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06 伝説の男




「――若造、私の会社(・・・・)に入れ。席は用意した」


「あんた正気か? 輸送ヘリで蜂の巣にした挙句(あげく)こんなところ(・・・・・・)に運んでおいて部下になれだと。馬鹿馬鹿しい」


「ほう。私の部下が不満か?」


「不満もなにも、……俺は帰らせてもらう」


「それは伝説の男としてのポリシーか? ……もしくは、成り切る(・・・・)がゆえに怖いか。『秘密』を知られるのが」


「……っ!?」


「お前は、あの『ルナール』ではない。そうだろう。私にはわかる」


 俺は背中へ投げられた言葉に振り向く。

 白髪(しらが)まじりの男は、まっすぐに俺を見つめていた。





 ――

――


『どういう、意味ですか?』


「言葉のとおりだアルテミス。俺はルナールじゃない。『死なない男』と(うた)われた伝説の人間とは、まったくの別人なんだ」


 状況を飲み込めないままのアルテミスに俺は、はっきりと告げた。連れ添う相棒(バディ)にさえ隠していた本当のことを。


「俺の秘密をマルセルは見抜いた。あの男が死んでしまったいま、だからこそお前に伝えたいんだ。どうか聞いてほしい」

 俺はすべてを、彼女に語った。




 ――はじめて『伝説のEA乗り』の存在を見聞きしたのは、俺が一九歳のころだった。誰よりも強く、速く、誇りに満ちた男。その雄姿は当時駆けだしのEA乗りだった俺を夢中にするには十分だった。絶対的な憧れを狐色の英雄に抱きながら、俺は自分のEAを操る(はげ)みにした。そしてこうも願った。

 いつの日か又聞(またぎ)きの(うわさ)じゃなく映像でもなく、みずらの目で英雄を見てみたい、と。


 それから八年がすぎたころ、とある依頼を終えた帰りだった。輸送ヘリを雇う金もなく、エネルギーも残り少ない推進器(ブースター)で森林を抜けていくとき、俺は眼下にあるものを見た。

 木々の枝葉に遮られたそのEAは、見覚えがある狐色をしていた。


 近くに降りた。コックピットから抜け出した。目の前にある機体は間違いなく、伝説のEAバレットフォックスだった。

 森のなかで直立する狐色の巨躯(きょく)はしんとしたまま動かない。機体は枯れ葉や泥が付着していて、この場所に何年も置かれているのだとすぐにわかった。

 ルナールと呼ばれた伝説の男は、ここに自分の機体を隠したのだろう。そして彼は帰ってこなかった。みずから乗るのをやめたか、それとも何らかの事故か……。わからないが近ごろ彼の活躍がなかったことは事実だ。

 伝説の『死なない男』ルナールは、EA乗りとしての生命(・・)を終えた。それだけは理解できた。


 俺は憧れの男に会えなかった。だが不思議と悔しい気持ちなどはなく、むしろ別の感情(・・・・)に心は揺さぶられていた。


 ――この機体に、乗りたい。いちどで良いから、動かしてみたい。


 無垢(むく)な子供のような衝動にかられ、それを俺は抑えきれなかった。自分以外に誰もいない森で俺は無責任にも伝説の機体に入り、操縦桿(そうじゅうかん)を手にしていた。放置された機体はすんなりと動き、操縦方法もわかりやすかった。


 少しばかり動かしたときに俺が操縦するバレットフォックスは運悪く別のEAと鉢合わせした。相手はパイロットが別人と知らないまま、だが俺のぎこちない動きを見て、なにを思ったか襲い掛かってきた。抵抗するうちに俺は偶然にも相手を倒し、その様子は彼らの仲間に伝わっていた。


 伝説の機体が、ルナールがふたたび現れた――またたく間に広まるその言葉を俺はただ受け入れるしかなかった。自分(・・)に向けられたものとして……。


「……あれから、俺は必死だった。世間の波はもう収まらない。もはや戻れない、変えることもできない。俺は自分が憧れたはずの『伝説の英雄』として、そのあまりに不釣合いな名声をうけながら戦うしか無くなった。……だから、せめて近づきたかったんだ。成り切る俺のせいで、伝説の男が恥をかかないように。でも――」

 俺は言葉に詰まっていた。


 はじめは純粋な憧れ。けれどあの魔が差した瞬間から俺は思い知らされた。ルナールと呼ばれた男の強さを、偉大さを。

 それはどこまでも高くて、いつまでもずっと遠くに輝いていた。必死に近づこうとも永遠に変わらない(まぶ)しい光。だとしても俺はその光へと進むしかない。まるで大空に張られた一本の綱を渡っていくように。


「倒したパイロットの断末魔が頭をよぎることもある。EAから降りたくなることもある。だけどここでもし俺が降りたら、『死なない男』はもういない。バレットフォックスも伝説も、もはや幻で(うそ)だったんだと皆が知ることになる……。俺が一番に憧れた『あの輝き』を(けが)すことなんてできない。するわけにいかないんだよ」


「俺がルナールとして単独で活動したのは二年間だ。I.I所属の三年より短い。盗賊たちからは『しもべ野郎』と言われたが、俺はそれでもルナールの『強さ』だけは絶対に変えるつもりはない。……アルテミス、これが俺のすべてだ」

