篭絡
「あの……あ、すみません」
反射的に口から出たのは謝罪の言葉だった。
誠意なんて欠片もこもってない、口先だけの謝罪だ。
何故残っているか……って、いやなんて答えればいいんだ?
ていうかこっちだって何でしれっと会話に混ざってるんだって聞きたい位だ。
「ああ違う違う。別に咎めようっていう訳じゃないよ」
にこやかな笑顔を保ちながら会長は謝る俺をなだめる。
その言葉にほんの少しだけ安堵した。
「別に、生徒会長だからって生徒の行動を規制する資格がある訳でもないし……
力を抜いてくれてかまわないよ」
まるで創作に出てくる貴族のような口調で会長はそう言い、俺の肩をぽんぽんと叩く。
「はぁ…」
俺は曖昧な返事を返すことしか出来なかった。
ボロを出さないようにとにかく気を配る。
「改めて自己紹介をしておこうかな……
桜は知ってるだろうけど、生徒会長を務めている御子柴優香です。
生島くんの事は桜から色々聞いてるよ」
胸に手を当てながら俺に向かって軽く頭を下げる会長。
凛とした佇まいから繰り出される普通の挨拶に思わず呆気に取られてしまう。
……何だ、これ。思っていた展開とまるで違うぞ。
俺は、この後地獄の追及が来ることを覚悟していた。
何故残っていたか、何を話していたか、何故二人きりでいるのか。
一部始終を話すまで決して逃がしてはくれない。
そんな状況が来ることを、あの瞬間の笑顔から予想していた。
いや、まだ分からない。
油断させた所から一気に……という可能性もあり得る。
…だって、そうでなきゃあんな笑い方はしなくないか?
そこが引っ掛かり俺は会長の一挙一動に警戒する。
しかし……
「それで……私のクラスでもかなり噂になってて、更に発端が桜って聞いてさ。気になった訳」
「あー成程……だから美鈴ちゃんに話を聞こうとここまで来たんですね」
あれから15分ほど経った所だが今の所の空気は極めて良好だ。
初めは警戒していた俺も今ではすっかり普通に話せるようになっている。
その証拠に本来中々ハードルの高い美鈴ちゃん呼びをさらっと行えた。
唯一気がかりな点があるとすれば、ここまで美鈴が一言も喋ってないことくらいである。
ひょっとしてこの人……普通に滅茶苦茶いい人ってだけなんじゃないか?
どうやら話を聞く限り会長は美鈴の流した噂を聞いてここまで探しに来たそうだ。
何故かと言うと…自分もあの日偶然ファミレスに行っていたからと、確かにそう言った。
直接あの場に居た当事者として、何か気がかりなことがあるなら相談に乗れると。
俺はもう確信した。会長は消しゴムを投げた第三者ではない。
勿論適当に言っている訳ではないぞ。
理由は単純、わざわざファミレスに居たことを自分で明かしているからだ。
そもそも俺はその事を浅野に聞いて初めて知った。
裏を返せば浅野がそのことを話さなければ俺は会長があの場に居たことを知りもしなかったんだ。
何なら今でもそれは俺と浅野と美鈴しか知らない話だ。
にも関わらず会長は迷うことなく自らその旨を説明した。
もし何か作為を持った者の仕業だというのなら、その犯人像は会長には当てはまらない。
噂が広まっている、即ち探られている事を理解しておいてなお自分から疑われるような告白をするのは明らかにおかしいのだ。
ちなみに会長が純粋な善意で消しゴムを投げたという説も恐らくない。
そうだったら普通に最初からそう説明すればいいだけの話。
それもないということはそもそも無関係だということだ。
何にせよ、会長はやましい気持ちがないからこそ堂々と言えたということである。
従って会長は第三者ではない。
「気になることがあるなら何でも言ってくれ。生徒会長として全身全霊を以て協力させてもらうよ」
胸を張って言う生徒会長を見て、俺の頭に一つの妙案が思い浮かぶ。
そうだ、こう言ってくれてるんだし消しゴムの件を相談してみるのはどうだろうか?
頭のいい生徒会長ならきっと俺たちの大きな助けになってくれるだろう。
しかもあの場に居たとなれば、更に有力な情報が手に入るかもしれない。
俺はすっかり会長の言葉に乗せられて、言われるがまま口を開いてしまう。
「あの……実は……」