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九死に一生

浅野は手に持った消しゴムを不思議そうに眺めている。

その瞬間、まさに文字通り反射的に俺は声を出していた。



「消しゴム……!そう、消しゴムだ!消しゴムを落としたんだ!」

急なチャンスに思わず大声が出てしまった。

浅野は肩をびくっと振るわせて俺の顔をまじまじと見ている。


「落としたって……どっちが?」

消しゴムで俺たちを交互に指しながら浅野は問う。

その所作に心臓が震える。


考えろ。この状況で落としていても矛盾が極力生まれないのは……!

質問の答え自体は単純な二択。故に誤ってはいけない。



「……俺」


少し間をおいて答える。と言っても先ほどと比べたら不自然さは感じないだろう。

そう、まずこの場合消しゴムを落としたのは俺にすべきだ。

で次にこのまま美鈴が席を移動した理由をでっち上げる!


意外なほどに俺の脳は速やかに動いてくれた。

微かな希望を得た人間と言うのは、案外馬鹿にできないのかもしれない。



「俺が落として、でそれを美鈴が拾おうとしてくれたんだ。でも正面からだと取りづらいってなって……!」


「……あぁ、それで美鈴が隣に移動したってこと?」


「そういうことだ!」



怖いほど思い通りに話が進む。

浅野の顔から疑念のようなものが薄れてきているのが分かる。

俺は頬を伝う汗を払い、そのまま瞬く間に虚偽の説明を続ける。



「それで、拾って俺に渡そうとしたら急に寝ちまったんだよ」


「……人間ってそんな急に寝る生き物だっけ…?」

「まぁ、2時間もぶっ通しでやってたら急に寝ちゃうときもあるだろ!」



実際俺の手を握ってから寝たのも中々に突然だ。兆候はあるにはあったが。

不自然と言えば不自然だがそうとしか説明できない。



浅野はどうも腑に落ちないといった顔をしている。

こいつ……普段は能天気なくせに何で今日に限ってこんな疑ってるんだ……!

確かに同じクラスの、しかも幼馴染同士が手を繋いでいたら気になるだろうが。

だが今、そして今後においても下手に勘繰られる訳にはいかない。



「それで、目を閉じた瞬間バランス崩したから慌てて手ぇ掴んだんだ!マジでやましい気持ちは欠片もない!そこに丁度浅野が帰ってきたって流れだ」





人に嘘を信じ込ませる時は一部に真実を織り交ぜるのが効果的だというのは有名な話だ。

俺は真っ直ぐな目で堂々と浅野を見つめる。


別に全てを信じろとは言わない。現に俺の話に不自然な場所は多々あるからな。




ただ、少なくとも今日を乗り切れればそれでいい!


何故なら浅野は大体次の日を迎えたら脳味噌がリセットされるからだ!


現に俺はこいつに貸した2000円を未だに返されていない!




「ん~まぁ分かったよ。てか美鈴大丈夫なの?体調不良とかじゃないよね?」


「っしゃ……あぁ、それは大丈夫。保証できる」


思わず出そうになった歓喜の叫びを何とかこらえる。

だが俺の心臓はバクバクと猛っていた。

あの絶対絶命の状況から本気で釈明できるなんて思ってもいなかったからだ。




そして浅野は店内の時計を見て慌てて席を立つ。

「あ、そうだ!ごめんあたしちょっとこの後妹と約束してて……!ここ払っとくから!」

「え?あ、あぁ……?いや金は別に」




突然の発言に呆気にとられる俺。それをものともせず浅野は俺の前で手を合わせる。

「勉強のお礼ってことで!生島本当にありがとね!美鈴にもよろしく!」



そのまま風のようなスピードで浅野はレシート片手にレジまで向かった。

あいつマジで払う気なのか……?




まぁ払っとくと言っても総額の7割占めてるのはあいつ自身が頼んだパンケーキなんだが……



ただ俺たちもドリンクバー頼んだし、2000円はチャラにしておこうと思う。




今はそれより、この場を乗り切れたということの方がよっぽど重要だ。



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