絶体絶命
今更だが美鈴は、まぁ少し嫉妬深いとでも言うべきなのだろうか。
昔から誰かと話すだけでもすぐ俺の手を取って二人きりになろうとするのだ。
年中の頃におままごとをしていた際に他の女の子と夫婦の設定になった時の美鈴の目は今でも夢に見る。
しかもそのおままごとは美鈴が女の子から俺を奪うという浮気エンドで終わった。
何故5歳児の純粋な遊びが昼ドラへと変貌したのだろうか。
ちなみに昼ドラは見たことがないため実際ドロドロしているかどうかは知らない。
「……何か言えよ」
浅野が席を立ち、美鈴が俺の隣で手をぎゅっと繋いでから5分ほど経った所だ。
5分間、美鈴は微動だにせず俺の顔をじっと見ながら手を握り続けている。
その間何も喋ってない。そろそろ怖くなってきたんだが…
俺の怪訝そうな表情に意も介さず、美鈴は噛み締めるように手に力を入れる。
せめて何か言ってほしいのだが。さすがに表情だけじゃ美鈴の真意は分からない。
「……はぁ。落ち着く」
温泉に入ったような気の抜けた声。
まさか、本当に俺の手から何かそういう効能のある成分が分泌されているのだろうか、なんてくだらない事を考えてしまう。
俺はため息をつく。我ながら改めてため息が多い人生だ。1日3回はしてる。
何だかんだで突飛なものには慣れたと思ったが美鈴の行動は相変わらず読めない。
例えるなら猫を相手にしているような……他の動物と違って会話は通じる筈なのにな。
更に怖いのは俺の困惑も全て想定内であろうことだ。多分俺は一生こいつの掌の上で転がされるのだろう。
いや一生て。
「……何つーか強かな人間だよ。お前は」
目を閉じて浸っている美鈴に呆れ交じりに俺は言う。
ふと、店内のお手洗いのドアを眺める。
もう20分は経ってるのだが。さすがに浅野の帰りが遅いような……
最も女子の平均時間なんて知ったこっちゃないが。
別に体調を崩していたような素振りはなかったから、そう考えるとやっぱり遅い……よな。
ただもしかしたら化粧直しとかそういうことをしているのかもしれない。
妄想のみの考察と言うのは何と空虚なものであろうか。
結局俺は美鈴に聞いてみることにした。
「なぁ、浅野遅くね?」
ドアと美鈴の顔を交互に見る。
その時俺は美鈴の異変に気付いてしまう。
「……んぅ……んー」
目を閉じている。そして首はだらんと降りている。
俺に寄りかかってなければ危うく倒れているところだ。全く……
ていうかこいつ何か寝息らしきものを立てているのだが。
そして相変わらず俺の手をがっちり握っている。
は?
いや待て。待て待て待て待て。
何を考えてんだこいつは……!
こんな所をもし知り合いに、ていうか浅野にでも見られたりしたら……!
焦るな、冷静になれ。生島誠。まだここから挽回する術はあるはずだろう?
そうだ、幸いにも浅野はまだ来ていない。
いつ来るか分からんがとりあえずまだタイムリミットでは……!
頼む神様、今だけ俺に時間を、この場を乗り越える手段をくれ。
「ごめんごめん。うわ凄い時間経ってんじゃん~」
ドアの方から見計らったかのように浅野の声が聞こえてくる。
ああああああああああああああああああああああああああ!!!!
心の中で喉が張り裂けそうなほど叫ぶ。2度と神なんて信じない。
どうする?まだ多分あっちからは完全にバレてはいない。一先ずこの手を離して……
いや離せない!離したら美鈴が床に激突してしまう。
くそぉ…ソファ式の席だったら何とかなったのに!
落ち着け、冷静に、冷静に、この場の最善手を……!
「いやぁ~偶然トイレで会長と会ってつい話し込んじゃって。もしかけて心配かけ……て……」
浅野は飛び出そうなほど大きく目を見開いている。
状況は何一つ変わってない。ていうか変えようがなかった。
目を閉じている美鈴の手を掴んでいる俺に激しく困惑する浅野。
そもそも席の位置変わってるもんな。そりゃ混乱するわ。
「えっと……何してんの?二人とも……」