一緒に下校
後藤先輩はとぼとぼとその場を後にする。
まるで現実を上手く認識できていない……そんな顔をしていた。
至極当然の反応である。
俺は後藤先輩の背を目で追う桜庭の肩を軽く叩く。
「あっ!」
すると桜庭はこちらに振り向きまるでプレゼントを前にした子供のように目を輝かせる。
…ったく、何がそんなに嬉しいんだこいつは。
「ごめん、待たせてたよね?先輩に急に呼び出されちゃってさ」
「…それは別にいいんだけどなぁ……」
俺の不満げな顔を見て桜庭は不思議そうに首を傾げる。
こいつ、自分がどんなこと言ったか気づいてないのか?自分の知名度を知らないのか?
噂として広まれば……いや先輩は多分そういうことはしないと思うが、懸念がある時点でアウトなのだ。
しかも今に始まった話ではない。小学校の頃から毎回毎回……!
何度目か分からない注意喚起、今更通じるとも思えないがそれでもやるしかない。
「お前、何かと誘われたりして大変だとは思うがいきなり婚約者がどうとか言い出すのはなぁ…」
「え?大変じゃないよ、ていうか何かまずいかな?別に誠くんの名前出してないし問題ないでしょ」
俺の不安など知らんというふうにあっけらかんと桜庭は言いのける。
ここまで言っても事の重大さに気付かないとは…なんて天然なんだこいつは……!
と言うとでも思っているのだろうか。
俺の不安に気付かない?そんな筈はないのだ。
桜庭は俺より何倍も頭がいい。
幼稚園の時からどんな事でも上を行けると思えた事は一度もない。
と言ってもその頃は純粋に尊敬できた。みすずちゃんすげーとか考えてた。
ただし年齢が上がるにつれ尊敬はどんどん畏怖へ変わっていく。
どれだけ裏をかこうとしても桜庭の意表を突くことなどできないのだ。
ババ抜きでは36連敗し、かくれんぼでは毎回俺の場所を一番に探し当て、しまいにはテストの点数すら当ててくる。
例え天地がひっくり返ろうとも、俺はこいつの思考を上回れることはないだろう。
いや、思考だけでなくあらゆる事において俺は……
「……はは、ごめんごめん分かってる。もう本当にやんないよ」
いたずらっぽく笑って桜庭は俺の手を掴む。
恥ずかしい、と思わないわけではないが割と慣れてしまっている自分に少し驚く。
「帰ろ」
そう言ってそのまま連れられ共に校門を潜っていった。
今の時間は16時、本来はまだ登下校してる生徒も多いはずだが幸い今日は人が少ない。
桜庭と手を繋いでる所なんて見られたらある事ない事囁かれるのは必至だろうが……一先ず俺は安堵する。
「もう11月だね~何だかんだ一年って早いや」
駅のホームで電車を待ってる途中、何時ものように桜庭が話しかけてくる。
ここまで来たらもう人の目はそこまで気にならない。俺も安心して雑談に興じることができる。
「だな…お前が生徒会に入るとか言い出した時は驚いたよ」
「ま、一年の内から地盤を固めといた方が何かと都合がいいかなーって。さすがにある程度ノウハウ積んでから会長やるよ」
当然のように来年は会長になると桜庭は宣言する。
ただそこに突っ込む気など今更起きない。まぁそりゃなれるだろう。
俺は少し考える素振りを見せた後に話を切り出す。
「なぁ、桜庭……」
その内容とはずばり婚約者云々の問題について。
今まではなんやかんやではぐらかされたりしてきたが、今日改めてはっきりとさせようと思う。
幼稚園の頃の約束だからダメ、という訳ではないがかといってまだろくに物事を知らない時期に交わしたことも事実。
ここで一旦終止符を打たせてもらう―!
「お前の言う婚約者…」
「そういえば誠くん全然私のこと名前で呼んでくれなくなっちゃったね」
笑顔で桜庭はそう言う。だが目は笑っていない。
体中から冷や汗が噴き出る。
確か、初めて苗字呼びに変えたのは確か中2だったか……?
あの時問い詰められなかったから大丈夫だと思ったのに……!
何とか、何とか言葉を紡ごうとする。
既に会話の主導権を握られているのは言うまでもないだろう。
「や、その…それはだな……俺は」
「間もなく、2番線に電車が参ります」
再び言葉は遮られてしまう。
俺ははっと時刻表に視線を合わせる。丁度到着時間の一分前だった。
「続きは中でしようか。お互い話したいことがいっぱいあるみたいだし」
その声は、いつもより低く聞こえたような気がした。
俺が婚約者問題に怪訝な反応を示しているのにはいろいろな理由がある。
だがしかし、少なくとも好意を持たれることに忌避感を憶えるわけではない。
ないのだが……
桜庭美鈴の愛は、中々に重いのだ。