08 古城脱出
俺の言葉に、アルテミスは返した。
『……マスタ』
「はぁ。どうも当たりだな」
思わずため息が出た。
確信した。彼女は俺のために、俺を信じて戦っていたのだと。
「『右に回避する癖』――俺がこの問題点を本当に直せたのか、お前は身体を張って試したかったわけか。……まったく」
俺の戦闘を見てきた彼女が指摘した、俺の癖。アリーナで彼女はその癖をもとに攻撃をおこなっていた。もし俺が癖に気づき、直せたなら彼女を撃破できる。逆に気づかない場合は……考えるまでも無い。
アルテミスの、戦いたいという告白は本心だろう。三年もこいつに付き合ってきたからわかる。
それでも彼女は、やはり俺の相棒だった。
「お前が俺を『ルナール』と呼んだあの時点で怪しむべきだった。少なくとも、どちらに転んでも俺はルナールのままでいられる。そしてもし勝てば、俺はより強くなっている……お前はそれを信じた」
倒れたままのアルテミスは、俺を見上げている。
『駄目、ですかマスタ。自分の望みと、あなたへの思いを同時に叶えては』彼女は告げる。
『どんな事情があろうとも、あなたはわたしのマスタです。憧れは変わりません。だから分かってほしかった。あなたはもう、どこまでも強い伝説の男なのだと。……あなたたちの戦いの世界をすこしでも垣間見ることができた。わたしにはそれで十分です』
『支障があるダメージは右脚部のみですが、わたしに動く気はありません。どうか破壊してください。わたしは、支援ユニットとして失格です』
アルテミスは俺を見つめている。しんと静まりかえったアリーナのなかで、だが俺は、彼女に右手を差しだした。
意味を悟ったアルテミスは上体をおこした。
『なぜですか。なぜ』
「なにが失格だ。俺を助けてくれたことに変わりないだろうが」彼女に腕を近づける。
「今後も頼む。これは謳われる伝説の男とは関係ない。俺が決めた、俺の意思だ」
わずかな間があり、彼女は動く。
白い腕を伸ばし、手をにぎって。
『わかりました。仕方なし、ですね』
その音声は、どこか明るいものを感じとれていた。
〔おい。……一体どういうつもりだ、支援ユニット〕監視室にいるフィンチがアルテミスに問いかける。
それは恐ろしく低く、憎しみが渦巻くような声だった。
〔まだ動けるならいますぐルナールを殺せ。お前の機体はやつを殺すために特注したんだ。戦う欲望はどうした!〕
アルテミスは監視室を見た。窓越しに顔を歪ませるフィンチに言う。
『申し訳ありませんが、拒否します』
〔……くそが。技術員っ! この人形の制御権限を奪え! 機体にアクセスしろ〕
『機体と接続したときにいくつかのバックドアと不要そうな通信権限を見つけたので、すべて除去しておきました。わたしの戦いに水を差されては困りますから』
監視室の机をたたいた音がスピーカ経由で響いた。
「アルテミス。一緒にこの基地を、いやI.Iを出ないか。もうここは俺たちの場所じゃない」
『そのようです。逃げましょう』
彼女は、すぐにアリーナの管理システムへアクセスした。
『機体搬入用、第三ハッチのロックを解除。……ハッチ開閉を妨害する信号が監視室から出ています』
フィンチが技術員に激を飛ばす様子が窓に映っている。絶対に外に出さないつもりらしい。
俺は一歩、監視室に近づく。
彼らに片腕の電磁砲を向けた。
〔……ルナール!〕
「フィンチ、貴様はこの会社を好き勝手にしたな。ならば俺も、勝手にさせてもらう」
仲間に袖口を引っ張られフィンチは監視室の出口へと消えていく。
電磁砲が轟音を放ち、監視室は爆風に崩れ落ちていった。
アリーナを抜け出し、アルテミスとともに基地内の機体用搬送路を突き進む。窓も外装もなくパイプが露出している交差トンネルは、一定間隔に付けられた弱い照明によって薄暗い。迫っては遠ざかる光が、まるで永遠のように繰り返されている。
アルテミスは俺が右脚を破壊したせいで自力での移動ができない。
だから――
『どう表せばよいでしょうか。この視点は興味深いです』
「ん? なんだ、姫様の気分かアルテミス」
バレットフォックスの胸元あたりから見上げる彼女の顔が、コックピット越しに確認できた。
彼女を仰向けにして左脚と背中を両腕で抱きかかえる、いわゆるお姫様抱っこの格好で、俺はアルテミスを運ぶことにした。白亜色の両腕はバレットフォックスの肩と頭部ユニットにまわされている。
「頭部ユニットだけは頼むから壊すなよ。確実にお前の重量に耐えられる設計じゃない」
『お言葉ですがマスタ。この機体の総重量はあなたの機体よりもはるかに軽いです。どちらかといえばわたしの手加減しだいでは』
だが、アルテミスは会話を切り上げる。
『敵機影を確認。ネオフレーム七体、距離九〇〇メートル』
「お出ましか」
レーダーにも赤点が七つ、進行方向から表示されていく。
