悩みの正体
「まず、先輩自身も何かそういう気持ちに至るまでの辛い経験があったりしたんですか?」
まるでカウンセラーのような口ぶりで、私は先輩に問う。
始めは何気ない雑談をしてたはずなのにな……
何はともかく、まずは御子柴先輩の悲観の核を探る。
別に分からなくてもやりようはあるが、あった方が会話を回しやすい。
警戒心を解きつつ、あわよくば一から十まで晒け出してもらいたいのだが……
「……」
先輩は下を向いて口を閉ざしている。
と言っても断固として回答を拒否しているわけではない。
言うべきか、言わざるべきか、そんな葛藤を抱えているのが表情で分かる。
……どうやら結構深い事情の様だ。
軽い気持ちで聞こうとした私の胸に少しの罪悪感が募る。
しかしここまで来て退くのも、いやそっちの方が身勝手な話だ。
私は当初の予定通りに言葉を進める。
「大丈夫です」
私の言葉に先輩は大きく目を見開く。
「否定も見下しも軽蔑も侮辱もしません。どうか先輩の助けにならせていただけませんか?」
そう力強く宣言する。
……我ながら意地の悪い言い方だ。
堂々と清廉潔白を装って相手に取り入ろうとする。
あなたのために、何て言葉を真っ直ぐ突き付けられたら断る方が一苦労だ。
言わば善意の押し付け……って所かな。
最も一番の問題はそれが偽善と言っても等しい点なんだけどね。
先輩は目元を拭った後、しっかりとした目線で私に向き直る。
教室の窓から差し込む日差しに照らされた彼女の姿は、さながら絵画の様だった。
その表情を引き出せたことに私は安堵する。
後は悩みを聞いて、最終的に共感を重ねれば気は幾分かは晴れてくれるだろう。
そんな単純な考えをしていた私に、予想外の発言が来るのだった。
「……れん、あい」
「……へ?」
「……その、恥ずかしいんだが……恋愛関係の話……なんだ」
その後先輩は顔を真っ赤にして頬を掻きながら具体的な内容を説明してくれた。
要点をまとめるとこんな感じだ。
先輩には好きな人が居るがその人には既に想い人が居る。
その二人の関係は幼馴染で取り付く島がない。
先輩なりに様々なアプローチを仕掛けてみてはいるが脈は全く無さそう。
まだチャンスがない訳ではないが望みは薄い。
意外にも、年相応の女子高生らしい普通の悩みだった。
いやこんな言い方先輩に使うものでもないのだろうけど……
一息に話し終えた御子柴先輩は吹っ切れたように語気を強くする。
「私の方が顔も頭も圧倒的に!完膚なきまでにいい筈なんだよ!なのに幼馴染だからとか……そんなのもうどうしようもないだろ!?なぁ桜!」
「あはは……」
「何が運命だよ!子供は親も顔も住む場所も選べないんだぞ!?まぁ顔は文句ないけど」
予定が狂ってしまい、何とか精いっぱいの苦笑いをする私。
興奮している先輩を抑えるように両手を出す。
いや恋愛は顔とか頭よりも相性だと思うけど……
にしても良くここまで自分をよく言えるなこの人……まぁ事実だけどさ。
何にせよこれ、このまま言わせてていいのかな?
その後1時間ほど先輩の愚痴を聞いて過ごした。
話し終えた御子柴先輩はすっきりとした顔で私に礼を言う。
ひたすら愚痴を聞くなんて気が滅入りそうなものだけど、意外と楽しい時間だった。
そこは御子柴先輩の話術によるものだろう。いずれ吸収させてもらいたいものだ。
ていうかめちゃくちゃ恥ずかしい。
……OK。まとまった。(キリッ)とか思ってたけど想定通りに行ったのは悩みを引き出す所までだ。
自分の心の内に留めているとはいえ、自意識過剰は程々にしておこう。
こんな感じで思い返してみると……確かに仲がいいのかもしれない。
私を助けるために咄嗟に消しゴムを投げたっていうのはあり得る。
瞬時に誠くんとの関係に気付くっていうのもまぁ先輩の頭脳なら……気づかなくはないだろう。
だとすると誠くんはバレてしまった事を気にしてるかもしれないけど……
何にせよ御子柴先輩は条件をクリアしている。
それと、今回の件と直接関係ないけど気になることがもう一つある。
……先輩の好きな人って誰なんだろう?
「いやお前だろ」