 言い終えた俺は、深く息をついた。


 アルテミスは黙り込んだままで、休憩室は静まりかえっている。だがしばらくの間がすぎたのち、彼女は言った。


「承知しました」

 ひと言。それ以上彼女からの言葉はなかった。普段から彼女の思いをできるだけ()()ろうとしてきたつもりだが、今回の反応を、俺はどう扱えば良いのだろうか。



 彼女の気持ちを訊く()べきだ。なのに俺は結局踏み出せず、部屋(へや)の通信状態をもとに戻すよう頼んでいた。

 すると、通信の呼び出し音が鳴りだす。


「フィンチから? このつなぎ先は――」


わたしに向けて(・・・・・・・)のようですね』

 彼女用の回線を使うとは珍しい。アルテミスは俺に許可を求めた。俺は迷ったが、通信することを認めた。


 彼女は俺には聞こえないフィンチの声に(こた)えている。

『……はい。わかりました。ではマスタに了承を取ります』


『フィンチ社長が、わたしとだけで話がしたいそうです。内容は追って伝えるとのことで。会談のあいだマスタとは別行動になります。よろしいでしょうか』


「わかった。許可したと伝えてくれ」


 どこかで不穏な心地(ここち)を感じさせながらも、フィンチの通信は切られた。




 ――翌日の夜。俺は地下ドックに渡された連絡橋でバレットフォックスを眺めていた。すでに戦闘の傷跡はきれいさっぱり直されている。

 狐色の機体は森で見つけたときとおなじように、俺の前で静かに直立している。

 この連絡橋はマルセルとよく話をした場所、同時にあいつが俺の正体を見透かした場所だ。

 ……もし、あいつがいまの俺を見たらどう声をかけるだろうか。考えても意味のないことをふと思い浮かべていた。


 いま俺の首もとや腕にある端末からアルテミスの声はしない。現在バレットフォックスにアルテミスの本体、つまりユニットが入っていないからだ。きのうクレーンで別のドックに運ばれていく様子を見ている。


 フィンチと会談を終えたすぐ、彼女は定期整備を行うことになった。すこし時期がはやい気もしたが日程がズレることはよくある。もちろん彼女の内部はブラックボックスで、接続用ケーブルと端子のチェックに(とど)まるわけだが。


 普段どおり、明日(あす)には彼女と話せるようになるはず。そのときに今度こそ()くつもりだ。


 こんな俺を、マスタと思ってくれるか、と。



「ああっ! ルナールさん」

 急に俺は呼びかけられた。

 声の主はバレットフォックスに作業クレーンで近づいている整備員だ。覚えのない顔のうえにずいぶんと若そうに見える。新入りだろうか。


 彼に挨拶した。

「どうも、機体を直したのはきみか?」


 整備員は明るい表情をよりパッとさせる。「自分だけじゃないですけどね」とはにかみ、機械油に汚れた青帽子(キャップ)を脱いだ。


「ありがとうございます! 自分すごくうれしいです。バレットフォックスを整備できたうえに伝説のお方と話しもできて、ほんと――」


「……やめてくれ」

 俺の不意に出た言葉が小さかったおかげで、整備員の彼は聞き取れなかったようだ。彼に聞こえるよう「こちらこそありがとう」と伝える。


 整備員は帽子をかぶり直すと、俺に言った。

「でも、いろいろ大変だとは自分思いますよ、憧れを向けられるって。なんというか、『目に見えない期待』に追われちゃうというか……。自分だったら逃げ出しそうですもん」


「ルナールさんは、ほんと強いです。尊敬します」


 彼の言葉に俺は固まる。そして、言葉を返した。

「感謝する。ありがとう」



「そういえばルナールさん、試験(・・)が近いですけど装備ってどうするんですか?」


「……試験? なんだ初耳だぞ」


「えぇ聞いてないんですか!? 新型機体の運用試験ですよ」


 ……まったく知らない話だ。彼は詳しく教えてくれた。


 聞くにI.I本部が新機体を開発し、この第二支部基地に運び込んできたらしい。そのうえ機体数も多いようだ。思い返せば基地の窓から、搬入されるコンテナをいくつか見かけていた。その運用試験に俺は付き合わされるという。

 搬入が始まったのは三週間前。……フィンチがこの基地にやってきた時期とかさなる。


「……やつが隠している用事はこれか」

 舌打ちのあと小声が漏れていた。


 あと三時間後に運用試験は始まる。フィンチは不意打ちでやるつもりだったようだ。


「おかげで助かったよ。ならば装備は、」

 今回はアルテミスの支援はない。しかし彼女の重量分だけ機体は軽くなっている。

 決めた。

「全武装の弾数を増やしてくれ。エネルギーも満タンで頼む」




 ――第二支部基地の地下層、運用試験アリーナ。黒と暗緑色を基調とした暗めのドームスタジアムは、防音仕様で多少の音は吸い取ってしまう。つまりは静寂が満ちていた。

 平坦(へいたん)な場所もあれば、ビルのような柱が林立するエリアもある。そして観客席(・・・)こと監視室は、アリーナの天井中央にまるで垂れ下がるような格好で設置されている。明かりが漏れる窓にはフィンチと取り巻きたちの顔があった。ほかに研究員らしき格好の人物も。おそらく全員、旧G社側だろう。


 スピーカー越しの声がアリーナに響いた。

〔やあルナール君、運用試験に参加してくれてどうもありがとう〕


「ふっ、(みょう)な胸騒ぎを覚えたんだ。準備をしておいて良かったよ」

 嫌味なフィンチの声に俺は言い返した。久しぶりにひとり(・・・)で戦うが、なんとかしてみせる。


「フィンチ社長。俺と相手をする新機体がいないが準備はまだか。数機が来ても戦うつもりだぞ」


〔いいや、君には一機で十分だ。『特別機』を差し向けるからね。さあ、入っていいぞ〕


 正面の壁にある巨大ハッチがひらかれ、タラップを一機の『白い機体』が降りてくる。



 相手の音声が聞こえる。

『やはり壮観ですね。パイロットがみる、景色(けしき)とは』


 それは聞き覚えのある声。

 間違えようのない、彼女の声――


「……アルテミス!」

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