アリーナを出る前にアルテミスから、基地に搬入された残りのネオフレームたちが待ち構えていると教えられた。旧G社側は万が一に備え、俺が逃亡しても対処できるよう、量産型のネオフレームを経路に配置し俺を潰すつもりでいたそうだ。アリーナで勝った場合でも同じ措置をとる可能性があったとも……。
やつらの計画は、俺が死ぬことが前提らしい。新機体を売り込むための色づけとして。
そんなもの、すべてぶち壊してやる。
『量産機の自律ユニットは旧G社由来、つまりマスタから得た戦術データをもとにつくられたユニットです。わたしの機体は補助程度の使用ですけれど、アレは完全に依存しています。おそらく精度は悪いでしょう』
トンネルの奥にいる敵機の姿がはっきりしてきた。ベージュのデジタル迷彩を施されたネオフレーム。その姿はほぼアルテミスの機体と同じだが、唯一頭の形状が違う。ふくらみがない板だけの頭部。血が通っていない無人兵器らしい顔だ。
「……そこを通せ!」
バレットフォックスが左手にもつ突撃銃を七体に叩き込む。ネオフレーム側もエネルギー弾で反撃をはじめた。避けた光の弾は赤色をしている。
『光の波長が長いです。出力も若干弱め……。コストカッターの旧G社の性格が出ていますね。攻撃します』
突撃銃と電磁砲の雨、そしてアルテミスの光弾を受けた三機が火花を飛ばす。ネオフレームたちが爆発した瞬間に突破する。上り坂になった通路を抜ける。
『つぎの交差を左に。機体搬入口、直線距離であと六キロメートル』
「くっ、出口はまだ遠いか」
『マスタ、あらたな機影を確認しました。……機数一四。右の交差路へ迂回を』
敵の掃射に反撃しながら、迫った交差路を右へ曲がる。脚部とトンネルの床が擦れて火花が舞う。
HUD上に映る出口が遠くなっていく。
『進行方向からさらなるネオフレームの接近を探知。迂回路を検索……。搬入口までの距離を再修正』
「まずいな、これは」
……キリがない。出口どころか逃げるうちに退路を狭められていく。
「アルテミス、ほかに脱出できるところを探してくれ。ここと繋がる出入り口ならばなんだっていい」
『承知しました。第二支部基地のデータベースにアクセス、検索を開始。……件数、ゼロ。やはり目的地の搬入口以外にヒットはありません』
「もっとよく探せ!」
『しかしですねマスタ、……これは』アルテミスが急に言葉を詰まらせた。
『デフォルトで検索除外されている一件を確認。プロテクトが掛かっています……、設定日時は八年前、更新は三年前。閲覧権限は、わたしのみ……? アクセスします』
『一件、ヒットしました。そちらに位置を転送します』
HUD上にあらたな経路と目的地が表示される。
広い空間をいちど通るのか。距離はさほど遠くない。が、
「……なんだこの場所、はじめて知ったぞ」
『八年前といえばマルセル前社長が旧K社、キング・インダストリズを立ち上げた時期です。三年前はわたしが完成した年。確実に旧G社側は把握していないでしょう』
「よし! いくぞアルテミス!」
『もちろんです』
推進器の出力を上げた。交差路を右に左に、レーダーに重ねられた最短経路を疾走していく。すれ違うネオフレームたちをいとわない。
異変に気づいたのかネオフレームたちは待ち伏せをやめ、バレットフォックスをうしろから追いかけはじめる。
『目的地まで八〇〇メートル。HUDにあるとおり入り口は鋼板で塞がれています』アルテミスは続ける。
『マスタは弾薬を温存してください。わたしが対処します』
アルテミスの光弾が鋼板を留めるボルトすべてに着弾する。ボルトは溶け落ちていった。
「で、次にどう開ける」
『体当たりを』
「……お断りだ!」
電磁砲を二発、迫る鋼板に撃ち込んだ。爆風と圧力に鋼板は歪み、踏み倒して進む。
「レディーにこれ以上、傷をつけたくないからな」
『わたしをお姫様扱いしていることだけは良くわかりました……』
立ちこめる煙を抜けた。
「ここは、いったい」
粉塵が舞うそこは、EA用のドックだった。鉄骨やクレーンには土埃が積もっている。錆びている部分さえも。
「八年前、いやもっと古いか」
進むなかで目に入る設備を見るに、ここは製造所もかねていたらしい。
と、見慣れたものがある。
「バレットフォックスの左腕部だ。おい胴体もあるぞ。しかも錆びている」
……俺のためにマルセルが用意してくれた部品が、なぜこんなところにあるんだ。
うしろが騒がしい。レーダーに敵の点がいくつも見える。
同時に、ドック全体が揺れはじめた。地響きがおこる。
『さきほどの衝撃でドックが崩れはじめています。急ぎましょう。目標のハッチまであと五〇〇メートル、四五〇メートル……』
HUDには目印がついたハッチが刻一刻と迫っている。兵装選択、目印をロック。
ミサイルを放った。
鉄の矢に貫かれたハッチは爆音とともに吹き飛ぶ。そして背後からドックの天井が崩れていく――
ネオフレームたちがドックの瓦礫に埋もれていくなか、狐色の機体と白亜の機体はドックを抜け、続く坂を駆けのぼる。
満天の星空に、ふたつの機体は晒される。機影は夜空にむかって飛び、やがて霞んでいった。