粗を突っついている。
それに負けじと美鈴は補足をして、尚且つ会長の調子を乱そうとしているのか常に煽るような姿勢を崩さない。
会長と和気あいあいと話し、あわよくば消しゴム事件についての意見をもらう。
それが俺の当初のプランだった筈なのに……
打って変わって今や完全に険悪なムードだ。
美鈴は敵対心を剥き出しにして、会長もそれに呼応するように口調を厳しめに変えていく。
そんな流れがしばらく続いたところで突如会長は口火を切る。
「なら生島くんに聞こう。
桜と一緒に行動してる君は当然その風紀調査の噂について、事前に聞かされていたんだよね?」
「……言ったよね?そうだよね?誠くん」
突如として二人の視線が一気に俺に集まる。
え?ここで話振られんの!?
焦った俺は視線を逸らそうとするが当然逃げ場など無い。
いや、さっきも言ったがそれに関しては今日初耳だ。
従ってこの場で嘘をついているのは美鈴という事になる。
ならそれを指摘するべきか?
しかしそんな事に俺が気付くのは美鈴なら分かる事だろう。
だったら考えなしに俺に話を振るのか?
いや、それはないだろう。
となると美鈴を信じて口裏を合わせるべきなのか?
……恐らく俺は今究極の選択を迫られている。
一体、どっちの味方をすればいいんだ?
日常パートを書きたいが……話の区切り方が難しい……!