09 解
バレットフォックスは推進器の炎を弱め、夜更けの大地に足をつけた。
そこは盆地が望める、なだらかな丘の中腹。第二支部基地はもう見えないほど遠かった。
狐色の腕がわたしを、そっと地面におろした。
「ひとまず休憩だ。今後のことも考えたい。……フッ、だがやっちまったな俺たち」
『そうですね。ついに、やってしまいました』
彼に同意する。企業への裏切りと逃亡行為。マスタもそしてI.Iに造られたわたしも、彼らの敵になった。きっとわたしたちを最優先で殺しにくるはず。
残る左脚のひざを立てて、わたしは夜空を見上げる。ずっと遠くて、けれどもずっと広い世界がそこにある。
「元どおりフリーになったのは良いとして、これからどうするかだよな。まず輸送をサイモンに頼んで、……まあこの際だ、俺が『あのルナール』じゃないこともぜんぶ話そう。たぶん奴ならわかってくれる」
『わたしも、あの方ならおそらく理解してくださると思います』
「うん? お前にしては珍しいな。サイモンを期待するのは」
『いいえ。ときには珍しいことがあっても良いでしょう。わたしは単なる石頭ではありませんから』
ルナールは笑う。
「だな。だからこそ俺はお前と組みたいんだ。アルテミス、これから厳しいこともあるだろうが、どうか付き合ってくれ」
わたしが返事をしようとしたとき、景色に異変を察知した。それは彼もおなじ。
盆地の地平線から現れた、赤い推進器の光。小さな点はだんだんと数を増やし、一筋の線となって着実にこちらへと迫ってくる。
「……逃げるだけでは駄目か。なんとかする。待っていてくれ」
『マスタそれは無謀です』
「大丈夫だ、弾薬もエネルギーもまだ十分ある。機体のダメージはシールドを強化してしのぐさ。それにお前は脚が……」
わたしの右脚を彼は見る。付け根から斬られ、残っている部分は少しだけ。
そのあいだにも、ネオフレームたちは押し寄せてきている。
――右の木陰から音がした。
『わたしに考えがあります』
そう言ってエネルギー弾を木陰へと放つ。
斥候をしていた一機のネオフレームが倒れた。
平野のように広大な盆地は、鋼鉄の足音に埋め尽くされていた。月もない夜闇には無数の赤い残光が伸び、静かに、だが着実に、大群は丘の一点を目指し進んでいく。
突如として一機のネオフレームが倒れる。となりを進む一機も、電磁砲の砲弾を受けて爆発した。
「さあ来てやったぞ粗悪品ども! 俺を殺してみろ」
空をかけるルナールに赤いエネルギー弾が押し寄せる。狐色の機体は横移動で回避を終えると、大群のなか降り立った。
推進器を最大に、ブレードは常時展開――
敵たちの隙間を縫い、来たる猛攻を避けながら、伝説と呼ばれた機体そしてパイロットは駆け、舞い、敵を潰し続ける。
空になった突撃銃を投げつける。頭部ユニットを掠ったエネルギー弾をもろともせず、真正面から高周波の刃でネオフレームを貫いた。
彼の背後に新たな機体が迫る。
だがルナールを襲う機体は、火花を散らして横へと飛ばされた。――白亜の脚に蹴られたことによって。
「遅いぞアルテミス!」
『バランス調整に手間取りました。同規格とはいえやはり別物ですね』
白亜の機体の右脚、そこには量産型ネオフレームから奪ったベージュ色の脚ユニットがはめ込まれている。
フィンチが語ったとおり、ネオフレームは単純な構造で整備コストを抑えている。腕や脚など各パーツをはめれば動作するほどに――
『機動性に支障なし。計算どおりです』
両脚の推進器から青色と赤の炎が吹きあがる。近寄った敵のうえへ翻り、上段からエネルギー弾を叩き破壊した。
ネオフレームたちはふたつの機体を――わたしたちを囲みはじめる。まるで狙いを定めるように、わずかな隙を見出そうとするように。
わたしたちはお互いに背中を合わせる。
ブレードを構えながら尋ねた。
『現在の敵総数は六二機。こちらの残存エネルギーは十分あります。マスタは?』
「余裕はある。……しかしこの機数は、本物のルナールでさえ倒していない数だな」
『ご心配なく、わたしたちはいま二機。二で割ればあなたが打ち立てた二三機の撃破記録よりすこし多い程度です。行けます』
「本物の伝説にはまだ遠いか。良いだろう!」
気づいたとき、わたしの肩近くにはバレットフォックスの右拳が掲げられている。
――あなたの背中を、わたしは見てきた。迷うこともあった。
支援ユニット、情報の蓄積でできているわたしに、心なんてものが有るかはわからない。
でも、もしこの意思が心ならば、
わたしは『心から』自らの迷いに答えを出せる。
揺るがない。
ここが、わたしの居場所だ。
白亜の拳を彼に合わせた。