無理ゲー
「えっと……何してんの?二人とも……」
浅野の言葉が胸に突き刺さる。
だが仰る通りだ。何も知らない人からしたら意味不明な状況だろう。
いや、当事者の俺でも理解できていないんだが……何がしたいんだこいつは。
しかしそんなことを考えている暇はない。
見られてしまった以上、言い訳をすることに全エネルギーを注ぐ。
さすがにこんな現場を見たらどんな質問が来るかはある程度想像がつく。
恐る恐るといった感じで浅野は俺を指差す。
「あの……え?っと二人は……やっぱそういう……関係」
「いいえ、ご存じの通りただの幼馴染です」
間髪入れず、尚且つ簡潔に冷静に言い放つ。敬語になっているが気にするな。
今の状況において一番まずいのは動揺を悟られることだ。
発言の一つ一つでどもっていたりしたらいかにも的中してます、と教えているようなもの。
とにかく平常心だ。静かに息を吐いて覚悟を決める。
さぁ、どんな質問だろうと今の俺を止められると思うなよ……!
正直一周回って楽しくなってきた気がしないでもない。
「で?何か?聞きたいことが?おありですか?」
「…聞きたいことしかないけど……まず何?美鈴はそれ、寝てんの?」
若干呆れたような顔で浅野は美鈴を指差す。首を縦に振る以外の選択肢はないだろう。
俺は頷きながらそれらしい言い訳を必死に考える。
と言っても別にここは難しい所じゃない。
「ああ、多分2時間ぶっ通しで勉強したから疲れて寝たんだと思うぞ」
「あー……まぁ美鈴生徒会とかでも忙しそうだしねぇ……疲れちゃったか」
うんうん、と浅野は納得したように頷く。
……よし、まずは及第点と言ったところだろう。
まぁ別に誰だって眠くなることは当然ある。ここで否定されたらそれはもうどうしようもない話だ。
一先ず第一関門を乗り越えたことに俺は安堵する。
「で、何で生島の隣に居んの?そこあたし座ってたんだけど……」
「それは……えっとだなぁ」
早速詰みかける。隣に座っていた理由だと?
まず、そもそも美鈴は何か誠くん不足とか言って俺のところに来たんだったよな。
それを馬鹿正直に伝えるのは絶対にアウト、付き合ってるとかの次元を超えてる発言だ。
ていうか故意に来たと説明するのも出来れば避けたい。
つまり俺は不慮の事故の一環としての言い訳を考えればいいわけだ。
いいわけだが、いい言い訳が思いつかない。何か駄洒落みたいになったし。
説明途中で口ごもる俺を浅野は明らかに不審がっている。
「……それは何なの?ていうか手繋いでっし」
「ぅぐ……!」
思わず小さく嗚咽を漏らしてしまう。
そこは一番触れられたくない所だ。最も隠せるわけでもないが。
手を繋いでいる……繋いで、いやこれどう言い訳したら……!
「これはみ、美鈴がなぁ……」
とにかく無言だけは避けるために何でもいいから言葉を発する。
沈黙は即ち肯定。故にどれだけ核心を突かれても黙るのだけはダメなのだ。
手を……倒れこんだ所を支えて……で何で隣に居るか……んで疲れて寝て……
どれか一つだけならまだしも、この全てに筋が通った言い訳なんざこんな短時間で思いつきやしない。
くそ……諦めるしかないのか?
どんどん浅野の違和感が増していくのが顔を見ていて分かる。
そりゃそうだ。結局重要な部分は何一つ説明できていないのだから。
美鈴は……少なくとも俺の見る限りじゃ起きそうにもない。
せめて美鈴なら何かこの場を乗り切れる方法を見つけられるかもしれないのに……!
もはやたらればに縋るしかない。それほどまでに俺は追い詰められていたのだった。
「……ん?」
諦めかけていた俺の足に何かが当たった。
反射的に俺の視線は足元へと移る。
その様子に浅野も気付いたのか視線を俺の足元に寄越す。
俺の手が塞がっているのを確認してそのまま浅野は下にある何かに向けて手を伸ばす。
「……消しゴム?」
浅野が拾い上げたのは、何の変哲もない消しゴムだった。
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